第39話 大都市になってた


 鉱山労働者の活気溢れる酒場は、旅人の宿屋を兼ねた大きな石組みの建物だった。

 客の多くはゴルタ族で、見た目はドワーフとバイキングを足して掛けたような大柄な種族である。

 その筋骨隆々の体躯で鉱山を掘りまくり、ベイストック共和国を三国一の工業国にした立役者達といってもいいだろう。


 実際のゲーム設定では、人間そっくりのヒューマ族との根深い対立があり、国内は種族間抗争が絶えないとかなんとか。


「小汚い輩が多いですね」

「ユーリ。そういうことを言うな」


 いくら奥まったテーブル席で目立たなくしていても、こういう悪口に対して地獄耳を持つ者だっているかもしれないから慎んでもらいたい。


「変なやつに絡まれたくない。少しは自重しろ」

「は! 申し訳ありません、クレイア殿」


 注意すれば素直に謝るのだが、いかんせ自分以外のあらゆる種族を見下す癖がある。

 ユーリはクールビューティー系の美人なので、そういう性癖の人間からしたらご褒美かもしれないが、口は災いの元だ。


 極力、トラブルがない方向で大人しく低まっていきたい。


 その為に、とにかく悪目立ちしないようにと、ベイストックに入ってから装備の更新を図った。


 特に私の装備はハイエンドコンテンツ級なので、サービス開始時の冒険者プレイヤーから見たら怪しく見えてしまう。


 ユーリの装備も固有グラフィックなので、二人で並んだらお尋ね者不審者レベルで注目されてしまう。


 というわけで今着ている装備は、レベル8から装備できるフード付きローブのチュニックという防具だ。


 本来なら頭+胴装備のため、兜や鎧の上から装備できないが、そこはそれ。

 上から羽織ってみたら普通に着られたので、良しとする。


 こうしてフードを目深に被れば、少なくとも初期装備の冒険者プレイヤーからは怪しまれないだろう。


「…………こんな店、あったかな」


 が、問題は冒険者プレイヤーだけではなかった。

 どうみてもベイストック共和国の街並みが、ゲーム時と違う。

 

 明らかに規模が大きい。


 建物の数が所狭しと並び、NPCの数も増えている。

 街の地形も若干、違うような気がしてならない。


「おい、そこの給仕。ここは何の店だ?」


 私の疑問にユーリが反応し、お店のスタッフらしき人に聞いていた。


「はい。ここは【岩時計亭】という宿泊施設兼お食事処となっております。貴族の方や商人、冒険者などの様々なニーズに対応できるお部屋もご用意しております」

「そうか。食事はすぐに出せるか?」

「もちろんです」

「では至急、用意しろ」


 ユーリの態度が余りにも堂々としていたのか、お店のスタッフは身分の高い相手とみて、恭しくかしこまり「すぐ用意して参ります」と下がっていった。


 …………絶対、どこぞの貴族か何かだと勘違いしているな、あれ。


 まあ貴族ではないけど、金なら腐るほどある。

 使い道もないし、おいしい食べ物がいただけるならそれに越したことはない。


「岩時計亭か」

「ここを知っているのですか?」

「そうだな。似た場所なら知っている」


【エンファンⅡ】でね。


 っていうかもう【エンファン】のベイストックが【エンファンⅡ】の同じような都市、女王が収める砂の都【ウルミア】と合体していた。

 

 道理で街の風景も変わっていたわけだ。

 懸念が的中していたのも良くない兆候だろう。


 マジでこの世界、十四の平行世界が融合していっているんじゃないか?


「あのバハムートとの戦いが第八幽災みたいなものだったのか」

「第八幽災ですか!? いつの間にそんな大災害が」

「もしかしたらの話だ、落ち着けユーリ」


 興奮し出したユーリを窘めが、そもそも【エンファンⅡ】で第七幽災起こしたのお前だからな。


 ちなみに幽災とは、大破壊によってあらゆる生命そのものを魔力還元し、その力で分かれた平行世界の一つが統合される時に起こる地球規模の大災害のことだ。


 確かそう。知らんけど。


「それよりもギルドの詳細を知りたい。特にギルドの設立についてだ。ユーリ、ちょっと聞いてきてくれ」

「御意のままに」


 さっきのお店のスタッフのように恭しく頭を下げたユーリが、奥のカウンターへと向かっていく。


 そう。


 私にとって重要なのはゲームのような世界を救う的なものじゃない。

 そんなものはまっとうな冒険者プレイヤーに任せればいい。


 いつだって世界を救うのは冒険者プレイヤーであって、この世界の異端的存在である私ではないのだ。


 そんな私の望みはただ一つ。


 スローライフだ!!!!!!


 平穏に、穏やかに、健やかに、悠久の時を自然に任せて暮らす、スローライフ(巻き舌気味)。

 現代にも疲れ、チート能力に疲れ、介護に疲れたこの身体と心。


 それを癒せるのはスローライフしかない。

 

 下手にこの世界の住人、NPCに関わると世界が改変されるし、プレイヤーとの接触もどんなリスクがあるか分からない。


 なので、今後の対外交渉はすべてユーリにやらせよう。

 冒険者プレイヤー絶対殺すマンの狂人だが、うまく言い聞かせれば手を出さないだろうし、私に絶対服従だからきっと問題も起こさないはず。


 自分のギルドを設立してギルドハウスでもつくれば、一生引きこもっていられる。


 いや、まずはオタク文化を普及させなければ引きこもる意味がない。

 まずはマンガ文化を広めつつ、歌と踊りでアイドルを――――


「クレイア殿。どうやらギルド設立には最低でも三人のメンバーが必要なようです」


「――――え?」

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