相互理解の線引き

 ジルの圧に怯える千歳を尻目に、自分の意見を支持された宇佐見は大層気を良くしたらしい。うんうんと、もっともらしく頷きながら、

「君もこの依頼を受けた以上、今後は軽率な行動は慎まないとね」

 などと先輩風を吹かせてくる。

(この人の言動には気をつけよう……)

 反論する気力も無く、千歳は肩を落としたまま、

「依頼を受けるも何も、俺は勝手に組み込まれただけで……」

 力尽きたように言ってから、はっとなった。気付けば、弦之を除いた他の寮生たちが、微妙な顔つきで千歳を見ている。

「ははあ、やっぱりそうか」

 満足げに笑う宇佐見に、千歳は(しまったっ⁈)と狼狽えながら、

「先輩っ、いちいち引っかけるのやめてもらえませんかっ?」

「いやなに、君の情報が欲しくて」

「俺のプロフィールなら、会社のホームページに載ってますのでそちらをご覧下さいっ」

 警戒した矢先に宇佐見にいいように転がされて、千歳は辺り構わず喚き散らす。

 何より彼らとの決定的な違いを自ら認め、あまつさえ公言してしまったのだ。

 自己紹介時保留にされた過去話を、ここで追求されるのではないかと、千歳は気が気でない。

「――君は、依頼としてこの案件に関わっている訳ではないのだな?」

 早速澤渡が尋ねてきた。それも質問と言うよりは確認するような口振りだ。ギクリとしながら、

「え、……ええ。そうです、が」

 誤魔化したところで、話が拗れるだけだと判断して、千歳は努めて平静に返事をした。

「もう一つ、君は神域と関わることによって、否応なくこの界とも関わることになった口か?」

「それも、はい。間違いないです……」

 澤渡の鋭い眼差しに、千歳は意味も無くかしこまる。

 ビクつく千歳から視線を外し、澤渡は独りごちるように言った。

「君の挨拶を聞いたときから、そうではないかと思っていたが……」

 周囲の空気が、先の顔合わせの時と同じように、気まずい、ぎこちないものへと変わる。仕掛けた宇佐見だけは、ニコニコと笑顔を絶やさずにいるが、そこは無視をするとして。

 再び口を閉ざす寮生達に、千歳は、

(……いや)

(むしろ良いタイミングかもしれない)

 腹を決め、口を切る。

「あの、皆さんは、社長から伝えられた内容だけで、この依頼に納得されたんですか?」

 問いただす方へ舵を切ったのは正解だったようだ。話すうちに、徐々に肝が据わるのを感じながら、

「確かに俺は子供の頃、御神託があった神域で溺れたことはありますけど、それだけの人間と暫く一緒に寮生活を送れって、仕事の内容としてはどうかと思うんですが」

 千歳は寮生達を見回した。

「と言うか、自己紹介の時からやけに警戒してましたよね? もしかして俺のこと、神域の縁者とか、厄持ち? でしたっけ? 何かに祟られていると思ってるんじゃ」

「千歳、それは」

「それはないでしょう」

 咄嗟に口を開いたジルを差し置いて、否定の声が静かに上がった。

 寮生一同振り向けば、それは弦之だった。

 ずっと絵にこだわっていた彼は、ようやく気が済んだのか、一歩歩み出ると千歳に向かって丁寧に頭を下げた。

「絵を描いて下さって、ありがとうございました。 ――少し落ち着きました」

「い、いえ、どういたしまして……」

 気が立っていた事に自覚があったのだろう、しおらしく詫びるのはいいが、いかんせん周囲の状況を考慮していない。

 空気を読まずに登場した弦之によって、張り詰めていた緊張が崩れ、寮生達が脱力するのが分かった。

(何というか、我が道をガンガンに突き進むタイプだな)

