シネマフロア激闘 開幕
天井をすり抜けたポン吉は、梁やコードやらも通り抜け、シネマフロア、ロビー中央部へ、木箱と共に着地した
直立させた木箱の横で、着地の衝撃に身を震わせるポン吉は、何とか顔を上げ、目にした光景に仰天した。
今まさに、主人である千歳の脳天に魔物の白刃が振り下ろされようとしている。
ポン吉は四肢を張り、全身に力を籠めた。首周りから放出された光の粒で木箱の蓋に干渉、ストッパーを外す。開いた被せ蓋から操作ハンドルが傾ぎ出る。
ポン吉は光の粒を操作ハンドルにまとわせ立ち上がらせた。胴に横づけすると、床を蹴って全速力で走る。
乾いた音を立て木箱から板材が次々に引き出されていく。引き出されながら板材の向きが紐に対して水平に調整される。横に走る様はさながら横断幕だ。
連盾を翻しながら走るポン吉は、徐々に加速して千歳の後方左へと急ぐ。
目指すは売店のワゴン、千歳が背を預ける商品棚だ。分厚い合板製、しかも安定感抜群の台形型。ちょっとやそっとでは転倒しない。
床をけり、ポン吉はワゴンの上へ飛び乗った。反動で揺れた棚からグッズ類が零れ落ちるが、構わず霊獣は踏ん張ると、上体を左から右へ大きく振る。随伴させた連盾がその動きに連動、ワゴンを迂回しながら、千歳と剣を振り下ろす魔物の間めがけて勢いよく飛ぶ。
千歳とガシャ鎧の間を右へ流れる連盾が、絶妙なタイミングで斬撃を受け止めた。
重い金属音をたて、剣が数枚の板材を半分近くまで切り裂いた。割れた板材の破片が飛ぶ。
しかし、たるんで伸びた紐が剣を受け止め、切断を止めた。引き延ばされた紐が左右の板材を引き寄せ、剣をがっちりと挟み込む。離すものかと、操作するポン吉の強い意志を反映して、連盾はさらに右へ流れる。
剣の軌道が大きくそれた。引きずられ、ガシャ鎧もまた、態勢を崩す。
「千歳っ!」
シネマフロアとレストランフロアをつなぐ連絡通路を通り抜け、ロビーへ駆けこんだジルが叫ぶ。
(青ガシャ!)
青い炎を上げる体躯に目を剥き、しかしジルは怯むどころか速度を上げた。
猛然と青ガシャに迫ると、絡んだ連盾を振りほどこうと滅茶苦茶に剣を振り回す刃の下へ足から滑り込む。滑り込みざま、振り回される己の武器のハンドル、その片方を掴み、
「開いてっ!」
鋭く命じる主の声に反応して、付与された術が反応、連盾の表面を撫でるように光が走った。
ジルの下した命により、宙で暴れ回る反対側のハンドルがピタリと止まる。一拍おいて、内部に収納された紐を吐き出しながら勢いよく後退する。板材の間隔が最大まで広がった。
限界まで引き出された紐により、二メートル弱の尺が、倍以上に伸びる。
「掴んでっ!」
蛇が鎌首をもたげるように後退していたハンドルが起き上がった。青ガシャに狙いを定め、勢いよく折り返す。己が敷いたレールの上を滑空するように舞い戻ったハンドルは、青ガシャの背に回り、その体をがっちりと巻き込んだ。
ジルは足を開き、腰を落とすと、野球バットのように両手でハンドルを握りしめ、
「千歳にっ、近づかない、でっ!」
「でっ!」の発音と共に、全力でフルスイング。
連盾は青ガシャを抱えたまま大きく旋回すると、ロビー中央に向かってその体躯を放り投げた。
背中から投げ飛ばされた青ガシャは、しかし後ろ向きにすっ飛びながら姿勢を整えると、膝を折り曲げ難なく床に着地してみせる。
ゆっくりと立ち上がるその姿から、一つもダメージを与えられていないことが見て取れた。
だが、千歳から引き離す目的は果たせた。
「戻って」
連盾の紐が再びハンドルに収納され、板材の目が詰まる。同時に割れた板材は、隣に倒れて重なり、紐で固定された。
戻ってきた反対側の持ち手を取り、ジルは裏に千歳が座り込むワゴンを背にかばうように立つ。
姿勢を整える青ガシャをキッと睨み、
「千歳が気安いからって、距離感考えないとか最低だよ」
シネマフロアへ続くレストランフロアを走る弦之と稔は、前方、上部にシネマフロアを示す看板が掲げられた連絡通路入り口奥、地響きを立て着地する青ガシャを目視した。
ゆっくりと腰を上げる魔物に、稔が「うわぁ……」と嫌そうな声を上げる。
「マジでいる。冗談きつ」
軽口を叩きながら、しかし目は油断なく光り、仕留めるべき敵を見据える。
弦之は一瞬目を見開き、鋭く細めると、無言で速度を上げた。
魔物は立ち上がった直後の棒立ち状態だった。無防備な横姿に、弦之は、ぐっと顎を引いた。
(先手を打つ!)
走りながら刀を構え、足に霊力を込める。上体を沈めると、フロア境目の数歩前、踏み込んだ床をえぐる勢いで蹴り、跳躍。一気に距離を詰める。目で追えない瞬発力だ。
振り上げた刀の狙いはガシャ鎧の弱点、青い炎を上げる頸部。渾身の力を乗せ、振り下ろす。
空気を切り裂くような一撃は、しかし首に届く直前、肩口より逆さに回された二の腕に阻まれた。
青ガシャは折り曲げた左腕を、予備動作もなく肩の付け根から半回転させたのだ。
歯車が回転する様によく似た無駄のない挙動だ。肩の稼働範囲も人体のそれを超えている。
防いだ反射速度もさることながら、刃の当たった腕にはひびの一つも入っていない。
(固い……!)
