啄木鳥鳴いたら

小花 鹿Q 4

第1話

サワサワと風が吹いて、欅の高い梢が揺れているのが、店の中にいても分かる。

駅から10分も歩かないのに、此処は森というには大袈裟だけど木に囲まれた静かな空間だ。

堀の様に台地を削った線路からは、夜になればさすがに鉄道の音が響いてくる事も有るけれど、昼間はこんなに近くに駅がある事を忘れてしまうほどの静けさだ。

メイン通りから1本入った路を西に向かって少し行くと、この木に囲まれた「啄木鳥」がある。

ステンドグラスが嵌め込まれた木製のドアを開けると、カラリンとベルが鳴ってコーヒー豆を焙煎している香りが襲ってくる。

木目調の店内に、磨き込まれたアンティークの椅子やテーブルが「さぁどうぞ)と言っている様に置いてある。

仙台箪笥やガレのランプがさりげなく配置されていて、豊かな空間を演出している。


奥の欅の一枚板のカウンターには、常連客が赤い帽子の三つ編みを下げた若者に話しかけていた。

「吉津野月乃がノートルダム大聖堂に行ったら突然鳥になってしまいました。さてなんていう鳥でしょう。」

「キツツキ」

「正確!ノを取って吉津月つまりキツツキでーす。」

「くだらねぇ。私の名前で遊ぶな。」

カウンターの奥に立っている店主の吉津野月乃が、ネルフィルターにゆっくりとお湯を注ぎながら、半睨みで問題を出していた常連の師岡氏に言い放つ。

師岡氏は此処ら辺の大地主の跡取りで、「働かなくても食っていけるんだけどね。」というのが口癖のとても働き者の気の良いオジサンである。

月乃は、女子トイレで通報された事は無いけれど、女友達と居て彼氏に間違えられた事は何度となくある、スラリと背が高いショートカットのよく似合う中性的な女性だ。


「さぁ飲んでみて。」ハスキーな

月乃が三つ編みの緋木トリにコーヒーカップを差し出すと、彼女は香りを深く吸い込んでから、コクリとひと口飲んだ。

「美味しいです。」

「だろ?」

おいおい師岡氏よ、君が淹れたわけでも無いだろう。


カラカラカランとドアが鳴って、セミロングの女性が入って来た。

月乃は、その女の人の顔見て

「どうぞこちらへ。」と師岡氏が座っている席から一番離れたカウンターの席へと案内して、

「はい。」と一枚ペラのメニューを女性客に手渡す。

彼女は、メニューを手に取ったけれど、それに目を落とす事もなく

「此処で占いをしていると聞いたんですけど。今大丈夫でしょうか?」

「?」

「えっと、予約とかした方がいいですか?今日は占いの方お休みですか?」

と月乃の無言に、言葉を畳み掛けてくる。

「申し訳ありませんが、当店では占いのサービスはしておりません。」そう月乃はキッパリと言い放つ。

「えっ⁈だって、、そう聞いて来たんです。」

と唇を噛み締める。

「そんな噂はある様ですけど、占いをやったり、占い師が来たりしたことも無いのよ、ごめんなさいね。でも、せっかく来てくれたからコーヒー位飲んで行って下さい。」と有無を言わさぬ速さで、項垂れた女の人の前に、大きめのカップに入れ立てのコーヒーを置く。

