シネマフロア激闘 凍結
『じゃあ、お先に仕掛けさせて貰おうか』
本人がそこにいれば、細めた目を光らせていたに違いないだろう。気軽にして物騒な口調だ。
言い終わると同時に、びしゃりと大量の水が振り払われる音がした。足下の片付けをあらかた終えた千歳は、異様なその音に、何事かと振り返る。
ポン吉と一緒にワゴン上部から恐る恐る頭を出した千歳は、天井の暗がりから巨大な白い鳥が降下するのを見た。
「うわあ……」
短冊状の紙を乱雑に貼り合わせた、一目で作り物と分かる張りぼての鳥に、千歳は目を丸くする。
白い鳥は、翼幅三メートルはあろうかという翼を開いて、青ガシャの正面上空から堂々と舞い降りた。巨体を支えるだけで精一杯なのか、降下は不安定にして無防備、四角張った翼の端々は重く垂れ下がり、羽ばたきもしない。
(あれじゃあ、すぐに切り落とされる)
千歳の懸念通りになった。飛来する巨鳥に目もくれず、青ガシャは剣を一閃、残光が縦に円を描き、巨鳥はあっさり真っ二つにされた。
「ああー……」
残念そうな声を上げる千歳の横で、カラスが忍び笑いを漏らした。
『せっかちだねえ』
でも、とカラスが宇佐見の言葉を続ける。
『そんなに熱くならないで』
青ガシャの頭上で左右に分裂しかける鳥の内部から、生卵を割ったように、粘ついた液体がどろりと大量にあふれ出した。
明らかに鳥の体積以上はあるだろう、水飴に似た液体は、両断され、型崩れを起こした胴体と、剥がれ落ちた大量の紙片を粘着させて、青ガシャの頭に墜落した。
墜落と同時に液体まみれの鳥の胴体が、青ガシャの頭部から胸部を丸く抱き込む。翼の先端は紙片を連ならせてグンと伸び、放射状に床に接着、檻となった。
残りの液体と紙片は上から下へと、白い鎧の上を、粘り着きながら隙間なく流れ落ちる。
鳥の残骸である紙片と液体に、皮膜のように全身を覆われれた青ガシャは、しかし攻撃の意図を図りかねているのか棒立ちしていた。
取り除こうと頭部の一塊を掴み引き離すが、緩く糸を引いて伸びるだけで、掴んだ手にもべったりと絡む。
当惑でもしているのか、頭からクラゲでも被ったような姿で行動停止する青ガシャめがけて矢が飛んだ。
発射場所は千歳の背後、崩れた非常階段方面だ。
千歳の頭上を、白銀の軌跡を引き一直線に飛んだ矢は、青ガシャに突き刺さる。
鎧は貫通していない。液体にのめり込んだだけだ。
だが、刺さると同時に青ガシャの体が凍てついた。
瞬間冷凍とはかくいうや、青ガシャは腕を曲げた格好のまま、瞬時に凍結した。
「……凄い」
ワゴンの縁にしがみつき顔を出す千歳は、小さく感嘆の声を漏らす。
「これだけの水、一体どこで調達を」
連盾を構えたまま、ジルが千歳の潜むワゴンの側までゆっくりと後退してきた。
「『スプリンクラーから失敬したよ』」
声が二重に響いた。背後の非常口から、クロスボウを携えた宇佐見が姿を現したのだ。
クロスボウの狙いを青ガシャに定め、視線を外さないよう見据えながら千歳の元へ移動する彼は、相変わらず笑みを浮かべているが、髪や着衣に薄く砂埃を被っていた。
宇佐見の言葉に「ああ、それで」とジルが納得する。
「先程の火災でスプリンクラーが作動しなかったのはそのためでしたか」
「青い炎は普通の水では消えない。フロアが水浸しになると面倒だよ」
埃を払い、肩にカラスを乗せると、凍り付いた青ガシャに目を向け、宇佐見はふっと冷たい笑みを零す。
「水は破魔の薬液入り。氷はサービス、無課金だ。――少しは冷えたかい?」
「これは……」
白く冷気を上げる巨体に、弦之は目を見張る。
先程までの活動が嘘のように、白い岩石の如く沈黙した青ガシャに一瞬気を取られる弦之は、しかしすぐに表情を引き締め、
「お見事!」
術者への賛辞を送ると共に、床を蹴る。
この好機を逃すわけにはいかない。
氷像と化した青ガシャの首を取るべく、弦之は走る。
白濁した氷に覆われようとも、霊力を灯した弦之の目は、青ガシャの姿をはっきりと捉えた。
氷の内部、青い陽炎のような人型の中、青白く発光する箇所は三。
頭部、頸部、胸部。いずれも青ガシャの弱点に当たる部分だ。
その中の頸部は、発光の大きさこそ他の二つに見劣りするが、真っ白に白熱して、異常な高温を示している。
青ガシャを閉じ込める氷の檻を駆け上がり、張り出た肩を足場に弦之は刀を構えた。
「これでっ!」
渾身の力を込めて振るった刀は、氷を切断して青ガシャの首へ到達、刃が食い込む。
が、すぐに恐ろしい斥力で刃の侵入を阻まれた。物理的な手応えはない。磁石の反発に似ているが、ずっと強烈だ。
押し返そうとする強固な力が、刃を通じて弦之にも伝わる。しかも高速で回転しているらしく、氷と頸部の鎧に挟まっているはずの刃が、流れに巻き込まれ持って行かれそうになる。
(これが中枢核……!)
頭部は思考、胸部は動力、二つをつなぎ、肉体の再生を司る、青ガシャの弱点にして中枢核。
固いとは聞いていたが、ここまで暴れ狂うとは思ってもみなかった。
弦之はしくじったと臍を噛む。
勢いはつけた。霊力も切っ先まで満ちている。
……斬撃の角度が甘かった。
刃の入りが悪いと、刀に力が乗らない。初歩的なミスだ。だが、失態を悔いるのは今ではない。
カタカタと小刻みに震え、今にも弾き飛ばされそうな刀、その柄から右手を慎重に峰へと移動させ、中程で添えると、掌を通して刃に霊力を注ぐ。これで刃の強度が上がった。
峰を通して刃の角度を補正、力ではなく、刃の鋭さをもって切り裂く。
「押し切るっ!」
バキッと、氷が鈍く音を立てた。
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