シネマフロア激闘 弦之
火球を投じた青ガシャはそのまま上体を一周、元の位置に戻りざま、ガコと音を立て、上体を下半身にはめると、右足を引き半回転、足を戻す。作法に則った機械的な方向転換で最初の標的を視認する。
青い炎が見据えるのは床に着地した黒衣の剣士。青ガシャが駆け出した。
フロアどころか、建物全体を揺るがす地響きを立て青ガシャが迫る。見据え、弦之は、
「お相手つかまつる」
刀を握り直した。
青ガシャの斬撃をかわしながら、弦之は反撃の機会を窺う。速度も重さも乗った刃は、一撃でコンセカウンターを床まで裂く破壊力だ。打ち合いや鍔迫り合いは到底不可能。競り負けるどころの話ではない。
反面、その太刀筋は、お手本のように正確だった。一ミリもずれない剣の軌道は、避けるタイミングさえ見誤らなければ、回避は容易い。
さらには小手先器用な小技は使わない。最初に腕や上半身を旋回させたのには驚いたが、それ以降は単調な攻撃が続いている。
青ガシャと間合いを取りながら、しかし弦之は焦りの表情を浮かべた。
刃が通らない。
斬撃をかいくぐり、体を旋回させながらカウンターを仕掛けてみたが、刃は、火花を散らして青ガシャの表面を引っ掻く程度で、決定打を与える事は出来なかった。
鎧の隙間に突きを入れても、刃は深く沈むが、何やら羊羹に楊枝を差し込むような微妙な手応えしかない。その上、即座に吹き出した炎に押し返されてしまう。
体格差にも気を抜けない。弱点である頸部が高く、間合いの外から跳躍しなければ刃が届かないのだ。距離を取ろうにも、図体に相応した歩幅で詰め寄られ、あっという間に斬撃の有効範囲に入ってしまう。
振り下ろされ、床に突き刺さった剣を足場に駆け上ろうとしたが、途中で水滴のように払われてしまった。
角柱を経由して上から攻撃を仕掛けても、広い視界に捉えられ、はたき落とされる始末だ。
頑丈さ、スタミナ、スピード。どれをとっても異常だった。単調な攻撃に徹するのは、傑出した身体能力を持つが故、相手の意表を突く必要がないからだろう。
何より不気味なのが、感情がない点だ。
淡々と剣を振る青ガシャは機械そのもの。敵と相対する闘志がない。仕留めようとする欲望もない。弦之は何度かその体躯に刃を通しているが、痛覚もないのか、怯みもしない。
ダメージの蓄積具合が計れない。
押しているのか、拮抗しているのか、追い詰められているのか。それすら皆目見当がつかないのだ。自動走行する重機に追尾されているような気分にさえなる。
だが、鋭く振るわれる刃には、確かに殺意が閃いている。
長引けば、確実に体力を削らる。
そして最大の問題は、
(本気を出していない)
青ガシャの動きに切れがない。時折首を巡らせロビーを見回しては、何かを探すような素振りを見せている。注意はそぞろ、隙も目立つ。
(再起動したてで状況を把握出来ていないと見るべきか)
(――あるいは指示を待っているか)
ガシャ鎧、特に青ガシャと呼ばれる個体は基本的に主人である魔物の命令に従って行動する。
主人が退治されても命令は継続されるが、周囲に人の気配がない場合は待機状態に入り、場合によってはそのまま十年、時には百年単位で休眠する。近隣に人の気配を察知すると再起動、状況を判断して命令を実行するが、その命令は、どのような類いの物であれ、人間の排除が念頭に置かれている。
ひとたび起動すれば、近場の人間を狩り尽くすまで止まらないのが青ガシャの生態だ。
青ガシャによる被害は、主人を失い、人知れず眠っていた個体が時を経て目覚めたことにより引き起こされるものが大半だ。
目の前の個体も、どこかで眠っていたのが、千歳が乱した気に当てられ再起動したと考えるのが妥当だろうが、そうでない場合。
(主を掲げる個体なら)
