第41話 暗雲のギルド設立


「ギルド設立に三人必要って聞いてない……」


 時刻は昼時。

 宿泊兼食事処の岩時計亭は腹を空かせた雑多な種族で賑わっていた。

 人間そのもののヒューマ族、ドワーフとヴァイキングを足して二で掛けたようなゴルタ族が主で、他には少数のエルフっぽい種族のエルフィン族がいる程度。


 そんな喧噪で溢れる一角で、陰キャオーラを出しながら麦酒を呷る私がいる。


「重要なことなのですか? ギルドを設立するというのは?」

「重要どころか命に関わる必須事項だ」


 ユーリの疑問に即答する。

 ギルドがないと腰を据えてオタク文化を普及もとい布教できない。

 志を共にする仲間がいないとオタ話だってできないじゃないか。


 同好の士と書いて同人誌なんだぞ?


 私はこんなチートスキルやインフレステータスを持っていてもつまらないと感じてしまう人間なんだ!


 これ以上、自分が成長しないっていうのは苦痛だぞ。


 いや、厳密には新しいスキルを無理矢理つくったり、ステータスも無限に増えるようだけど、結局は敵を瞬殺してしまうこの状況をどう楽しめと?


 世の中には無双を楽しいと思えない種類の人間だっているのだ。

 私は仲間達と苦労して敵を倒すほうがよっぽど楽しい。

 ボス相手に苦戦して勝利したその先に喜びがある。


 だが、この世界でたった一人、魔王級の能力を備えたプレイヤーもどきの私は、正直に述べればの存在だ。

 インフレステータスにチートスキルでは、純粋な冒険者プレイヤーと相容れない。

 それどころかNPCとすら関わってはいけない。


 自分の存在は、文字通り世界を変えてしまう存在なのだ。


 だからこそ、


 外に出してはいけない私を、


 人里離れた山奥に隔離させてスローライフを送らせるしかないんだよ!!


 でもそれだけだと刺激がないから、せめてオタク的な談義とかしたいのよ!!


 その為のギルド設立だったのに…………


「クレイア殿にはどうしてもギルドが必要なのですね」

「……ああ」

「分かりました。ちょっとその辺の冒険者を攫ってきます」


 冷たい表情で腰を浮かせたユーリだ。


「止めろ。ただの飾りなんていらないんだ」

「はっ! 失礼しました」


 ユーリはすぐに暴走するのでしっかり制止する。

 同好じゃない士を仲間にしても意味がないから。

 語り合えるオタクが必要なんだよ。


「しかし、そうなるとギルド設立の為の人数集めは厳しいのではないでしょうか? 我々のような優れた戦士を集めたいというのは分かりますが、見た限りではどいつもこいつも雑魚ですよ?」

「うん、まあ、そうだな……」


 どうやらユーリは誤解しているようで、別に強い人間を集めたいってわけじゃない。

 ちょっと異世界転生した私と気が合う(オタ話ができる)人間でギルドを設立したかっただけだが、確かにこの条件に当てはまる冒険者プレイヤーはいない。


 同じ異世界転生した人間がいれば話は別だが、そもそもそうした人間が果たして私と馬が合うかはもっと別の話だ。

 もっとも安直な、無双プレイを楽しみたい輩だったら、おそらく私と馬も反りも合わず、最悪は敵対関係となって世界を巻き込みそうで怖い。


 やはり、可及的速やかに引き籠もりスローライフを送らねばならぬ。


「ただの頭数合わせであれば、我々に注目している輩は多いので楽ですが……」

「注目? まさかこのは、見られているということか?」

「はい。街に入ってからずっとです」

「この感覚が、そうだったのか」


 そう。

 この見られている感覚。

 正確には【エンファン】でいうところの調というシステムコマンドだ。

 プレイヤーが他のプレイヤーを調べると、チャット画面にはじっと見詰めた、と表示が出る。

 これで分かるのは相手のレベルや装備等だが、調べられるのを嫌がるプレイヤーも多かった。


「なるほど。相手の視線が分かると不快だな」

「はい。お許しがでるならば、今すぐこの場で無礼な輩を葬りますが」

「そこまでしなくていい」


 すぐに殺戮を開始しようとするユーリを諫めたものの、ダイレクトに視線を感じるのは大変に煩わしい。


「あまり注目を集めるのも面倒だ。部屋でも借りて休息するとしよう」

「そう言われると思い、すでに部屋を手配しております」

「…………なんて優秀な」

「お褒めの言葉、恐縮です」


 なんだこの狂人、秘書業務までこなすのかよ。


「この程度の宿、たいした等級の部屋はなかったですが、それでも最上級の選びました」

「普通の部屋でも良かったんだが」

「ご冗談を」


 係の者らしきNPCが先導しているというのに、ユーリは声を抑えることなく皮肉を炸裂させる。

 案内された部屋は、控えめに言っても豪勢な気がした。

 磨き上げられた床は大理石、寄せ木細工の壁には煌びやかな織物が垂れている。

 豪華な額縁に収められた絵画はきっとお高いのだろう。


 ああ、かつてプレイしてた時のギルドハウスもこんな感じだったな。

 色々と懲りまくったよな、室内や調度品に。


「クレイア殿。やはりお気に召しませんでしたか?」


 感慨に耽っていたらユーリが鬼の形相で、案内してくれたNPCを睨んでいた。


「いや、大丈夫だから逸るな。案内ご苦労、もう出てっていいぞ」


 とりあえずNPCを追い出してから、大きな寝台に横になる。

 甲冑を脱ぎ捨てて風呂に入り、寝間着に着替えてゆっくりしたかったが、なんだがとてつもなく疲れていたので瞳を閉じる。


 そう言えば【エンファンⅡ】の時は、仲の良いフレンドと二人でをつくって、ギルド設立時に必要な人数を無理矢理に揃えたものだ。


 昔のことを思い出していたら、何だか心地よい眠気に誘われた。

 いくらチートインフレ体でも精神的な疲れはあるようだ。


 今はぐっすり眠ることにしよう。

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