弾けて跳んで消えなくて
おくとりょう
その寿の頭に西を。
つまり、それはあわのように
大嫌いな義母が死んだ。
夫の母親。ギョロっとした目をぐりぐりさせて、いつもブツブツうるさい姑。私よりも小柄なくせに、少し顎をあげのけ反ったような姿勢で、いつもみんなのことを見下してた。
彼女のことは、出会った頃から嫌いだった。
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「あら、ウチの子モテモテね」
小学校のグループ発表のため、旦那の家にみんなで集まったときのことだった。女の子は私を含めて二人。男子も旦那を含めて二人。
ニヤニヤと嬉しそうな彼女を追い出す恥ずかしそうな旦那。アールグレイの香りに満ちた部屋で、焼きたてのブラウニーがほどよく甘くて美味しかったことも覚えている。
……紅茶やチョコケーキに種類があることも、お湯を熱々にすることも、私はあの家で知った。
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「……日本茶と紅茶は違うのよ」
まだ、結婚をする前の頃。
日本茶の入れ方をテレビで知って、同じように注いだ紅茶。彼女は一口飲んで、カップを置いた。そして、いつもは入れないミルクと砂糖をひとつずつ。
口角の上がった紅い唇。ファンデーションは浮いていて、黒い瞳には見下ろすような同情の光が宿っていた。
以来、家に呼ばれることが増えた。頼んでもいないのに、お菓子作りに付き合わされた。
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「そろそろ孫の顔が見たいわね」
旦那が浮気を重ねていた頃。何も知らない彼女は言った。
私は仕事の合間に証拠を重ねて、別れる準備を進めていた。夢見心地な彼女の頬では、厚い化粧が割れていた。
そのとき飲んでた市販の紅茶がやけに苦くて……。一口飲んで残りは捨てた。甘い物は食べていない。
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『お元気ですか?』
その後も何故か、年賀状だけやり取りしていた。……旦那、いや元旦那のことは話題に出ない。
『友だちがいない』と嘆く彼女の話は、もっぱら食べ物と健康の話題だった。
『美味しい紅茶のお店を見つけました』『和菓子も美味しいですね』『最近散歩をしています』………
『来年で米寿になります』
そう書かれていたのが、去年のこと。そして、昨日、元旦那から知らせがあった。
『母が亡くなりました。年賀状のやりとりをしていたようなので、念のために連絡しました』
……もう、あの上から目線の瞳を見ることは、もう二度とないのだと思ったら、ホッと息がこぼれた。台所でヤカンが鳴った。
出しかけていたインスタントコーヒーの瓶をしまって、戸棚の奥から紅茶の缶を取り出した。古い茶葉は香りが薄くて、淡く部屋に広がった。
私は目を閉じ、そっとカップに口をつける。
……明日は久しぶりにケーキを焼こうか。
弾けて跳んで消えなくて おくとりょう @n8osoeuta
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