88年の次の100年は

あと12年の間に

 あっちをみてもこっちを見ても木、森、森、森、山、川。コンビニもスーパーもない、電車もなければ人もいない。移動手段は車かバイクか、午前と午後に1本ずつ来るだけのバス。あ、あと自転車があるか。


 そんな絵に描いたようなクソ田舎の過疎集落だけど、両親にとっては小さい頃から慣れ親しんだ故郷らしく、都会に引っ越そうとかは考えたこともないらしい。何も都会とまでいかなくても、2つ隣町にはスーパーあるのに。


 どんなに不便でもこの過疎村に人が住み続ける理由は、先祖代々の土地を守るためとかなんとか。土地ってそんなに大事なの?私にはわからない。


「目には見えないけど、鎮守の森の神様が守ってくれるからね」


 小さい頃から、お母さんが口癖のように言っていたその言葉の意味をよく理解しないまま、私は高校生になった。





「ねえ、見えないんじゃないの鎮守の神様って」


「普通はそうなのだがなあ」


 学ランを着た男子学生が、不思議そうに私の顔を見て首を捻る。顔の大きさに合わないメガネをかけているせいで、たまにずれるメガネを指で押し上げたりしているこの少年、見た目は普通の高校生。




 そう。空中に浮いている以外は。




「お前が変わっているのだろうな」


 あぐらをかいたまま、くるりと空中で一回転する。またメガネがずり落ちそうになって慌てた私を見て、少年が笑った。むかつく。


「霊感とかないはずなんだけど私」


「霊感はなくても見えるのだな、神」


「そんな他人事な……」


 村のはずれにある大きな鳥居の後ろにある大きな森のことを、この村の人達は鎮守の森と呼ぶ。その森の中にある神社は、古くからあるはずだが管理が行き届き、境内も社殿もまあまあきれいだ。小さい頃は、数少ない村に住む友達とこの神社の境内でよく鬼ごっことかをしたものだが、中学に上がると神社はおろか森の前までくることすらほぼなくなっていた。今は祭りのとき以外人気はない、静かな神社。


 高校に上がってすぐの頃、お母さんから、神社の管理をしていた神田のじいちゃんが倒れてしまい管理ができないから、しばらくはうちが神社の掃除を担当することになったと聞かされた。


 神田のじいちゃん、よぼよぼだし神事とかやってるの見たことないけど、一応神主らしい。そして何故か、管理は任せる、と入院前にうちを指名したらしいんだよね。なんでだろ。隣の家だから?


 そこで、この春から県内の中心部にある高校に進学したが未だうまく馴染めていない私が、どうせ暇だし、と仕事で忙しい両親に代わって掃除を買って出たのだった。


 馴染む馴染まないの前に、通学距離が長すぎて授業が終わったらダッシュで学校内を駆け抜け、最寄り(といっても自宅から自転車で40分)駅までたどり着かないと、本数の少ない電車に乗り遅れてしまうのがいけないと思うんだよな……。友達の前に帰ることに必死すぎてクラスメイトの顔も覚えていない。


 正直、よくわからない芸能人とか、東京のお店の話より、この神社でだらだらお茶を飲みながら話している時間の方が好きなのも確かだけど。


美弥みや、お前、高校生活うまくいってないのか」


「なんでよ」


「いや、花の女子高生が毎日こんなとここないだろ普通」


 クソ田舎の森の中だぞここ、と宣う男子学生は、この神社の神様。らしい。初めて会ったとき、わしが神だ、と昔テレビで見た芸人さんみたいな自己紹介をされた。最初は信じていなかったけど、まあ、空なんか飛んでるの見ちゃったら信じざるを得ないでしょ。


「神様こそ、なんで高校の制服?高校生なの?」


 この学ランのせいで、初めてこの神社の掃除に来た時心臓が飛び出るかと思う程驚いた。お母さんから渡されたカギで社務所の中に入ったら、目の前に正座をした学生がいたもんだからそりゃあ大きな叫び声も出る。作業着のおじいちゃんとかだったらそんなに驚かないかもだけどさ。


「高校生だった、のではないか?こやつが」


「こやつとは」


「この姿はわしのものではないからな」


「え、何やだ怖いんだけど」


 やめてよ、急に何!?今までそんな怖い話してこなかったじゃん!いやこんな変な状況を速攻で受け入れてる私も悪いけど!


 少し後ずさりして、神様を見つめる。この神社に通い始めて数週間、初めの日こそ腰を抜かして驚いたものの、神様があまりに普通の高校生みたいな接し方をしてくるから、この人が人ならざるものだということをすっかり忘れていた。普通に世間話してお茶啜ってたよ一緒に。


「いや、怖い話ではない」


「死んだ人の体を乗っ取ってたりしてるの…?」


「違うと言っている」


「ていうか神様って何歳?」


「この姿になってからは88年経ったな」


「88歳……」


 88歳の高校生…いや、この姿になってからって言ってたからもっとか……ていうかこの姿になってからって何?この人を殺して体を乗っ取ってから88年経ったよ、ってこと?何それ怖すぎ!