弦之は喉を低く鳴らす。守りの厚い小手部分とはいえ、無傷は頂けない。
と、斬撃を防いだ左腕の手首がぐるんと裏返った。無骨な太い関節、指腹と屈筋に筋肉の束が盛り上がる掌が弦之を向く。
体の裂け目から噴き出した青い炎がそこへ集まった。螺旋を描いて球となる。
放つ気だ。
「――鬼さん、こちらっ!」
後続する稔が咄嗟に声を上げた。弾けんばかりに膨らんだ膨らんだ火球が一瞬縮む。新たに出現した稔を確認して、青ガシャの意識がそれたのだ。
見逃さず、弦之は青ガシャの腰を蹴り後ろに飛んだ。目標を見失った火球は、掌の中で虚しく回転を続けている。
飛び去る弦之の代わりに、今度は稔が床を蹴り跳躍した。
(こういうトコ、やっぱでくの坊だなぁ)
稔は挑発的な笑みを浮かた。
ガシャ鎧系統の魔物は機械と同じだ。周囲の情報をあますことなく収集、細かく分析して行動を決定する。精密な状況判断、的確な動きは侮れないが、その分、突発的な事態への対処は遅れる。
(けどまあ、いきなり首は無理ってことで)
ひひっと、笑みに陰湿さを加味すると、視線を脇腹へ移動させる。
「ガラ空きっすねぇ!」
弦之の一撃を防いだ格好の左腕、その下。晒された脇腹を目指す。
拳を握り青ガシャの懐に飛び込んだ稔は、ガコ、と何かが外れる音を聞いた。
稔が警戒するより早く、青ガシャの上体が僅かに伸びる。
途端、ギュルンと音を立て、上体が高速で左回転、青ガシャが稔の正面を向く。
「はあっ⁈」
驚き狼狽えるも、体は既に空中だ。重機がアームを旋回させるように、左から青ガシャの右腕が襲い来る。
咄嗟に腕を顔の横に立てガードするも、遠心力の付いた重い打撃を受け、稔は軽々と吹っ飛ばされた。右斜め後ろ、案内所のカウンター受付に背中から激突した稔は、窓ガラスを突き破って内部へと沈んだ。
青ガシャの上半身はそのまま左旋回を続ける。回転しながら手首を戻して、火球を上へ掲げ持つ。
青ガシャの頭部、炎揺らめくフェイスシールドに後ろへ飛ぶ弦之が映り、次いでジルが映った。
瞬間、内部の炎が確かに標的を定める。
青ガシャが音速で肘を振り下ろした。投石機のように肘関節の運動のみで投じられた火の玉は、楕円に歪む速度でジルに迫る。
「それくらいっ!」
ジルはハンドルを操作、連盾を己を中心に半円になるよう展開した。板材の傾斜は右を下。付与された術を活性化させることによって、板材の数センチ上に、重力の層が生まれる。
炎をまとった剛速球を受け止め左へ流す魂胆だ。
刹那、火球が連盾中心部に着弾した。衝撃を吸収できずに中心部が大きくたわみむ。
「お、もいっ……」
仰け反り、たたらを踏みながら後退するが、ジルは何とか持ちこたえた。
着弾してなお勢いの衰えない火球は、高速回転しながらじりじりと板材を押し込む。負けじとジルは、足を踏み込み押し返す
「こ……、のっ!」
震える右腕を、一歩進みながら前へと突き出した。主人の動きに呼応して連盾本体が傾斜をつける。
今にも板材を突き破りそうな火球は、ピアノのグリッドサンドのように傾斜にそって滑り流れ、左後方へと飛び去った。
進行方向を曲げられた火球は、勢いをそのままに、待合所奥に設置されたクレーンゲームの上部筐体へと激突、ケースを砕いて壁にぶつかると、べちゃっ、と水風船のように弾けた。
青黒いペンキのような液体が待合所付近に飛び散った。その飛沫から青い炎が上がる。
床、壁、ソファ、ゲーム機内部のぬいぐるみと、材質に関わりなく燃え上がり、たちどころに待合所が揺れる青に沈む。
「大変っ!」
炎上した待合所に、ジルは大慌てでハンドルを束ね持ち、ウエストポーチから紙を五枚、引き抜いた。
平面に畳まれたそれは筒型の紙飛行機だ。宙へ投じると、紙飛行機は自動で膨らみ立体化、飛行を開始する。
さらに別のポーチから、試験管のようなガラス瓶を取り出した。内部には白い小石がみっしりと詰まっている。
ガラス瓶の栓を親指で弾き開けると、中身を宙へぶちまけた。所々ガラス質の面を持つ不透明な白い小石は消火剤の塊だ。
「消してっ!」
五機の紙飛行機が飛び交いながら小石を筒の内部へと吸い込む。旋回して燃える待合所へ向かうと、筒に吸い込んだ石を内部で圧縮粉砕、白い粉末となった消火剤を、炎めがけて噴霧する。
消火剤を振りかけられた炎は鎮火へ向かうが、いかんせん延焼範囲が広い。ジルはポーチから追加でガラス管を取り出した。
青ガシャ、炎、それに千歳とポン吉。ジルはせわしなく注意を移動させる。
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