シネマフロア激闘 準備

「派手な登場だね」

 姿を見せた稔に、宇佐見は肩を揺らして笑う。

「おかげで準備が整ったよ」

 青ガシャを注視する目が鋭く輝く。

 稔が青ガシャの相手をする僅かな間に、宇佐見は手元へ帰還した飛行機に追加で術を施した。

 ウエストポーチから取り出した小箱、そのスライド式の蓋を、手首を返して開けば、朱で幾何学模様が描かれた切手サイズの紙片がヒラヒラ落ちる。

 腰の位置から落とされた紙片の数は五枚。紙飛行機は宇佐見の体を旋回しながら、それぞれ一枚ずつをシールのように機体に貼り付け、彼の胸部前へ到達した。

「燃料を補給して」

 命じると、シールの模様が輝き、紙飛行機が金属質の光沢を放つ。

 時同じくして、非常口に三頭身程の人形式三体が、術で作った水瓶を重そうに担いで現れた。エッチラオッチラと不安定に人形式が歩くたび、上部から水が波打ち零れている。

 三体がかりで運んだ水瓶を宇佐見の側に慎重に下ろすと、人形式たちは「ふい~……」とでも言いたそうに、めいめい汗を拭く素振りをしてみせた。

(宅配かな……)

 ワゴンの裏に押し込まれしゃがむ千歳が、腕に抱えたポン吉と一緒に、その様子を興味深く見つめていた。

 運び込まれた水瓶を横目に、宇佐見はしばし思案する。

(退路は確保できた)

 非常階段の瓦礫撤去と同時進行で、人形式には消火栓から水の確保を命じていたが、務めを完遂したと言うことは、通行可能となったわけだ。

 宇佐見は再び青ガシャに目を向ける。千歳が隠れるワゴンにひたと注目して、微動だにしない白い巨躯を冷たく見据えながら、

(と言っても、保険は必要か……)

 薬液を混ぜた水は粘度と重量が増し極端に重い。持ち上げるには限度がある。最初の術にスプリンクラーの水を利用したのはそのためだ。

 よって水瓶から必要な水量を随時汲み上げ使用するのが常套だが、現状、不足気味な手持ちの物資で有効活用しようとなると、手法は限られる。

(単調な攻撃を続けると学習される恐れが出てくるし……)

 宇佐見はウエストポーチから霞がかった石を取り出した。親指の先程の大きさで、白濁する内部には青い塊がぼやけて見える。宇佐見はそれを肩に止まるカラスに食べさせた。

 石を飲み込んだカラスは肩から飛び立ち、急降下、ドボンと水瓶に躊躇いなく飛び込んだ。

 完全に水中へ沈んだカラスを追うように、今度は人形式の一体が水瓶の縁をよじ登り水へと入る。

 二体の使役式が沈んだ水面は、暫くブクブクと粟立っていたが、程なく盛り上がり、新たに組み替えられた使役式、カラスの仮面と羽の腕を持つハーピィとなって浮上した。

 全長は一メートルほど。青いガラス質の胴体は氷で出来ているらしい、白く水蒸気を上げている。軽く羽ばたき上昇。巻き起こった風には冷気が混じる。

 カラスハーピィは水瓶の縁に片脚で止まった。

 己の術を横目で検分しながら、藍色の球体を掴むように右手を翳す。その側面、テープを引き出すように、煌めく幾何学模様が横つながりに剥がれた。

 するする伸びる幾何学模様の平面が、宇佐見の右手首に巻き付いた。同様に左手首、両足首へも幾何学模様が伸び、輪となり閉じる。

 手の平の中、表面が剥がれ、半分以下の大きさになったツキを、宇佐見は指で触れる。途端にレンズのように圧縮されたツキを、宇佐見は揃えた指先で額へと移動、皮膚の数センチ上に置いた。

 最後にツキの縁から固定具のような文様が四方に伸び、宇佐見は手を離す。ツキが額に輝く。

 体の近くに随伴させるより、命令を速く走らせることが出来るツキの形状変化は、接近戦を見越した組み替えだ。

 通常、戦闘時はツキをこのように身にまとう。

 今までそれを行わなかったのは、

(完全に奢りだね)

 やけに楽しそうに己の怠慢を顧みながら、宇佐見は組み上げ可能な術を脳内で仮想構築する。

 術の構造はユニット折り紙に近い。立体的に組み上げ、霊力を循環させ発動する。単純な構造がより望ましいとされていた。

(複雑は下。単純こそ最上)

(この世の仕組みと同様に)

 宇佐見は喉の奥で信条を謳う。

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