移動
「都心へ向かったようだね。方向から察するに、ビジネス街へ直進しているようだけど、痕跡が途絶えてはっきりしないかな?」
スタジオ・ホフミ、屋上。
フェンスの上に立ち、片手をこめかみに当てながら、宇佐見が見積もる。眼鏡越しの目が光を帯び、身動きするたびに軌跡が尾を引く。
大気に残った痕跡から千歳の行き先を推測するため、宇佐見は術で作った鳥を夜空高く放ち、その目を共有していた。
「まるで潜水艦だな」
二の腕を枕にして持つ操作盤に指を踊らせながら、澤渡が言った。
彼の眼前には、操作盤から照射された横長の映像が宙に直接映し出されていた。幾何学模様と数字が並ぶ映像を時折確認しながら、澤渡は操作を続ける。
操作盤から伸びるケーブルは、彼の腰の位置に浮遊する一辺十五センチ程、オレンジの光を灯すガラス質の立方体へと続いている。傍らにはスノーモービルに似た機体が、同じく三十センチ程の高さに浮いて停車していた。
流線形の機体に座席はない。立って操縦するタイプらしい。前輪の代わりに分厚い二枚のそり板、後部にはガードに保護された扇風機のようなプロペラが装着されている。サイドには翼のようなパーツが折り畳まれ、明らかに地上を走る機体ではない。
ハンドルにはフクロウ型の鳥型式が止まっており、時折移動しながら機体内部を点検、目を通して澤渡に映像を送っていた。
「車両点検に使う軌道検査車両、黒フクロウ、ね。それが動力源?」
首を巡らせ、オレンジの立方体を興味深そうに眺めながら宇佐見が問う。笑いながら頭を軽く反らせて、
「やけに手間取ってるみたいだけど、地上で飛べるのかい?」
「当然だ」
澤渡は顔を上げずに答えた。
「迷彩の調整をしているだけだ。都会は高層ビルが多い。どこに人の目があるか分からん」
「監視カメラも多くなったしねえ」
「機械は簡単に誤魔化せる。人の感覚の方が侮れん」
ふうん? と宇佐見は笑みを深くし、
「乗せてくれるかい?」
「一人までなら可能だ」
皮肉交じりに断ると思っていた宇佐見は、へえ、と目を見開く。
「誰が乗るか、喧嘩になりそうだね」
楽しそうに宇佐見は笑うが、澤渡はあくまでも素っ気ない。
「機動力は各々確保しているだろう。なくとも近場なら脚力で事足りる。
――それで、軽口を叩くからには、兆しは見つけたのだろうな?」
映像に目を向けながら、澤渡が言った。
千歳が夢が辻から抜ける際に起きるという波を探そうと試みていた宇佐見は、申し訳なさそうに困り顔を作って見せる。
「弓削殿のおっしゃる通り、浮上するまで待つしかないね」
宇佐見は鳥に戻るよう指で指示を出す。羽音と共に、カラスに酷似した作り物の鳥が舞い降り、宇佐見の肩に止まった。
「碓氷君は、平均してどれぐらいの時間潜っているのですか?」
フェンス上の細い足場を、危うげなく体ごと振り返り、宇佐見は塔屋を仰ぐ。大弓を携え、高所にて付近を監視していた恭弥は、辺りを見回しながら、
「それほど長くはない。少なくとも夜明け前には抜けるだろう」
日付が変わって幾ばくか経つとはいえ、現在の時刻からすれば、かなり長いと言えるだろう。宇佐見は肩をすくめて笑った。
「人が夢見る間ということですか」
「都心へ出た場合は、どのように対処なさるおつもりか」
顔を上げ、澤渡が尋ねる。懸念を浮かべる目は厳しい
「御統会のシマは厄介ですよ」
「そのために白瀬殿を招致した。問題が起きた際は、彼が預かるとのことだ」
恭弥は少々投げやりに言った。不本意極まりないといった本心と共に猜疑心を強く感じるのは、寮で起きた騒動の杜撰な対処を見たせいだろう。
「なるほど。御統会も一枚岩ではありませんから」
宇佐見はもっともらしく、かつ適当に返事をした。当然、恭弥も返事をしない。
作業しながら澤渡が、下らないとばかりに小さく鼻を鳴らした。
少し離れた場所では、ジルが戻ってきた紙飛行機から、魔物の残骸を回収していた。
筒内部の光は、黒い靄や液状の残骸を吸収して、岩石のような黒い塊に変形していた。重いのか、時折沈む機体を、紙飛行機上部の羽が必死に羽ばたいて支えている。
紙飛行機から取り出した塊は、紙風船で作られた気球のかごへと入れる。紙飛行機は、問題がなければ再び回収へ向かわせ、くたびれた物は術で燃やして処分するの繰り返しだ。
ジルが飛ばしているのは筒状の紙飛行機だが、それとは別に、中折れタイプの紙飛行機が戻ってくることがある。
宇佐見が放ったものだ。両翼が黒く変化していることから、残骸を直接本体へ吸収させていることが分かる。旋回しながら気球のかごへ滑り込み、着地すると、勝手に燃え上がって黒い翼の形をした残骸だけが残る。ジルが回収する塊よりも容量は多い。残骸を取り出す手間を省いているところが効率的だ。
「お札の作り方、上手だなあ……」
作業しながら横目に感心しつつ、負けていられないと、ジルは密かに対抗心を燃やすのだった。
ジルの数歩先には、ポン吉が彼に背を向けて空に鼻を向けている。千歳の匂いを逃すまいと、ふんふんと鼻を鳴らしていたが、ピタリと止まる。
「ポン吉君?」
霊獣の邪魔にならないよう、そっと背中を見守っていたジルは、様子が変わったことに気づいて手を止めた。
期待を込めて見つめるジルに、振り返り、ポン吉は確信をもって頷いた。
霊獣の、豊かな首周りの体毛が温かみのある燐光を放つ。頭を振り上げると、首周りの光は鱗粉のような光の粒となって宙へと放り投げられた。
光の粒は円を描きながら寄り集まる。密度を増した中心が、周囲とは別の景色を映した。
最初は街並み、次いで駅、最後にショッピングセンターで映像は止まる。
そこが目的地らしい。
即座に弦之と稔に通信が飛ぶ。
「千歳君の浮上後、周囲に異常がないかを確認してから向かう。皆は、先に向かってくれ」
全員が行動を開始した。
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