湯気が、顔にふわりとかかると思わず顔を上げて

「いい香り。」と女性は目を閉じる。

両手でカップを持ち上げるとコクリと一口飲んだところに

「お好みの煎り具合だったかしら?」

「イリ?」

「焙煎具合。中煎りのオリジナルブレンドだったんだけど。」

「はい、美味しいです。久しぶりにミルク入れずに飲みました。」

「それは良かった。」フッと月乃は笑って

「ごゆっくり。」とカウンターの奥に在る厨房に入って行った。

占いを求めてやって来た彼女は、ポツンと置き去られて、所在なげに店内を見回してから、大事そうにカップを傾ける。


厨房から、醤油の焦げる匂い。ジュッと油が跳ねる様な音がして、お昼が近いことを思い出させる。


ガチャガチャと食器やカトラリーが忙しく鳴いて、ホカホカと湯気の上がるワンプレートランチが、師岡氏たちの前に並ぶ。

「はい、本日のスペシャル。」

そして深みのある四角い蓋付きの器に盛られた同じ料理をコーヒーを飲んでいたセミロングの女の人の前に月乃は置いた。


「えっ?」

「もうすぐお昼だし、ここら辺はお店も少ないから、食べて行って。ねっ!」と蓋を持ち上げる。

開けた皿の料理をを見た途端に、セミロングの女性は両目から涙を溢れさせる。


鰹節を振りかけてその上に醤油に浸した海苔を乗せたものを2段重ねにしたのり弁風のご飯。

鳥のミンチにヒジキと玉ねぎ大葉の刻んだものを混ぜた小さな小判形に丸めたつくねは、甘辛いタレに絡めてあり、牛蒡と人参と蓮根のきんぴらは白胡麻が上品に振りかけられていて、揚げ焼売とちくわの磯辺揚げがちょっと焦げ目の付いた甘い卵焼きと並んでいる。細かい人参が入ったポテトサラダが小さな紙カップに詰まっていて、ブロッコリーとプチトマトがいい塩梅に差し色になって、「美味しそう」を演出しながら、器にぎゅっと詰まっていた。


「おかあちゃん。」と小さく呟く。

「どうぞ。」と月乃が紙ナプキンを差し出す。

差し出されたナプキンと月乃の顔を交互に見ながら、

「どうして、何で分かるんですか。」

「まずは熱いうちにどうぞ。」と促す。

セミロングの彼女は、恐る恐る箸を手に取って、卵焼きをひと口ら頬張ると、涙がさらに溢れ出て来る。


「ご馳走様でした。」

テーブルに箸を置いて静かに頭を下げてそう言ってから、再び顔を上げて

「どうして、、、どうして知っているんですか、」と月乃の目をみて聞いてきた。

「さぁ、料理はシェフに任せてあるので、私には理由は分からないわ。」

「えっ、じゃぁその方とお話しさせて、、」

最後まで言い終わらないうちに

「それは出来ない決まりなの。」

と月乃は相手を突き放す様に言ってから。

「お名前聞いてもいい?」と訊ねた。

「私ですか、美也ですけど。」と美也は腑に落ちない顔で答える。

「美也さんね。もうあなたの中で答えは出てるのよね。もう占いなんて必要無いんじゃないないのかな?」

と月乃が首傾げると、美也は一旦目を瞑り深く息を吐きながら、震える声で

「はい。」と頷く。

「良かった。ありがとう。」

そう月乃が言うと、戸惑った様に

「いえ、あのありがとうございました。えっと、、」と荷物を持って立ち上がり、出口に向かいながらハッと思い付いた様に

「おいくらでしょう。」と振り返る。

「今日は良いのよ、あのおじさんが、払ってくれるから。また来てくださいね。」

「そんな。」と呟く美也に

師岡氏は、軽く手を振って

「俺は金持ちだから、ご馳走しますよ。美味しいメニューを提供してくれたお礼ですよ。また来てね。」とニヤリといやらしく笑う。

その嫌な笑いに、背中をモゾりと震わせてから、美也は

「すみません、お言葉に甘えてご馳走様でした。」と素早くドアを抜けて出て行った。

カラカランと、余韻が響く。


「それで、今日のスペシャルは、どんなタイトルで書けば良いですか?」

お下げの緋木トリは、チョークを持ち上げて月乃に聞く。


「今日のスペシャルランチは、卒業前のぶち撒け弁当、で。」

「りょっ」

と応えて、トリはA1サイズの黒板にサラサラと先程のプレートのメニューを描き上げていく。


トリの絵は、リアルには程遠いのにどの料理も見たままと思わせる何かがあって、美味しそうで食べたいって思わせてくれる。

コロコロと丸い文字と相まって、ほんわかと温かい気持ちにもさせてくれる。

さぁ、メニュー表も出来たから今日も張り切ってランチタイムを始めるとしようか。月乃がそう思った時、入り口が開いていつもランチにやって来る近くの会社の人が3人で連れだって入って来た。


