シネマフロア激闘 形勢逆転
青ガシャが腰を落とした。剣を下段に構えての溜めだ。近場の稔が反応した。
「ようやくやる気?」
明らかに戦闘態勢へと移行した青ガシャ、その跳ね上がった敵意に額に汗を伝わせながら、稔は不遜に笑ってみせる。
身構え、
「――おもしろ」
皆まで言えなかった。直前まで離れた位置にいたはずの青ガシャがもう眼前だ。
稔は、防御は殆ど無意識だった。胸の前で交差した腕に下から衝撃が襲い来る。逆袈裟斬り。切り上げた剣が、稔を斜め上に吹き飛ばす。
エレベーターの階数パネル付近へと背中から激突した稔は、その衝撃に奇妙に顔をしかめた。背に痛みが来ない。
何故、と視線を彷徨わせると、横に紐で連結された板材が見えた。連盾だ。稔が壁面に激突する寸前、横から差し込まれた連盾が彼を受け止めたのだ。
その事実に稔は目を見開き、忌々しげに細める。
(比良坂文庫……!)
怒りと、遅れてやってきた腕の痛みに稔は顔を歪ませる。ガードは間に合ったとは言え、青ガシャの渾身の一撃を受けたのだ。
(折れたか……?)
稔は歯を食いしばりながら、体の確認を急ぐ。
吹っ飛ばされた稔に、殆ど無意識で体が動いたジルだった。
(ダメージは腕のみ。――軽微とは思うけど。……大丈夫かな?)
走りながら広げた連盾を投げ、壁面と体の間に滑り込ませてギリギリ受け止めた稔は、たわんだ板材に半ば包まれ、腕を交差したまま沈黙している。顔を伏せているので表情は分からず、傍目には安否不明だ。
ジルは不安に思ったが、稔ばかりに構ってはいられない。
彼の援護に回ったせいで千歳の守りが薄くなった。宇佐見がついているとはいえ、一刻も早く彼の元へ戻らなければ。
焦るジルに、不自然に影が落ちた。
「ジルっ!」
切羽詰まった千歳の呼び声にジルが振り返った。
「え?」と、大きく見開いた目に映るのは、高く掲げられた剣。青ガシャが上段に構えている。
青ガシャは千歳ではなく、ジルに狙いを定めていた。予想外の展開にジルは対処出来ない。連盾も使用中、完全に無防備だった。
呆然と見上げるジルに剣が振り下ろされる。
ガインッと引っ掻くような金属音がして、剣が横に弾かれた。
割り込んだのは弦之だ。
斬撃を横薙ぎで払う彼は、ぐっしょりと濡れたコートを頭から被っている。
弦之は階下を迂回しなかった。澤渡が用意した水瓶にコートを浸し、それを被って火除けとし、ファイヤーウォールを突っ切ったのだ。
破片を散らす己の剣を青ガシャは戻す。
弦之の横入に、苛立ったように唸り声を上げる。ここに来て青ガシャの感情が露わになってきた。
「うるせーっ!」
間髪入れずその胸に、連盾から飛び降りた稔の靴底がねじ込まれた。全体重を乗せた跳び蹴りにより、青ガシャの巨体が後方へ飛ばされる。
「何ぼーっとしてんだっ!」
着地しながら稔はジルを怒鳴りつける。硬直していたジルは、はっと我に返って、
「ご、ごめん……」
狼狽えながら謝罪を口にする。
素直に謝られて、稔はぐっと言葉に詰まった。そもそも助けられた後、すぐに稔が動いていれば、例え標的にされたとしても、ジルは己で身を守れたはずだ。
それを分かっている稔は、苛立ちながら顔を背けるが、すぐに「いって……」と、苦痛に顔を歪ませた。体の動きが痛めた腕にきたのだ。折れてはいないが、確実にひびは入っている。
「くそっ……」
悪態を吐きながら、応急処置をすべく稔は震える手をウエストポーチに入れた。
後方五メートルまで蹴り飛ばされた青ガシャは、しかしさすがに転倒までいかなかった。
着地すると直ちに態勢を整え、顔を上げる。と、頭上に黒い幕が広がっている。弦之が被っていたコートだ。水分を含んだ布地が投網のように広がる。
死角から飛来するそれを、青ガシャが乱暴な手つきで黒い布地を払いのける。
開けた視界に映ったのは、突きを繰り出す弦之だった。
