シネマフロア激闘 劣勢
氷壁に拘束された右腕を、青ガシャは力ませに払う。氷壁の一部が砕け、右腕が解かれた。
再び拳を握りしめ、今度はカラスハーピィに押さえ込まれている剣を横殴り、剣は真ん中からへし折れた。
ガタが来た剣を自ら捨てた青ガシャは、素早く後方へジャンプ、距離を取る。
追いかけカラスハーピィが、氷壁に突き刺さった剣の先端をしならせ垂直に飛び上がった。氷壁を超え、天井近くで両翼を開く。
高く舞い上がったカラスハーピィは、宙にて傲然と青ガシャを見下ろした。
両者、間合いを探るように、暫し睨み合った後。
カラスハーピィが勢いよく降下した。
真正面から飛来するカラスハーピィを見据え、青ガシャは、折れた剣に炎を走らせる。肘まで至る炎が消えると、腕と一体化した新たな剣が現れた。柄と鍔の代わりに解けた腕の鎧が蔦のように巻き付く剣だ。一振りして青ガシャは、敵を迎え撃つべく腰を落とした。
攻防は、上を取るカラスハーピィが優勢に見えた。
ロビー天井近く、壊れて垂れ下がる建材を器用に避けながらカラスハーピィは旋回、氷の羽を宙に散らす。
隙を突いて急降下、鋭い羽や鉤爪で青ガシャの鎧を抉り、反撃がきそうな時には、撒いた羽を反対側から雨霰と降らせて、注意をそらせる。
一撃離脱を繰り返すカラスハーピィを追いかけ、首を巡らせる青ガシャは、その速度に対応しきれず動きを躊躇っていた。
「今のところは」
左手にデバイスを握り込み、細かくカラスハーピィを操作しながら、宇佐見は戦況を確認する。慎重に構えるクロスボウの切っ先が、青ガシャを正確に定めて動いていた。
「そろそろ動きが見切られる頃……」
呟き宇佐見は、デバイスのスティックやダイヤルを機械的に動かす。
両手を飾る幾何学模様が、思考を反映して回転する。
宇佐見の背後、千歳はと言うと、驚いた拍子に足をもつれさせ、床に尻餅をついていた。
高速で繰り広げられる戦いを、目の回る思いで眺めていたが、
「い、移動しないと……」
腰を抜かしている場合ではないと、こそこそと床を這って氷壁の裏から抜け出した。
千歳は売店の奥へと駆け込むと、商品棚に隠していたポン吉を取り出し胸に抱くと、急ぎとんぼ返り、再び氷壁の陰へと身を潜ませた。
前を見ると、デバイスを操作する宇佐見が左手を後ろに回し、待機するよう指示を送っている。頷き、千歳は壁を背に戦況を伺う。
カラスハーピィが青ガシャの顔面をかすめるように飛ぶ。
愚鈍な巨体を揶揄うようなその滑空は、しかし左下から繰り出された張り手によって、唐突に遮られた。宇佐見の予測通り、動きに対応されたのだ。
巨大な掌に持ち上げるようにして、小さな鳥の体が軽々と吹き飛ばされる。仰け反り、羽を散らすカラスハーピィは、何とか一回転して宙でブレーキをかけるも、ダメージは絶大。ただの一撃で仮面と体は大きくひび割れていた。
使役式の損壊に、流石に驚き宇佐見は目を瞬く。
「耐久度は文字通り紙だけど、ちょっとチートが過ぎるよね」
苦笑い。が、すぐに笑みを深め、
「まあ、役割は充分に果たしてくれたよ」
弱ったカラスハーピィを追い、青ガシャが体を向ける。
と、その体が不自然に、何かに引っ張られるように止まった。
訝しみ首を巡らす青ガシャは、床に氷で貼り付けられた己の左脚を見た。
氷の出所を探り首を動かす青ガシャが次に見つけたのは、床から生える、一メートル程の高さの氷柱と、その頂きに傾き張り付く水瓶だった。
水瓶は、底は凍てついているが、内部は液体を保っているらしい。水面をたゆたわせている。
下から上へと、冷気の上がる氷柱を検分していた青ガシャは、その陰から何かがこっそりとこちらを伺っていることに気付いた。
宇佐見の人形式だ。青ガシャに見つかった二体は、飛び上がって驚き、身を翻して逃げ出した。
「初歩的な戦術で恐縮だよ」
カラスハーピィを使って青ガシャの視線を上へ誘導、人形式を使って水瓶を設置した宇佐見が、仕舞いにと矢を放つ。
矢は水面に着弾した。
同時に水瓶が爆発。したように見えた。
空気を裂くような甲高い音がして、開いたのは氷の花。
水晶クラスターにも似た放射状の氷の花、その鋭い花弁の奥に、青ガシャの姿が完全に消えた。
「やった?」
「まだだよ」
身を乗り出す千歳に、宇佐見が顎を引く。
果たして言葉通り、氷の花ががギシと軋む。二度、三度と揺れ、花が身震いをした。
爆散。氷片が左右に吹き飛んだ。その中央、かき分けた両腕を広げ、青ガシャの上体が露わになる。
「うわ……」
千歳はポン吉を抱きしめ身を引いた。下半身は氷に捕らわれているとは言え、両腕は自由だ。脱出はすぐだろう。
「水を使い過ぎちゃったかな?」
宇佐見が呆れ半分、面白そうに笑う。
「大した力だよ」
『――笑っている場合かっ』
宇佐見の通信機に、雑音混じりに澤渡の声が届いた。
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