第40話 会議は踊る


 ベイストック共和国。

 工業技術が発達したヒューマ族が収める【共和国】は、近年稀にみる急成長を迎えていた。

 数年毎に行われる選挙によって大統領が選出されるが、毎年当選するのはベイストックを長年に渡り統治していた元である。


 圧倒的な国民人気による当選なので仕方ないものの、せっかく共和制に移行した意味がないと嘆く女王が毎回の風物詩とされていた。

 巷では愛着を込めてベイストックを【共和王国】と呼び、外国人が共和国と言おうものなら、真剣な眼差しで共和王国と訂正させられるほどである。


 ベイストック共和国軍の主体は機械化銃士隊という近代装備で固めた部隊だ。

 その他には昔から女王直属の親衛隊がおり、大統領制へ移行してから大統領直属となった部隊、【オリハルコン銃士隊】が存在する。

 他にも各省独自の銃士隊が存在しているが、オリハルコン銃士隊がその中でも際立つ程の精鋭部隊だった。


 ある日、オリハルコン銃士隊隊長のウォルターより報告書が大統領の元へと届いた


 詳細はこうだ。


 荒涼とした草木も生えぬ厳しい大地で、獣人類亀足族ケ・ローネが一斉に姿を消していたという。

 獣人の本拠地偵察へ行かせた隊員の報告では、まるで怯えるように防御を固め、まったく出てこない籠城の構えだったとか。


 同時にルソレイア王国、ヴィクトリアス連邦、シ=ユノ大公国から最重要人物として手配されていた【白騎士】も目撃された。

 冒険者ギルドからも捜索依頼が出されていたようだが、まさかウォルターもこの目で見られるとは思わず、


 そして、その姿に目を見張ったという。


 遙か以前に目撃した、過去の記憶。

 忘れもしない昔の出来事を思い出させたというらしい。


 あの二十年前の凡結晶大戦時、獣人大同盟軍と激突したリュッケンベルグ会戦の時だ。

 獣人類亀足族ケ・ローネ兵団に大敗を喫したベイストック共和国は、首府しゅふは陥落目前だった。

 当時、ウォルターは壊滅を免れた第四共和国軍に所属しており、別の隊と殿を務めて全軍が撤退した後も偵察の任務を行っていた。


 その時である。


 どこからともなくエルフィン族の【白騎士】が颯爽と現れたのだ。

 信じられないことだが、ベイストック共和国軍を大敗させた獣人軍を、たった一人で蹴散らしたのである。


 さながら獅子奮迅の猛将だったという。


 凄まじい力でケ・ローネ族を薙ぎ払い、孤軍進撃でとうとう敵本拠地である【ズンブブ】まで到達していた。

 彼の白騎士が撃破したケ・ローネ兵団は、実に数万規模なのだから驚愕を隠せないだろう。

 よく顎が外れなかったと後にウォルターは語ったらしいが。


 とにかく白騎士の戦果は凄まじく、武装親衛隊バルタサル旅団、エルンスト旅団が壊滅。

 武装略奪隊ユルゲン師団、親衛略奪隊ヴォルフガング旅団も同じだ。

 他にはヴァルター装甲兵団、カール突撃師団、ヘルムート突撃兵団などなど。


 ウォルター自身は【ズンブブ】内部まで行かなかったが、あの様子だとおそらく武装親衛隊のクルト師団も壊滅的打撃を受けただろう。


 そして、ケ・ローネ兵団を率いる金剛王の【ル・ド】も無事には済まないはずだ。


 リュッケンベルグ会戦の最前線で血に染まった悪鬼のようだったあのル・ドも白騎士の前では…………


 報告を受け取った現大統領、元女王のミラーラは溜め息を吐き出した。

 ウォルターの昔話は父から聞いたことがある。

 正直な話、誇張された眉唾ものだと思っていた。


 しかし、確かにその期間は謎の沈黙を貫いた獣人類亀足族ケ・ローネ兵団のおかげで時間が稼げ、共和国軍を立て直し、シ=ユノ大公国を主体にアウロラ有志連合が結成できたのだ。


 もし、ウォルターの伝説の尾ひれを引いた話が本当だったとしたら、タイミング的にも頷ける。

 また、報告がきていた【白騎士】の信じられない武勇伝も納得だった。


 黒闇龍こくおんりゅうヴァリトラ、蒼氷龍そうひょうりゅうヨルムンガンド、紅炎龍こうえんりゅうティアマト、怨邪龍おんじゃりゅうファブニール、極怨龍ごくおんりゅうニーズヘッグ……。


 どれもS級のハイノマドモンスターHNMだ。

 一個師団をもってしても撃退は難しい相手であるのに。


 そしてシ=ユノ大公国では巨獣のケーニッヒベヒモスが討伐された他、もっとも信じ難いのは、ただの比喩表現だと思っていた大公代行クリスティーヌの言葉。


「彼女はすでに一度、世界を救っています。貴方の知らぬ場所で」


 真剣な眼差しでこちらを見詰めるクリスティーヌ大公代行は、その時の供回りであるセシリア隊士と、とっくに滅んでいたと思ったプロディガルシア侯国代表のプリシアを紹介してくれた後、静かに執務室を去っていった。


 ミラーラ大統領は、再度の大きな溜め息を吐き出してから四カ国会議の議題を考える。

 招集してもいないのにルソレイア王国、ヴィクトリアス連邦の両国が代表権を持った使者を遣わせ、すでにベイストック港に到着していた。


 十中八九、件の白騎士案件だろうが耳の早いことだ。

 ギルド設立のついての難癖も付けてくるに違いない。

 

 白騎士の影響力はそれほどなのだ。

 ベイストック共和国内に拠点を構えるのは、一国に勢力が傾き他の国々の脅威になる、ということなのだろう。


 本音として白騎士にはどこか別のところ、せめて中立を標榜するシ=ユノ大公国のほうへ行ってもらいたいものだった。


 ミラーラ大統領は重い腰を上げて、きっと深夜まで続くであろう会議へと、どんよりとした面持ちで向かって行った。

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