 黙っているときは存在感の欠片も示さない弦之だが、ひとたび行動を起こせばこの上なく目立つ彼に、千歳は疲れたように肩を落とす。が、気を取り直し、

「絵を描くのは仕事だから、そこは気にしないで。――それより、俺が厄持ちじゃないと否定してくれるのはありがたいけど、何か根拠はあるのかな?」

「霊獣を連れておいででしょう」

「はあっ?」

 弦之の返答に、千歳が反応を示すより早く、稔が目を剥いた。仰天して立ち上がり、

「あ、あのタヌキ、アンタのなのかっ?」

 千歳に顔を向けたまま、ジルの腕に収まるポン吉に人差し指を突きつける。稔の剣幕に面食らって千歳は、

「え? そ、そうだけど、それが」

「それがって、それっ……!」

 前のめりになりながらポン吉を指さす稔だったが、やおら言葉に詰まって、俯く。ブルブル震えながら、

「……それ、先に言ってくれよー……」

 気が抜けたように、稔はへなへなとその場にしゃがみ込んだ。

「てっきり、比良坂のかと思ってた……」

 両手で顔を覆い、「はー……」と、深くため息まで吐く。

 稔が安堵しているのは分かるが、その理由が分からず千歳が困惑していると、澤渡もまた、少し驚いた顔をしながら、

「君の霊獣だったのか」

「ええ、そうです。そう言えば紹介がまだでしたね。タヌキ型の霊獣で、ポン吉といいます。会社には犬として届けているので、社内ではタヌキ呼ばわりは出来るだけ控えて欲しいんですが。と言うより、皆さん先に寮にいらしたはずですよね? ポン吉、いなかったでしょう?」

「……ずっと業者がいたから、隠れてたのかと思ったよ」

 頭を抱えたまま、むくれたように稔が言った。

「大体、霊獣ってのは、術者にとっては財産だからさ。そんな簡単に他人に見せたりしねーよ」

「僕も初めて知ったよ」

宇佐見もしげしげと興味深そうにポン吉を眺める。

「ポン吉君と言うんだね。街で君を見かけたときも、全く気付かなかったなあ。随分上手く隠れていたんだね」

「……はあ」

 千歳は猜疑心を込めて相槌を打った。

 宇佐見の口調が芝居がかっていたため、信用ならないと用心しての反応だが、ともかく、千歳がポン吉の飼い主であることに、何か重要な意味があるのは分かった。

 話の続きを求めて弦之を見ると、彼は小さく頷き、説明を続けた。

「厄持ちとは、神域の怒りを買った者の事で、大抵は神獣に取り憑かれています」

「神獣?」

「神域に生息する霊獣の上位種とお考え下さい。霊獣と同じように、既存の生物の姿を写し取っていますが、体毛はすべからく白、黄金の炎を纏っていますので違いは一目瞭然です。気性は荒く、縄張り意識も強いため、例え霊獣だろうと神獣と一緒に飼育は出来ません」

「えっと、つまり、ポン吉、霊獣を飼ってると、厄持ちでない証明になる?」

「おおよそは」

 頷き、弦之はポン吉に目を向けた。

 自分が話題に上っていると分かったのか、ポン吉はおずおずと弦之を見返した。が、弦之と目が合った途端、ポン吉はビクッと大きく跳ねると、無表情のまま、ガタガタと縦に小刻みに震え出した。

「ど、どうしたのっ?」

 着信を告げる携帯端末のように激しく振動するポン吉を、ジルが慌ててあやしにかかる。

 ヌエについて弦之に問い詰められた際、彼の顔にポン吉を押しつけた千歳は、その後遺症かもしれないと流石にばつが悪くなるも、思い返せば、それ以前からポン吉は弦之を恐れていた節があった。

 恭弥は千歳と喧嘩別れした後、ポン吉は会社に戻っていたと話していた。弦之と何かあったとも仄めかしていたが、一体何があったのだろうかと、引き気味に見ていると、ポン吉に怯えられた弦之は、

「……嫌われてしまったようですね」

 表情に変化はないが、明らかにがっかりしている。

(そこ、落ち込むのか)

(実は動物好き?)

