私と祖父

温故知新

私と祖父

『ウーーーー』



テレビ画面から追悼のサイレンが聞こえてきた。

今日は、8月15日。終戦記念日だ。

テレビに映る人達にならい、一人暮らしをしている部屋の中で正座をすると、背筋を伸ばしてそっと目を閉じた。

真っ暗な世界で響くけたたましい音に、私は唯一残っている祖父との在りし日の思い出に、ゆっくりと意識を向けた。




「おじいちゃんはな、昔、特攻隊でな......」



幼い頃、私が家族と一緒に祖父母の家を訪れた際、祖父は私を見つける度に物心がついたばかりの私を膝に乗せ、毎回誇らしげな笑顔で若い頃の自慢話を聞かせてくれた。



『もう、おじいちゃんったら! これ、まえもきいたおはなしだよ! それに、このおはなし、わからなくてつまんな〜い!』



祖父の自慢話を聞く度に、私は幼心ながら内心で呆れ返っていた。

大人になった今思い返せば、幼い私が祖父に呆られても仕方なかった。

何せ、祖父の自慢話が月に1回程度ならまだしも、私が祖父母の家に遊びに来る度に、祖父は私を見つけては同じ話をしてきたのだ。

その上、小学校入学前の子どもが『とっこうたい』という言葉が分かるはずが無い。


でも、自慢話をする祖父の顔は、幼かった私にはとても眩しく映って見えたのは、大人になった今でも鮮明に覚えている。





それから時が流れ、『特攻隊』という言葉の意味を学校の授業で勉強していた頃、学校から帰って来た私は、リビングで寛いでいた父に何気なく今の祖父について聞いた。

その頃の私は、学校のことでいっぱいいっぱいで、祖父母のところに遊びに行くことも、ある日を境にすっかり無くなってしまっていた。

そんな私に、テレビを観ていた父が何のげなしに言い放った。



「おじいちゃんなら、今は認知症が進行して、おばあちゃんとは別の特別介護老人ホームにいるよ」



祖父が認知症を患っていたことも、それが進行して特別老人ホームにいることも、祖父と祖母がそれぞれ別の老人ホームにいることも全く知らなかった私は、父の言葉に愕然としていた。

そんな私に気づかない父は、更に話を続けた。



「今のおじいちゃんはな、お父さんとおばあちゃん以外は分からないんだ。だから、お母さんはもちろん、お前の顔すら覚えてないんだよ」



その言葉が耳に届いた瞬間、心の奥底に冷気を纏った風が吹き抜けた。



「そっ、そうなんだね......」



辛うじて出た息で返事をした私は、のそのそと自分の部屋に戻ると、そのままベッドへダイブした。



「今のおじいちゃん、私のことを忘れちゃってるんだ」



もう、あの眩しい笑顔も、おじいちゃんにしか語れないあの話も聞けないんだ......


それから、どうやってご飯やお風呂を済ませたのかは、正直覚えていない。

ただ、その日は珍しく寝付けなかったことだけは、大人になった今でも鮮明に覚えている。





そこから更に時は流れ、私がお酒を飲めるようになった頃、家路へ着く為のバスを待っていると、スマホから着信音が鳴った。

画面を開いてみると、そこには母の名前が表示されていた。


『おつかいかな?』と思いつつ、画面をタップすると、そのまま耳元に近づけた。



「もしもし、どうしたの?」

「もしもし! 今あんた、どこいるの!?」

「どこって、バス停だよ。今、帰りのバスを待ってるんだよ」

「分かった! じゃあ、そこで待ってて!」

「ねぇ、どうしたの?」



普段はのほほんとしている母の焦った声を聞いて、妙な胸騒ぎを感じていた私に、一呼吸置いて少し落ち着いた母の声が耳に届いた。



「今日、おじいちゃんが倒れて、病院に緊急搬送されたんだけど......危篤状態なの」



母と共に祖父が緊急搬送された病院に着いた時には、祖父は父と父の兄である叔父に看取られながら帰らぬ人となっていた。


享年88歳。死因は老衰だった。


数日後、祖父とは違う老人ホームで暮らしていた祖母、私たち家族、叔父家族、そして母方の祖父母が集まって、家族葬を執り行われた。


真っ白の棺に入って静かに眠る祖父を見た私は、頭の中で幼い頃に特攻隊について自慢げに語っていたあの頃の祖父と重ね合わせた。



「おじいちゃん。私、特攻隊の意味、分かったんだよ」



それが、数年ぶりに再会した祖父にかけた最期の言葉だった。





『ウーーーー』



部屋に響いていたサイレンの音が止んだ。

そっと目を開けると、テレビに映った大勢の参列者達が、次々とパイプ椅子に腰掛けていた。

そんな光景をぼんやりと見ながら、私は【特攻隊】という言葉を知った頃のことを思い出していた。


【特攻隊】という言葉の意味を授業で知った時、私は自慢げに話す祖父を思い出し『祖父は国の為に頑張ったんだ!』と誇らしく思っていた。


しかし、社会科見学で地元にある特攻基地跡を直接見てから、私は祖父のことを誇らしく思いながらも、頭に浮かんだ答えの出ない問いを抱くようになった。


そして、その問いは大人になって知ったある事実により、より強く思うようになった。





「亡くなったおじいちゃんね、昔はエリートだったんだよ。何せ、おじいちゃんは17歳の時に海軍予科練に入っていたのだから」



 それは、祖父の一周忌を無事に済ませた帰り道、父は私が知らなった祖父のことを教えてくれた。


 祖父がエリートだったことは、私が幼い頃に祖父自身に教えてもらっていた。でも......


 大きく息を吐きながらゆっくりと天井を見上げると、私はその後に聞いた祖父のことを思い出すと共に、答えの出ない問いを思い浮かべた。


 父曰く、祖父が20歳の時に終戦を迎えたらしい。

 その時、祖父はどんな思いで終戦という事実を受け入れたのだろう?

 そして、祖父はどんなことを思いながら幼い頃の私に聞かせてくれたのだろう?



「【特攻隊】という言葉の意味を知った今なら、眩しい笑顔に秘められた祖父の想いを知ることが出来たのかな?」


 そんな答えの出ない問いを口に出すと、私は再び目を閉じた。

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