シネマフロア激闘 囮

 青ガシャは上体を元の位置にはめ直した。

 炎を背に立つ鎧に逆光が踊る。

 胸部の突貫修復跡が凄みを与え、虚ろな器に込められた破壊の本性が、くぐもった鞴のような唸り声と共に溢れ出すようだった。

 青ガシャが首を巡らせた。注目するのは弦之だ。

 弦之は紙飛行機から受け取った三枚の札を顔に押しつけ、火傷の治療に専念していた。それでも刀は完全に下ろさず、片手で中段に構えている。

 青ガシャに向ける切っ先は震えて定まらないが、片手で覆った指の合間から覗くその右目、敵を見据える光に衰えはない。

 青ガシャが剣を払った。それだけの動作で、弦之を守る紙飛行機は全機薙ぎ払われてしまった。防御をなくした弦之はまだ動けない。

 まずは弦之を始末しようと振りかぶる青ガシャ。

 その肩に。

 カツンと小さく音をたて、何かが当たった。

 その音は、炎に飲まれる室内において、やけに大きく響いた。

 思わずといった風に、青ガシャと弦之が音の出所に目を向ける。

 硬質な音をたて跳ねたのはミニハーモニカだった。

 長いチェーンを引き、炎を反射しながらミニハーモニカが宙を飛び、床に落ちた。

 弦之そっちのけで、床に転がる小さな投擲物を追いかけた青ガシャが顔を上げた。

 フェイスシールドが捉えたのは、投擲直後の振り切ったポーズをする千歳だった。顔は恐怖で強ばり、目には怯えが色濃いが、それ以上の負けん気が表情を引き締めている。

 体を戻し、挑むように青ガシャを見つめながら千歳は、

「――ど、どうもっ、初めまして! スタジオ・ホフミ所属のアーティストッ、碓氷千歳でス! ヨロシクゥッ!」

 やけっぱちに上擦った前口上を喚く。黙って千歳を注視していた青ガシャが体の向きを変えた。明らかに標的を変えた青ガシャに、千歳の肩が盛大に跳ね上がる。だが口は止めない。言葉を続ける。

「い、いつもは作曲とピアノ演奏をメインに時々イラスト作成なんかをやってますけどっ、実はこっそり魔物退治の囮なんかも、が、頑張ってますっ!」

 青ガシャが足をにじり出す。気圧された千歳が、額に汗を流しながら一歩後退する。

「と、言うわけでっ!」

 疲労か炎かあるいは恐怖か。千歳の視界は揺れている。目尻に汗が伝い、瞬き、

「――っ!」

 千歳は喉に悲鳴を貼り付けた。

 眼前に剣を振り上げる青ガシャが大写しになっていたのだ。千歳の動体視力では、青ガシャの高速移動はテレポートにしか映らなかった。

 血の気が引き蒼白になる。振り下ろされる剣を回避する術は今度こそない。

 迫り来る白刃を千歳は涙目になりながら、しかし真っ直ぐに見上げ、

「先輩っ! お願いしますっ!」

「――紹介ありがとう」

 最後まで言い切った千歳に、笑みを含んだ宇佐見の声が応じた。

 ガキンッと刃が、下からせり上がってきた何かにぶつかって高く跳ね返った。

 剣を弾いたのはカラスハーピィの翼だ。開いた左の翼で剣を殴打、衝撃で冷気をまとった氷の羽が舞う。

 だが、それで怯むような青ガシャではない。

 弾かれた反動で後ろに回った剣を、青ガシャはそのまま一回転、左手に持ち替え手首を調整し、下から突きを繰り出す。水平に突き出す切っ先の狙いは千歳の顔面だ。

「ひえっ⁈」

 思わず飛び上がり、後ずさる千歳の前に、扇子のように翼が広がった。

 側転しながらカラスハーピィが再度剣をガード、今度は上から叩きつけるように殴る。それも稔が砕いた修復箇所へ、ピンポイントでだ。

 剣の軌道と、剣そのものが曲がった。への字に折れ曲がった剣の切っ先が床を向く。

 カラスハーピィは側転の速度を上げると、今度は両足を揃えて、曲がった剣を掴み乗った。重量をかけるように膝を折る。剣が沈み、さらに剣が折れ曲がった。

 ここまでコンマ数秒程度。

 流れるように繰り広げられていた攻防が停止する。

 ギリギリと押し合いながら、カラスハーピィと青ガシャがお互いを睨む。

体格差は赤子と大人以上に離れているが、力は拮抗しているらしい。

 双方、無言の威嚇が空気を振動させる。

 砕かんばかりに剣を掴むカラスハーピィの翼が、力みに応じてささくれ立つ。鉤爪の間から水蒸気が上がった。押し込まれ、じりじりと青ガシャの剣が下がる。

 青ガシャは空の右手を握りしめると、カラスハーピィを殴ろうと突き出す。が、翼の前に凝固した氷にぶつかりのめり込む。

 凝固した氷は、氷の羽が面積を広げたものだった。

 宙に散った氷の羽はその場に留まり、方々で大気を浸食するように広がっていく。

 カラスハーピィと青ガシャの間、割れたガラス片のような氷が端を重ね、床まで到達、継ぎ接ぎの氷壁となり両者を隔てた。

 厚みの違う氷の向こう、歪んだ像の宇佐見が歩み出た。

 熱気と冷気に煽られる髪の下、冷たく細められた目が青ガシャを正面に捕らえる。口角は僅かに上がり、炎の陰影が笑みをあやしく彩る。

 目が光を灯した。

「じゃあ、もう一度お相手よろしく。ね?」

 額のツキが、藍色から月色へと白熱した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る