美也は走りながら、何度となく思い出したあの日の事を、また思い返していた。

うちのおかあちゃんは、みんなのお母さんより10位年上に見えた。

父親の仕事の都合で、40も随分過ぎてから都心に出て来て、いつまでも都会に馴染まない人だった。

小さかった頃には気にならなかった、茶色いおかずばかりが並ぶお弁当を、高校生になった美也は嫌でたまらなかった。

友達とお弁当交換すると、いつも見た目を笑われながらも、美味しいって褒めてもらえる、味には定評のある母の料理が美也も本当は好きだった。でも、若いというものは残酷でいつも母に見た目が悪いとボヤくばかりで、美味しいと褒めた記憶がない。

高校生なら、文句があるなら自分で作ればいいじゃない。と当時の私に今の私は言ってやりたい。


高校卒業を目前にしたあの日、もう午後の授業は無くて、進路が決まった者たちは帰りに寄り道するのが常だった。

私もやっと進路が決まり、その日はお祝いだと言って、帰りにスイーツバイキングに行く約束をしていた。

「明日は帰り遅くなるから。」

それだけ言って、お弁当は要らないとは言わなかった私が悪い。

それなのに、進路も決まって浮かれていた私は、朝母が渡そうとしてくれたお弁当を、

「要らない。」と突っぱねた。

すると母は、

「そう言わずに持って行きなよ。お腹減っちゃうよ。今日は彩だって考えたのよ。」と無理に押し付けてくる。

もうお弁当を持って行く日も無いと思ったのだろう、母は私の好きだったおかずをふんだんに盛り込んだお弁当を作っていたのだ。

「ほら。」

と蓋を開けて私の方へ押し付けて来たそのお弁当を私は、

「要らないって言ってるでしょ。」と押し返すつもりが、手で跳ね除ける形になってお弁当は床にぶち撒かれた。

ひっくり返る一瞬前に、母が言っていた様に、いつもは水気があると腐り易いからと入っていなかった、プチトマトとブロッコリーが添えられているのが見えた。

その時ゴメンと言っていたら、そして拾うのを手伝ってさえいればこんなにも引きずらないで済んだのかもしれない。でも私は、

「んもぅ、遅れちゃう。」と踵を返して家を出てしまったのだ。


ウチに帰ると、母が居なかった。

「ばあちゃんが倒れて、田舎に行ったよ。お前は卒業式とか引っ越しとか一人で出来るな。」

無口な父がそう言って、次の日には父もおばあちゃんのところへ行ってしまった。

その後父は異動願いを出して、両親は故郷に帰って行った。


アレからずっと心に引っかかっていた出来事。

そして昨日おかあちゃんが倒れたって聞いて私は取るものもとりあえずこの街まで来たのだけれど、倒れる迄弱っている母に、あんな昔のことを蒸し返してもイイものか誰かに教えて欲しかったのだ。

でも、あのさっきのご飯を食べておかあちゃんに言う言葉は、もう分かった。


白い病室のベッドで前に会った時よりも一回り小さくなって、点滴のチューブを付けて眠っていた。

私が病室に入ると薄くを目開けて、

「あら、わざわざ来たの。」と体を起こす。

「ただいま、倒れたって聞いたから。」

「もう大丈夫よ。」

「そう、無理しないでよ。おかあちゃんはいつも元気って思っていた。」と言う美也の顔を母親は優しげな眼差しでみている。

美也はベッドの脇に座って

「今日ね、お昼に前におかあちゃんが作ってくれたお弁当みたいなご飯食べたんだ。私ね、おかあちゃんのお弁当大好きだったの。茶色かったけど。ひじき入りのつくねとか本当に大好きだったんだよ。また食べたいから早く良くなってね。」

「あら、じゃあ早く良くならなきゃネ。」

「ごめんね、おかあちゃん。」

「なに?なんで泣いてるの?もう大丈夫よ。心配いらないって。」

「うん、お弁当ひっくり返してごめんなさい。」

「あはは、まだそんな事覚えていたのね。そうかぁアレから生活が激変しちゃったもんね。おかあちゃんこそ、卒業式も入学式も行けなくてごめんね。」

「ううん。」美也は首を振って、母の手を取り、

「元気なったら、お弁当持って花見に行こうね。」と言った。

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