シネマフロア激闘 再起動
青ガシャが動き出した。ギ、と首を巡らせ千歳を見る。
(ひーっ!)
性懲りも無くワゴンの横から覗き見していた千歳は、ポン吉共々泡を食う。
目標を千歳に定めているのかと思いきや、しかし今度はジルに注目した。
ジルが身構えると、宇佐見へ移動、更には首を巡らせ、稔、弦之と順に確認していく。
人数を数えるように確認するだけで、青ガシャはその場を動かない。
弦之へと至った後は、再び千歳へと戻り、同じ動作で二巡、三巡と繰り返す。
高速でぎ、ぎ、と音を立て、機械的に首のみを動かす青ガシャ。残像を残す勢いで首を巡らせるその異質な姿に、警戒、あるいは息を呑み、誰も攻撃に移れない。
せわしなく首を動かす青ガシャの剣に炎が走った。
斬撃か、あるいは炎を放つか。
寮生達は身構えるが、どちらでもなかった。
唐突に首を停止させた青ガシャは、床に剣の切っ先を突き立て、いきなり走り出した。
「おいおいっ、何だってんだよ⁈」
青ガシャの進行方向にいた稔が、慌てて横に飛んだ。直後、地響きと埃を立て、青ガシャは剣で線を引くように床を削りながらロビーを横断する。
壁際へ到達すると、大きく剣を振り上げ、壁にも高く斬撃を刻んだ。
コンセッションと券売機の境目から始まった切れ込みは、向かいの壁面まで一直線に繋がった。
「え、何?」
ジルが呆気にとられた。
「これは一体……」
弦之も思わず声を漏らす。
線を挟んで手前は弦之と身を隠す澤渡。奥側には千歳を始め、ジル、宇佐見、そして移動した稔。
弦之は怪訝に青ガシャを見た。線の向こう側に立つ魔物、その意図が読めず行動を躊躇う。
「これは……」
梁の上からフクロウの目を通して送られる俯瞰映像を確認した澤渡が、はっと顔を上げた。
「分断する気だ!」
言い終わるやいなや、盛り上がった床の切れ込みから、青い炎が噴水のように吹き出した。
ファイヤーウォール。青い炎の障壁がロビーを分断しようと吹き上がる。その高さは、まだ一メートルに満たない。
目算して弦之が走った。
『――待て!』
通信機越しに澤渡が制止の声を上げるが、弦之は聞かない。
(間に合う……!)
床、角柱と蹴り、半回転して逆さまに梁へ足を着く。下方、燃える障壁の向こうに立つ青ガシャを定め、
『――引けっ!』
ノイズ混じりの音割れした澤渡の怒号と共に、天井に潜んでいたフクロウが、弦之めがけて飛び込んできた。
翼を広げるフクロウに体当たりをされ、弦之は後ろへ押し戻される。
攻撃に横槍を入れられ、驚き目を開く弦之は、直後、そのフクロウが、せり上がってきた青い炎に飲み込まれるのを見た。
フクロウは一瞬で焼失した。澄んだ青の中、消し炭も残さず消え去ったフクロウの向こうで、天井から下がったケーブルや梁の形が細く引き延ばされ垂れていく。
「何度も言わせるな」
半回転して着地した弦之に釘を刺すその声は、弦之の耳に直接届いた。
顔を向けると、エスカレーター横、フロアに姿を現した澤渡が視界の端に入った。
険しい表情の澤渡は、クロスボウを右手に提げ、左手には腰のベルトにコードでつながれた片手用デバイスを握っている。
ジョイスティックやジョグボタン、ボタンがびっしりと並ぶデバイスは、鳥型式を細かく操作する際に使用するものだ。映像だけでは指示が行き届かないと判断、澤渡は潜んでいたエスカレーターからフロアへと飛び出したのだ。
「痛み入ります」
律儀に礼を言うと、弦之は炎の壁と、その向こうに佇む青ガシャに視線を戻す。
青ガシャは、炎の壁に剣の切っ先を入れていた。追加で火力を注ぎ込んだのだ。
奥の景色は透けて見えるが、絶えず吹き上がる炎は、離れた場所でも肌を焼く火力だ。
「――っく!」
弦之は喉を鳴らして後退した。とてもではないが近づけない。
「やられたな」
言いながら澤渡はボウガンを発射する。水瓶から作った氷の矢だ。破魔の薬液を含んだ透明な矢が火元近くの床に突き刺さる。矢は水蒸気を上げ、あっという間に溶け落ちた。周囲の炎が僅かに衰えるがそれだけだ。炎が消える気配はない。
「――愛想のない」
「回り込みます」
顎を引き唸る澤渡に、弦之が提案した。エスカレーターから階下を経由して、非常口へと回り込むという彼の案は、消火の手間を考えるなら最善かもしれない。
「ならば紙飛行機に先導させ――」
次弾を装填し顔を上げた澤渡は、ギクリと言葉を切った。
炎の向こうから、青ガシャが澤渡をまじまじと凝視している。
澤渡の心臓が跳ね上がった。恐怖ではない。先に感じた予感が的中したと、頭の中で警鐘が鳴ったのだ。
気付いて弦之も身構える。
……何か来る。
両者、己の感覚を頼りに警戒を強めたとき、果たしてその通りになった。
それまで沈黙を守っていた青ガシャが吼えた。
どこから出した音なのか、空気を震わせるその重低音は、ロビーを膨張させるほどに響いた。
寮生達が息を呑む。
今、目覚めた。そう誇示するような咆吼だと、瞬時に感じ取ったのだ。
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