「おい、人の話を聞かんか」


「ぎゃー-----!!!!!」


 つぶっていた目を開けたらいきなり目の前にいつもの大きなメガネをかけた顔があらわれて、おもいっきり叫んでしまった。境内にある大きな杉の木にとまっていたカラスが一斉に飛び立つ。神様は、うるさい、と両手で耳をふさいでいた。


「お前は少し人の話を聞かないところがあるな」


「人じゃないし神様じゃん!」


「まあそうだが……落ち着け」


 とりあえず茶でも飲め、と神様が社務所の奥から湯呑を持ってくる。これ、さっき神様が飲みたいって言うから私が淹れたお茶だ。とりあえず冷めたお茶を飲み干すと、少し落ち着いた。


 神様が呆れた顔をしてこちらを見ている。


「私は鎮守の森の神だが、正体が樹霊だから、決まった姿がないのだ」


「樹霊……霊……」


「木の精みたいなものだと思え」


 ほら、と、神社の後ろに立つ一番大きな杉の木を指さす。人が何人両手を広げて立ったら周りを全て囲めるのか想像できない程の大きな杉の木。古びたしめ縄がかけられてて、木の下には小さなお社があったはず、確か。


「あれがわしだ」


「え、木の神様なんだ」


「まあ、そんなものか」


「で、人を……」


「まだ言うか」


 数週間もここに通っていて私を殺していないところから見ても、さすがにもう神様が人を殺して乗っ取っているなんて思っていないが、なんでよく知らない人の姿を借りているのだろうとか、わからないところはある。


「鎮守の神とは、その土地を守る神のことでな。わしはここから動けないのだ」


「木だしね」


「本来なら巫女がいて、神降ろしの儀を行うことで村のみなと話もできたのだが、ここ数十年は神主の一族に女子が生まれなくてな」


「巫女さんがいないんだ」


「そう。依り代がないと祭りの日にはしゃげぬだろう」


「神様ってはしゃぐの」


「年に数回の酒くらい飲ませろ」


 確かに秋祭りでお供えするお酒、そんなにお酒飲む人いないはずなのに減りが異様に早いってお父さん言ってたかも……。


「そこで、代わりにとこの簡易依り代を先々々代の神主が置いていったのだ」


 神様の手には木製の小さい人型が握られている。なんか呪いとかに使うやつみたいでちょっと怖い。


「え、何怖いんだけど」


「何が怖いものか!代々神主の一族が作り方を伝承してきたのだぞ」


「あ、ずっと同じじゃなくて、神主さん毎に作り替えてるんだ」


「毎回わしの一部を削ってな」


 なるほど。なんかよくわかんないけど、一気に作ってストック、とかはできないみたい。彫刻刀か何かで削られたらしいそれは、よく見るとでこぼこで、手作りの木の人形、という感じに見えた。


「これは便利だぞ~!これに霊体を移せば、この神社から外には出られないが、人間と同じように生活ができるし、なにより物に触れるのだ!酒も茶も飲めるし、テレビのチャンネルも変えられる」


「え、でも人には神様の事見えないんだよね?」


「見えない」


 それって普通の人からしたらポルターガイストなんじゃ……。


「じゃあ今の姿も何代目かなんだ?」


「その通り。簡易依り代の期限は大体100年程だからな。期限が切れたら次の依り代に移るのだが、その時に見た目もリセットされるのだ」


「見た目ってどうやって決めるの?」


「その依り代を作った人間の、大事な相手の姿になる」


「ん?」


 依り代を作った人の、大事な人……?作った人の姿ではなく?


「そして、依り代を作れるのは、わしのことが見えるものだけだ」


「え?」


「今の簡易依り代を作ったのは、当代の神主だよ」


「当代の神主って……神田のじいちゃん?」


「そうだ」


「神田のじいちゃんって、男の人が好きだったの?」


「そうらしいな」


 えーと、ちょっと色々また驚きが増えたんですけど……。依り代を作れるのは神様のことが見える人で、神様の見た目は依り代を作った人の大事な人の姿になって、神田のじいちゃんにはお子さんいないはずだから、今現在神様のことが見えるのはたぶん私だけ。ということは、次に依り代を作るのは……


「次に簡易依り代を作るのは、お前ということになるな。今のところ」


「えー!?やだよ、大事な人とかいないよ!?」


「さみしい奴だな」


「いたとしても神様その人の見た目になっちゃうんでしょ!」


「まあ、そうだな」


「私のプライバシーは!?」


「まあ、あと12年経ってもお前に大事な人があらわれなかったら、お前の作った簡易依り代で生きるその次の100年もわしはこの姿のままかもな」


 神様がいじわるに笑う。


「それ絶対作らなきゃいけないの?」


「作りたくないなら、お前とこの姿で会うのはあと12年で永遠にお別れだな」


「……私神主の一族とかじゃないけど」


「どうせ当代で途絶えるのだから、わしのことが見える者が継ぐしかなかろう」


「適当すぎでしょ!」


「なに、神より大事な人間を見つければ良いのだ」


 それから簡易依り代を作ればよかろう、なんて、ほんといじわるなんだけどこの神様!女子高生の価値わかってんの!?


 神田のじいちゃん、私に神様が見えるってわかって掃除係に任命したの?だとしたら、今のところ一番大事な人がこのいじわる神様になっちゃってる私の高校生活、どうしてくれるんだ?

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