シネマフロア激闘 爆発

 氷が砕けた。

 弦之が本懐を遂げたのではない。

 刀を押す直前、青ガシャの後頭部を覆う分厚い氷が、膨張して裂けたのだ。

 内部からの圧力で、バキバキと氷にひびが広がる。

 深く裂けた隙間が徐々に開き、激しく水蒸気が吹き上げる。弾けるのは目前だ。

 高温の水蒸気を浴び、爆発寸前の頭部を前に、しかし弦之は引かない。

 核に刃が届いたのだ。何としてでも切断する。

 強く固めた意志を刃に乗せ、切り裂こうとした時だった。

 氷の内部、青い陽炎のような青ガシャの体が、瞬間、白光したのを弦之は見た。

 次いで、視界が白一色に染まる。

 四角い陰が眼前を過り、爆音が轟いた。

 壁と床、天井へと氷の塊が四散する。氷の礫と共に吹き飛ばされた弦之は床に叩きつけられた。

 床を弾んで転がり、その回転を利用して素早く起き上がる。敵の姿を確認するため顔を上げた弦之は、しかし激痛に顔を歪めた。受け身は取れたが、飛散した氷の礫で手足を強打している。

 折れていなければ問題ないと、弦之は痛みを捨て置くが、ふと頭部や胴体が無傷であることに気付いた。ガードは間に合わなかったはずだと訝しんでいると、右横から声がした。

「無謀な真似は控えろ」

 首を巡らせると、エスカレーターのステップに、段差を利用して身を隠す澤渡が見えた。手にはクロスボウを装備、側には複雑に折られた紙飛行機が三機、いつでも滑空出来るよう待機している。

「防御札といっても所詮は紙。物理攻撃は防ぎ切れん」

 爆発の瞬間、弦之と青ガシャの間に紙飛行機を飛ばして、攻撃を緩衝してくれたらしい。

「礼を申し上げます」

「忠告を受け入れたと判断するが?」

「ええ、少し熱くなっていたようです」

 素直に言って、弦之は刀を握る。

 澤渡はマントに手を入れ何かを取り出すと、待機中の紙飛行機に乗せ、指で指示を出す。紙飛行機は音もなく飛び弦之の左横についた。

「今のうちに回復を」

 それは、千歳が使用したものと同じ回復用カイロだった。事務的に告げる澤渡に、弦之は無言で頷き、紙飛行機に手を伸ばす。


 氷を爆破した青ガシャは、水蒸気に包まれていた。

 立ちこめる白い霧の内部に仁王立ちする人影が、ゆっくり片手で剣を上げ、振り下ろす。凄まじい風圧で霧が吹き飛んだ。

 熱を持った水蒸気が波のように押し寄せ、弦之は腕で顔を庇う。

 晴れた水蒸気の中心に立つ青ガシャは、姿を変えていた。

 ヘルメットのような後頭部は完全に割れていた。氷を爆破する際に、頭部内に燃える炎の火力を上げたせいだと推測出来る。

 割れて剥き出しになった後頭部から、燃えさかる炎が逆立つ髪のように、轟々と青く吹き上げていた。

 上部には、割れた破片を組み合わせたのだろう、斜め後ろへ向かって、角が突き出していた。

 姿の変化は少ない。しかし火力は跳ね上がった。同時に威圧感も増している。ロビー内の景色が歪んで見えのは、熱気のせいばかりではないだろう。

 床に散らばる氷塊が、瞬く間に溶けていく。


「……厄介な」

 天井の梁に潜ませたフクロウから送られてくる映像を顔の横に四角く浮かび上がらせ、澤渡は唸る。

 角を出した青ガシャは攻撃力が上がると聞いている。目にするのは初めてだ。

 そもそも青ガシャと呼ばれる個体と対峙するのはこれが初めてなのだ。その頑強さには澤渡は舌を巻く。

 テラス席からレストランフロアへ出た澤渡は、一度階下へ下り、停止したエスカレーターを上ってシネマフロアへ回り込んだ。

 ステップに留まり、遠距離狙撃を狙って潜むつもりだったが、案内所へ突っ込み昏倒する稔の回復に回り、今まで参戦出来ずにいたのだ。

 その稔はというと、目を回した程度で目立ったダメージは受けていない。通信機越しに呼びかけると、稔は頭を振ってすぐに目を覚ましたので、紙飛行機で回復用の物資を投下して外の映像を提供すると、襲撃のタイミングを計るよう指示した。

 それ以降、稔から応答はない。案内所内に潜伏し、機を伺っているのだろう。やけに静かなのは気になるところだが。

 弦之が青ガシャの相手をしている間、火伏せの石を配置するなど援護に徹したのは、大がかりな術で一気に片を付けるべきだと判断したからだ。

 そのために天井の梁にトラップを準備して回ったが、発動させるにはまだ時間がかかる。その上、青ガシャの耐久度を目の当たりにした今となっては、例え上手く発動させたとしても、決定打を与えることが出来るかどうかははなはだ疑問だ。

 火伏せの石は、先の爆発と変化した青ガシャの熱気によって、大半が溶け消えた。それでも一定の効力は持続しているようで、熱気は徐々に抑え込まれている。

 このまま小刻みに相手の体力を削れば、数で勝るこちらに分はあるだろうが、問題は他にもある。

 澤渡は脳内で物資の在庫を勘定した。火伏せの結晶石はすでに在庫が尽きている。残るは消化剤と薬液のみ。

 万が一に備えて、水を確保するために、三体の人形式を階下の消火栓へ向かわせたが、重く不安定な水の運搬は、そう簡単にはいかない。手持ちの札も、大半はトラップに使用している。

 物資の品切れが近い。制限時間が付いたも同然だ。

(じり貧だな)

 目を細め映像を見る澤渡は、ふと遠く雄叫びのようなものを耳にして、眉をひそめた。

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