甘い物と会話を

「エントランスに同じのがあったな。市販品じゃないよな、コレ」

 竹かごを覗き込みながら、稔が興味津々で尋ねた。

「メーカーにお願いして作って貰ってるんだ。評判良いんだよ」

「繁盛してんだ、この会社。建物もでかいし、芸能ってのは随分儲かるんだな」

 少々皮肉交じりな稔の感想を気にせずに、千歳は説明を続けた。

「昔はともかく、今は社長の才能一つで成り立ってるわけじゃないからね。芸能と、それに関わる技術開発も手がけるようになったから、どうしても安定した本拠地が必要になったんだ。と言っても、この建物は中古物件だよ。もとは医療系の専門学校だったらしい。そのホワイトボードも当時の備品だよ」

「ふうん? 種類多いな。何味?」 

 稔は適当に相槌を打つと、竹かごに顔を近づける。依頼主の事業概要より、目下彼の関心ごとは、飴の種類らしい。

 稔の側に寄り、透明フィルムで個別包装された飴を確認しながら、

「ええっと、黄色は柑橘、白はバニラミルクで赤はベリーミックス。他はアタリ」

「…アタリが隠されていない点について、聞いてもいい?」

「アタリだから」

 千歳の返答に、淡い透明色の丸飴に混ざって、ポツポツと点在するマットな色感の飴に視線を固定しながら、稔は、

「そっち方面のアタリって事だよな? そんなもん、客に出すか普通」

「失礼なこと言わないでね。好みが分かれるってだけの話だから。ちなみにアタリは社員専用で、来客用は抜き取ってるからレアだよ?」

「確信してるってことだろっ。と言うか、現時点では俺らも客なんだが?」

「沢山あるから好きなだけ貰ってよ。とくにアタリ。新たな味覚を開拓出来るかも知れないよ?」

 営業スマイル全開で気前よく言うと、稔は目を細めた。

「俺としては平穏な人生歩みたい口なんで、無難な選択をしたいとこだけど。それでアンタは大丈夫なのかよ? 訳わかんない内に、放り込まれましたって顔してたけど」

 脈絡無く話を戻されて、千歳は笑みを消した。神域の話を蒸し返されるのかと内心ギクリとなるが、稔の懸念は別方向だった。

「さっき大揉めしてたヤツ。アンタ、ドン引きしながら見てたよな。アレが今の術者界だよ。身内の情報を余所に漏らしたくないってんで、腹の探り合いばっかやってんよ」

「余所って、御統会だっけ? 白瀬さんトコの組織」

「まあな」

軽蔑を込めて稔は言った。

「あそこが首突っ込んで、碌な事にならなかった試しはねえし。特に神域絡みとあっちゃあ、こっちも慎重になるさ」

「そんなものなのか?」

「そんなものですよ」

 無知丸出しで問いかける千歳を軽くあしらいながら、

「本当なら内々に片づけたいはずさ。それが表沙汰になってる時点で、相当厄介だって知れるもんだろ。――おまけにさ」

 稔は千歳と反対側、左下に目を向ける。視線の先には、飴ではなく、何故か竹かごと目線を合わせるようにしゃがみ込む弦之がいた。

両手を膝に置き、じっと無表情に竹かごを見つめる姿は少々子供じみて見えるが、本人は至って真剣だった。

「その竹かご、職人さんの手作りで、一点物なんだ」

「道理で。目が揃って美しい」

 千歳が説明すると、弦之は合点したように頷く。その様子を稔はやや呆れ気味に見下ろし、

「山城の次期当主が依頼主って、割と大事なんだけど、そこんとこ、中の人としては、どうなの?」

「次期当主及び上の方々の判断に従うまで」

 弦之の返答は明瞭だった。そこに疑問を差し挟む余地などないと、はっきり含ませている。

 稔は「ほーん」と、小馬鹿にしたような声を漏らした。

「ま、そう言うしかないよな。 ――結構貰うぞ」

 稔は一個ずつ、慎重に飴を選び取る。どうあってもアタリ飴を避けたいのか、難儀しながら選んでいるのは、食べるつもりのない飴をベタベタ触れるのに躊躇いがあるからだろう。几帳面と言うより、食べ物に対する礼儀をわきまえた振る舞いだが、いい加減面倒になってきたのか、

「かごごと持って行ってもいい?」

「もれなくアタリもついてきますが?」

「個数制限は大切だ。買い占めは良くない」

 神妙に頷く稔に、千歳は少し笑いながら、

「まあ、アタリと言っても正味な話、限定品の余りとか、商品の絞り込みで製造中止になった在庫品とか、内輪受けしたけど、やっぱり攻めすぎだろうって最終的に販売を見送った物とかだから、それほど奇抜ではないよ」

「しれっとヤな情報混ぜてくるな。つまり真逆のあたりが混在してるってことだろ。てか、ここの社員はちゃんと選んでるのかよ」

「勿論。砂糖代わりにコーヒーに入れてるよ。お味噌汁に溶かしている人もいたっけ」

「……割とガチだろ、それ」

 稔は一層慎重に飴を取り出すのだった。

「そう言えば、さっき二人は質問してなかったけど、良かったの?」

 会話が止まると気まずくなりそうなので、千歳は軽く別の話題を振ってみた。

「聞きたいことは、ほとんどあの二人が聞いてくれたし。今んとこない」

 飴選びに集中する稔の返答は素っ気ない。こっそり話題をすり替えたことにも気付かなかったのか、反応はなかった。

「御蔵……、弦之君はどう?」

 気を取り直して、弦之にも質問を振る。いきなり名前呼びには躊躇いがあるが、そこは愛想笑いで誤魔化して。

「概ね相違ございません。――ですが一つ、気がかりなことがございます」

 竹かごの鑑賞に満足したのか、弦之はようやく立ち上がった。飴の小山に視線を落とし、

「千歳殿はヌエについてお詳しくないようにお見受けしました。この先、どのような事態が待ち構えているとも知れませんので、身近な魔物については、早めに知識を得られることをお勧めします」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る