高位の魔物、その配下だとすれば。弦之はぐっと表情を引き締める。
(背後の魔物を掃討出来るまたとない機会)
弦之としては願ってもない状況だ。
しかし場所が悪い。
実体を持つガシャ鎧系統の魔物には重量がある。中でも青ガシャは超重量だ。
ショッピングセンターの耐久度が法令通りかそれ以上だと見積もっても、魔物との戦闘など考慮されているはずがない。おまけに五階。戦闘の衝撃で床が損壊、最悪崩落の恐れがある。
現状、派手な立ち回りとなっているにも関わらず、床が抜けずにいるのは、寮生の誰かが建物を術で強化したからだと思われるが、いつまで保つかは分からない。
かといって移動は論外、周囲には駅や民家が立ち並んでいる。
剣士として、青ガシャとの本気の戦闘を望みはしたが、四の五の言っている場合ではない。術者としての役目が遙かに重要、早急に排除せねばならない。
と言うより、隙だらけの相手に優位を取れないようではお話にすらならない。
(援軍の可能性がある)
(早々に片を付けねばならない)
弦之は焦燥を募らせた。
薙ぎ払いを後方ジャンプで回避した弦之は、青ガシャの次の行動にはっとなった。
腰を落とし、突き出した左の手の平に、火球を生成しようとしている。
(――させない)
空中で、弦之は緩く握った左の拳を振った。その指の間から、手投げタイプの短い破魔矢が振り出される。
すかさず狙いを付け投擲、矢は、青ガシャが生成する火球に、手の平を貫いて突き刺さる。
火球の勢いが失速した。
命中したことを確認して着地、弦之は息を吐く。
青ガシャの体液で生成された火球は、物にぶつかると破裂して広範囲に飛び散り、飛沫が発火する、タチの悪い火炎瓶のようなものだ。
しかも炎上すると、普通の水では消せない。屋内で投じられると、消火にも手を取られ、非常に厄介なことになる。
それは待合所に放たれた炎の消火に、未だ手間取るジルの様子からも見て取れた。
弦之が接近戦にこだわるのは、相手に火球を投じる隙を与えないためだった。
火球を放つ前は溜めの動作に入るので、タイミングを見計らって破魔矢を青ガシャの手に打ち込めば、今回のようにキャンセルさせることが出来る。
青ガシャの攻略には定石がある。
まず破魔矢で射かけ、鎧の耐久度を下げてから頸部を切断する。
援護射撃がない今、破魔矢を投じるチャンスが火球を生成する時しかないのは痛い。
(小刻みに削るしかない)
剣を構え直して、青ガシャを見た弦之は息を呑んだ。
火球が消滅していない。
破魔矢の浄化能力を、火球が上回っていたのだ。
(学習された……!)
再度破魔矢を生成しようとしたが遅い。
青ガシャの手から青い火球が離れ、しかし唐突に消失した。
「何?」
不完全燃焼でも起こしたのか、青ガシャの手の平で、細くくゆる煙を残して消えた火球に、弦之は驚き訝る。
が、すぐに、めくれた床材の陰に転がる水色の小石の存在に気がついた。
不透明な水色の小石は火伏せの結晶石だ。破魔の薬液と火伏せの術を内包した石は、空気に触れると少しずつ気化して、炎の災禍を防いでくれる。
当然、青ガシャ本体にも有効で、鎧の耐久度を少しずつ削ってくれる術者のアイテムだが。
石は、見れば床の至る所に、瓦礫に紛れて、隠れるように配置されていた。
(いつの間に……)
青ガシャを見据えながら弦之は、その背後、天井の梁にうごめく影を捉えた。
(……フクロウ?)
澤渡の鳥型式が、嘴に水色をくわえている。
どうやら、交戦の振動に合わせて、石を落として回っていたらしい。消火をするジルの助けにもなったようで、炎は鎮火傾向にある。
(ありがたい)
手際の良さに感心しつつ、援護が入ったことで、俄然、意気込む弦之だった。
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