既に間合いの内、迫る切っ先を避けることは不可能。腕を払って開けた胸部と肩の隙間に突きが通る。
鎧の隙間に入り込んだ切っ先が、途中で斥力によって阻まれることは織り込み済みだった。
弦之は青ガシャの胸部に着地、蹴ると、突き刺した刃を支点に、握りを持ち替え体を捻り、棒高跳びの容量で青ガシャを飛び越えた。
背面へ回り、今度は背を足場にして全身体重をかけ引く。レバーハンドルを引く要領だ。たまらず青ガシャがのけぞった。
「澤渡殿っ!」
弦之の声に応じて澤渡が素早くデバイスのボタンを押す。直後、青ガシャの真上から、鋭角の底辺をした鉄板が高速で落下した。
形は例えようもなく処刑台の刃だ。仰向けにのけぞった青ガシャの胸部に激突する。
分厚い装甲板に覆われた鎧の表面を砕いた刃は、しかし数十センチ食い込んだだけで止まった。青ガシャが鉄板の端を掴み、受け止めたのだ。
「速い……!」
澤渡は険しく目を細める。
一番固い首を狙うのは早急だと、胴体狙いでトラップの一部を作動させたが、そう易々と切断させてはくれなかった。
破魔の薬液で鎧の耐久度は下がっているが、この反射速度である。
(切断には至らずとも、足止めには――)
なっただろうと澤渡は考えたが、甘かった。
青ガシャが刃を握る手に力を込めた。途端に端が、ベコッと音を立て変形、放射状に無数の折れ筋が走る。
青ガシャはゆっくりと刃を胸部から持ち上げた。体から完全に引き抜いたところで肘を伸ばす。たったそれだけの動きで刃は宙へと投じられた。高速で縦回転しながら刃が向かう先は澤渡だ。
ファイヤーウォールを通過し、一直線に迫り来る己のトラップを、澤渡は紙一重で躱した。風圧で帽子が背後に飛ぶ。
刃は直前まで澤渡がいた場所に深々と突き刺さった。恐ろしい命中精度だ。
くっ、と喉を鳴らす視界の端、表面に付着した青い体液を捕らえた澤渡は、思わず首を巡らせ目を見開く。
体液が澤渡めがけて真横に炎を噴いた。至近距離だ。躱せない。
片腕でマントを広げ、澤渡は体をガードする。その姿が青に包まれた。
「澤渡殿っ!」
炎が直撃した澤渡に弦之は声を上げるが、彼にも攻撃が来た。刀を突き刺した鎧の隙間から炎が吹き上がったのだ。澤渡に気を取られていた弦之に炎が迫る。
弦之は反射的に首を横へずらすことには成功したが、腕から肩口までは炎に飲まれた。
「――ぐぁっ……!」
たまらず弦之の口から苦痛が漏れる。
「――離れて」
炎と弦之の間に、宇佐見の紙飛行機が菱形に編隊を組み、障壁を展開しながら割り込んだ。炎が遮断される。その合間に、弦之は刀を引き抜き後方へ飛ぶ。
着地した弦之は、片手で左の頬付近を押さえ頼りなくよろけた。手もその下の顔も皮膚は黒ずみ、明らかに火傷を負っている。
前のめりになる弦之を庇い、三機に数を減らした宇佐見の紙飛行機が前に出る。
「すぐに処置を」
宇佐見が冷静に指示を出す。
仰け反っていた青ガシャが体を起こした。横一文字に裂け、青い虚を覗かせる胸部は、帯状に引き延ばされた鎧によって目張りされ、炎上、溶接される。
「この野郎っ!」
激高した稔が駆け出そうとするが、青ガシャの方が早かった。
ガコと上体を外し、旋回、体液をまき散らす。
「またかよっ⁈」
動転して稔は思わず急停止する。
「危ないっ」
ショックから立ち直ったジルが連盾を稔の前に展開するが、体液は二人の足下、床に飛び散った。防がれることを見越しての行動だ。
床を汚した体液が燃え上がる。エレベーター昇降口横の壁面からファイヤーウォールまで達した炎は、完全に二人を閉じ込めた。消火する以外に脱出の手立てはない。
弦之は負傷し、稔とジルは炎に阻まれ、澤渡は安否不明。
状況は一瞬で悪化した。
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