シネマフロア激闘 好機
「呆気なく弾けたね」
爆砕した己の術を惜しむというより、興味深く観察するような口調だった。
「術の精度が悪かったか、はたまた札不足か……」
青ガシャが爆発するまでに千歳が潜むワゴンの横へと移動した宇佐見は、顎に手を当て、姿を変えた魔物をしげしげと観察しながら独りごちる。腰近くで浮遊するツキが、彼の思考を反映して、連続する幾何学模様の平らな断面、ファセットが複雑に明滅していた。
余裕を崩さず、笑みさえ浮かべる宇佐見に氷塊の被弾はない。彼が予め用意していた障壁に全て阻まれたのだ。
障壁を形成したのは宇佐見が飛ばした四機の紙飛行機だった。姿を現したときからジルの一メートル手前で、油断なく待機していた紙飛行機は、爆発の瞬間菱形に展開、先端を下に垂直に立ち上がると、振動しながら光を放ち、水を固めたような透明な壁を成形、飛来した氷を全て防いでみせた。
(凄い……)
ジルが使用する連盾は運搬用のため守備範囲が狭い。ワゴンの陰に隠れる千歳の防御を重視して、被弾覚悟で展開したが、氷塊は欠片も飛んでこなかった。
障壁から外れた氷塊は、背後のエレベーター昇降口にぶつかり扉をへこませている。その威力を考えると、並の防御力ではない。
(性格はアレだけど、腕は確かだ)
そのまま体を捻って千歳達の安否を確認したジルは、
「こ、こらっ! 頭出しちゃダメっ!」
ワゴンの上部からこっそり覗き見していた千歳とポン吉を見咎め、ジルは大慌てで叱責する。
しかし姿を変えた青ガシャを目の当たりにした千歳は、泡を食って頭を引っ込めるどころではなかった。ポン吉と一緒に、あわあわと戦慄きながらワゴンに縋り付いていると。
青ガシャが顔を上げた。ギッと音を立て首を動かし、再び千歳を見る。
(……ひぃ……っ!)
千歳とポン吉は、声を上げることも出来ずに固まった。
「どうあっても碓氷君をご指名か」
しみじみ言う宇佐見に、千歳は世にも哀れな顔つきになるが、青ガシャに見据えられると同時に、千歳もまた視た。
(……体、中身は……、空?)
白い巨躯の内部は、青一色だった。頭や首、胸付近は色が濃いが、それだけだ。
(どうなってるんだ……?)
目に光が宿る。青ガシャの内部、揺らめく青の濃淡が、像を結ぼうとしている。
(……あれは、何?)
もっとよく見ようと、千歳がワゴンから身を乗り出すと、
「千歳っ! だ、め、だからっ!」
ジルに頭を押し戻されてしまった。
「いたっ、痛いってっ」
「いいから隠れる!」
「わ、分かったからっ」
状況をわきまえず悶着を起こす二人は、しかし遠くから響く雄叫びを耳にしてピタリと制止する。
それは澤渡が聞いたものと同じ声だった。
何事かと声の出所を探していると、
「――こぉんのやろうっ!」
レストランフロアの向こうから、稔の怒号が響いた。直後、獣のように身を低く落とした稔が、弾丸のようにロビーへと走り込んできた。
走りながら稔は、床に転がるブロックソファに手を掛け、持ち上げると、左足を軸に一回転、遠心力を付け、青ガシャの顔面めがけてぶん投げる。
さらにもう一回転、今度は手に隠し持っていた物をジャラジャラ音を立て回し広げながら、アンダースローで投げつけた。
一投目のブロックソファを裏拳で難なく払いのけた青ガシャは、しかし二投目には対処出来なかった。
高速で横回転するそれは、両端に重りの付いた鎖だった。円の直径、三メートル余り、原始的な捕縛武器は、青ガシャの膝上にぶつかり、巻き付く。
脚部を拘束する鎖に目もくれず、青ガシャは即座に剣を逆手に持ち替えると、垂直に振り下ろした。
鎖は呆気なく切断された。勢い余って、剣の切っ先が床を穿つ。
認めて稔が、にっと笑った。
投擲後も青ガシャを迂回して疾走を続けていた稔は、方向転換、加速して青ガシャに再度急接近する。目指すのは、床に突き立てた剣。手鉄甲の拳を握り、走り抜けざま、打撃を叩き込む。
「もーらいっ!」
岩石を砕くような音と共に、突き出した拳が剣をへし折った。
「はっ! 角なんか出してんじゃねーよっ! ざまあっ!」
素早く離脱した稔は、振り返り、ここぞとばかりに快哉を上げてみせた。が、
「――あ?」
殴り飛ばされた剣の破片が、不意に宙で停止する。次の瞬間には、映像の逆再生のように元の形へと引き戻されていた。
元の形へとつなぎ合わされた剣、その隙間に青い体液が滲む。炎上、あっという間に溶接された。
「――めんどくせーな……」
修復した剣を床から引き抜き構える青ガシャに、稔は獰猛な顔つきで唸る。
『無事だったか』
稔の通信機に澤渡の声が届いた。
稔が突っ込んだ案内所の奥には、千歳がヌエから隠れるために使った係員用の非常階段がある。そこを経由して回り込んだのだろう、稔に向かって、澤渡が連絡すると、
「ああっ? 無事に決まってんだろーがっ!」
何故か稔は額に青筋を立てながら怒鳴り返してきた。
やけに機嫌が悪いが、澤渡は気にせず、状況を再確認する。
稔が参戦したこと、さらには先程の攻撃で活路が見えた。
(鎧の耐久度が下がっている)
青ガシャの剣は鎧の一部だ。これまで弦之の刃を受け付けなかったそれが、稔の打撃で砕けた。稔の攻撃が強烈だったというより、蓄積されたダメージが、ようやく表立って現れ始めたのだ。
(行けるか……)
援護射撃の入れ時だと澤渡はクロスボウを構え、ふと気配に気付いて視線を下へ向けた。
水の確保を命じた人形式が、エスカレーター口に姿を見せている。
三体の人形式は、表面を短冊状の紙片で覆った樽のような物体を取り囲んでいる。
中央が膨らんだ筒型のそれは、札を貼り合わせて作った即席の水瓶だ。内部の空間を弄っているので、見た目より容量は多い。
水瓶を囲う三体の人形式は、主人を見上げ、ビシッと敬礼、隣のレーンに水瓶を乗せると、エスカレーターを起動させた。
(良いタイミングだ)
エスカレーターで運ばれてくる水瓶を眺めつつ、澤渡は考える。
状況は悪くない。予定通りに事は進んでいる。
(……あくまで進んでいるだけだが)
奇妙な感覚がする。胸騒ぎとは違う、予感めいた何かを感じるのは、軍場で神経が過敏になっているせいだろうか。
(初陣でもあるまいし)
澤渡は静かに瞑目し、開く。その目にたゆたうのは理知の光。
彼の真横にもツキが浮かんだ。
数種類の幾何学模様で形成された宇佐見のツキとは違い、澤渡のそれは四角形のみで作られている。色は琥珀。
(思考をクリアに)
吐息を一つ、細く吐く。
術者である以上、耳朶に囁く直感を蔑ろにはしないが、行動の枷には出来ない。
(――行動は迅速に。さすれば全てを追い越せる)
到着した水瓶、その水面に映る己の目を、澤渡は見返す。
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