「えーっと、ポン吉は、その、あれだ。ちょっと人見知りなところがあるから」

 初めて人間らしい感情を見せた弦之を、千歳はしどろもどろと慰めるのだった。

「続けるぞ」

 仕切り直すように澤渡が言った。

 当たり前のように進行を務める澤渡が、今後寮生達の代表格になるのは間違いないだろう。

 ジルは震えの止まらないポン吉を庇うように弦之から距離を取り、稔はしゃがんだまま疲れた顔を澤渡に向ける。

「依頼についてだね。御神託と碓氷君の関係性……、因果と表現した方がいいかな?」

 柔和に笑う宇佐見を、澤渡が牽制するように睨んだ。これ以上、いらぬ口出しはするなと言わんばかりの目線だ。無言で釘を刺され、宇佐見は失笑しながら肩を竦める。従う素振りは見せているが、人を食ったような態度を改めることはなかった。

 澤渡は冷ややかに顔をしかめたが、相手をすれば図に乗らせるだけだと悟ったのか、何も言わず、目を背けるに留まった。

「――神域では、人の理屈は通用しない」

 澤渡は、まずそう断りを入れた。

「禁足地とも呼ばれる通り、踏み入っただけで、障りを受けることも、役目を賜ることもある。お目付役の神獣がいないとしても、何かを与えられた可能性は充分考慮できる」

「心当たりはないんですが……」

「分かりやすく自覚出来るなら苦労はない」

 澤渡は嘆息した。制帽の影に紛れた表情は苦みがあったが、すぐに改めた。

「御神託が下ったと言うが、こうしろと、具体的な指示があるわけではないだろう。ただ、君の周囲で何かが起きるのは間違いないようだ。その何かに対応せよというのが、今回の依頼だと認識した」

 やけに悠長な話だ。千歳は眉をひそめながら、

「気長に待つだけでいいんですか? その何かに対して、後手に回るとは考えないのですか?」

 差し出口と分かりながら、千歳は物申す。その指摘に、澤渡は少し目を見開き、細める。

「御神託が下った時点で、その何かは既に逼迫していると判断される。――それが、君の過去とどう関係しているかは、現時点では不明だ」

 言葉を切る澤渡を、千歳は身構えながら見つめる。

「神域で何があったのか。詳細はこの依頼を遂行する間、必要だと感じた時に君から話して欲しい」

「……今でなくても、いいんですか?」

 意外に思いながらも、つい警戒するような口調になってしまうのは、千歳がこの話題に神経を尖らせている何よりの証拠だ。念押しする千歳に、澤渡は少し疲れたような顔を見せた。

「君はその話を口にすることに負担を感じているだろう?」

「それは……」

「そうった話は、聞く方もそれなりの覚悟が必要ということだ」

 千歳は強ばっていた体の力が抜ける気がした。澤渡の言葉を解釈すると、つまるところ、千歳に配慮をしているということだ。

「……そう、ですか」

 どういった反応を返すべきか考えあぐねていると、宇佐見がしたり顔で頷いた。

「そうだねえ。御神託の覚え書きだったっけ? それを見ないことには、話は始まらないね」

 何故か得意気に話をまとめようとする宇佐見を、千歳はイラッとしながら睨み付ける。

 だが、宇佐見の発言により、千歳の疑問がある程度氷解したのは事実だ。同時に寮生達の誤解を解くことにも繋がっている。

 先に予測した通り、千歳が厄持ちではないかと稔は疑っていたようだが、そう考えたのは彼一人だけではないだろう。

 いらぬ詮索を受ける前に身の潔白を証明出来たのはタイミングとしては上々、後に控えている寮生活を鑑みれば、有益と言っても差し支えはない。

 しかし、にこやかに笑う宇佐見の、隙あらば揚げ足取りを狙う性根を思えば、感謝しようという気持ちなど、到底起こるはずもなく。

 ともすれば、白瀬よりも宇佐見の方が、よほど警戒して然るべき人物なのではないかと、密かに危惧する千歳だった。


 話は一区切りついた。

 澤渡は寮生達を見回しながら、

「御神託を預かる以上、事は慎重を要する。異なる組織からこれだけの人員を集めたからには、共闘は必須と言えるが、まずは相互理解として、使える人材かどうかを見定める時間が必要だ」

 皮肉とも取れるその言葉に、宇佐見は不遜な笑みを浮かべた。

 稔はしゃがんだまま目を細め、ジルは口を引き結び、弦之はやはり動じない。

 気後れしたのは千歳だけ。

 無言の了承が、二度目の解散の合図となった。


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