顔合わせ終了
「――で、実際何があったワケ?」
弦之との話がまとまったのを横目に、稔がつまらなそうに尋ねた。
「まあ、たいした話じゃあないんだがね」
「前置きはいらねーから」
「そうかい?」
稔に急かされて、白瀬は話す。
「記者の件はさておき、寮の不審者は、警察の取り調べで建物の前所有者の関係者だと判明した。まあ、有り体に言えば、前所有者の妻だった」
「妻ですか。初手から随分と悩ましい言葉ですね」
茶化す宇佐見を澤渡が睨み付ける。宇佐見が笑って「失礼」と、態度を表面上のみ改める。いちいち口を挟まずにはいられない性分らしい。
「続けるぞ。件の物件だが、元の所有者はさる企業で、その保養施設として登録された建物だった。が、まあ、それは表向きの話。その実、社長の個人的な別宅で、税金逃れの為に法人手続きをしたようだな。おまけにその社長、かなり女癖が悪かったらしく、若い愛人を何人も囲っていた。建物も逢瀬目的だったらしい。昔風に言えば妾宅だろうが、相当に因業な、曰く付きの物件だ」
千歳は何とも言えない表情になった。建物の説明に、美濃が頭を抱えるわけだ。
「で、その企業だが、脱税の他、法律すれすれの際どい商売を続けていたが、昨今の締め付けにより、とうとう省庁の捜査が入ってな。窮地に陥った。完成したばかりだった件の建物も、監査対象になる前に慌てて売りに出したらしい。当初、高額の売価がつけられていたが、個人で所有するには維持費がかかりすぎる、法人にしては使い道のない上に、都内とはいえ、沿線から大分外れた立地ということで、買い手が付かず、値は下がりに下がって、二束三文にまで下がったところで、正樹殿が目を付け、買い上げられた」
全員が白々と呆れる中、千歳は「?」となった。
「あの、その説明だと、社長は前もってこの話をご存じだった事になりますよね?」
「ああ、まあね……」
答えた恭弥は非常に気まずそうだった。察して、千歳はやや半眼になりながら、
「いつもの社長の独断ですか?」
「……会社には社員寮用の物件を確保したとだけ通達したらしい。俺もついさっき聞かされたよ。正直驚いた」
恭弥が応接間に遅れた理由も、美濃からこの辺りの事情について説明があったためらしい。事前に話を聞いたせいか、あるいは家人として仕える主人の大雑把さに肩身が狭そうだったが、気持ちを改めるように呼吸する。
「――前の所有者がどうであれ、使用される前の新古物件だ。仲介した不動産業者からも事前に説明はあった。手続きも問題はないよ」
「そこでどう妻が絡むよ」
話途中から興味を失った様子の稔が、ソファにしなだれかかりながら口を挟んだ。正樹の時にはかしこまっていたのを、すっかり解いてしまっている。
「その企業というのがね、多分耳にしたことはあると思うけど」
恭弥が口にした企業名に、全員が反応を示した。稔が「ああ」と声を上げる。
「知ってる。超有名企業じゃん。不祥事起こした社長がとんずらこいたって、年末に散々ニュースで流れてたわ」
「脱税で逮捕されたのは昨年の秋だったね。保釈金を払い、解放された直後に失踪、今もって行方知れず。実に香ばしい事件だよ。行方不明の報道が年末になってからという時間差が、特にね」
よからぬ背景を嗅ぎ取ってか、宇佐見が楽しげに笑った。
「まだ見つかっていないんだっけ?」
「海外へ逃亡したというのが、おおよその見解だったよ」
芸能関係以外のニュースに疎い千歳が首を捻ると、すかさずジルが情報を補足した。
「離婚訴訟中の奥様がテレビでインタビューを受けていましたね。まさか、その方だったのですか?」
「まさにそうだったらしい。姿をくらませた夫が、どこかの別邸で愛人と隠れ住んでいると考えたようだ。人を雇って探し周り、最終的にそこへ辿り着いた。件の企業も売り払ったとはいえ、触れて欲しくない物件だ。妻からの問い合わせに説明を濁し続けたが、それが災いしてな。彼女、勘働きでそこだとあたりをつけ、年始めから足繁く通い、ついには家屋に侵入して潜んでいたらしい。今日になって引っ越し業者が出入りを始め、それ見たことかと現場を押さえるために飛び出したところで、潜伏が発覚したそうだ」
「そうだって、曖昧な」
顔をしかめる千歳に、白瀬は「まあね」とぼやく。
「通報したのは寮母さんと引っ越し業者だ。俺が到着した時には、既に連行された後だった。聞いた話によると、当人相当気が昂ぶって、まともに話が出来る状態ではなかったそうだ。
とまあ、こういう顛末だ。――一応質問は受け付けるが?」
話し終えた白瀬が見回すも、全員が唖然となった様子で引いており、あまりの低俗さに、誰も口を開く気にはならないようだった。質問がないのを確認して、白瀬がまとめた。
「スタジオ・ホフミの社員寮と知っての犯行でないのは確かだ。と言っても、見計らったようなタイミングだ。深読みするのも無理からぬところだがね。
――記者については、さて、どうだろう。豊かな畑には、何でも寄ってくるだろうさ」
さして感慨もない様子で、白瀬は話を結んだ。
記者についての話は恭弥が引き継いだ。
「事務所案件だよ。さっき確認してきた。詳細は伏せるが、根拠のないデマを元手にすり寄ってきたとだけは伝えておく。会社で対処をするので、今後見かけても相手をしないよう、気をつけてくれ」
そう告げる恭弥の表情は固く、厄介な案件であることが窺えた。
「比良坂文庫の矢立殿がお怒りになった事については?」
「詳細は伏せると言ったはずだよ」
案の定、横槍を入れる宇佐見に、恭弥は顔をしかめた。
「八房殿の言葉通りだろうね。件の記者によからぬ気配があった。ままある話だ。
会社には通達済みだが、スタジオ・ホフミの社員寮に住まう手前、貴方方の当座の肩書きは、アーティストないしクリエイターの研修生ということになっている。今後、ああいった手合いがうろつくこともあるだろう。彼らは貴方方の想像以上に姑息で執念深い。僅かでも隙を見せれば、痛くもない腹を探られて嫌な思いをする羽目になる。関わらないよう細心の注意を払って欲しい。――以上だ」
そう締めくくる恭弥の言葉で、波乱に満ちた最初の顔合わせは、よ
うやく終了したのだった。
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