第35話 ユーリの独白


 兄を尊敬していた。

 敬愛なる兄上はきっと数々の武勲を上げ、ダンテス家は更なる栄光を抱き躍進するであろう、と。

 その凱旋をエレオノーラ様と讃え、兄上の役に立てればと軍医の道を目指す。


「父親を毒殺した薬はその経緯で手に入れたのか」


 久々の酒に心地よく酔いが回ったのか、つい自分の過去を話してしまう。

 それを止めることなく聞き入るクレイア殿は、時折、私のすべてを知っているかのような相槌を打ってくるので驚くばかりだ。

 

「無知蒙昧な指揮の結果、兄は戦死と」


 ダンテス家当主、第Ⅶ軍団長の作戦ならば間違いないとばかりに周囲は止めず、家臣すらも楽天的だった。

 ひょっとしたらこの時点で、誰かの謀略があったのかもしれない。

 建国の祖である帝国皇帝重鎮の影響力を阻む、他家の企ても考えられる。


「だが、今となっては闇の中」


 クレイア殿の言う通り、すべては過去の話だ。

 それでも、やはり思わずにはいられない。

 もっと他の道はあったのではないか、と。


「もし、謀略があったとして、そうだな。ひょっとしたら皇帝自らが関わっている線もあったかもな」


 それは充分にあり得る話だった。

 しかし、私はまだ思慮の及ばない若さだった。

 若すぎるゆえの経験のなさが、例え策謀だったとしても、見抜くことはできなかっただろう。

 敬愛すべき兄が討ち死にし、伴侶のエレオノーラ様も自らの命を絶った。

 憤怒を収められるほど器量も持ち合わせてはいない。

 怒りと悲しみで身体の震えが止まらなかった。


「父を暗殺して軍団長の席に付くと同時に、仕えていた側近を処刑、配下をすべて子飼いの部下で固めた」


 本当に、何もかもご存じな人だ。

 兄の死から学び、力を蓄えた私のやり方は苛烈を極め、政敵を次々と屠っていった。

 そうして盤石な基盤を築き、皇帝陛下の御心のまま西部戦線を蹂躙し、東部へと転戦した。

 エレウテリア都市同盟との激戦を繰り返し、数多の屍を積み重ねていく。

 多分、周りからは狂気に満ちた軍団長に見えただろう。


「武勲を重ねる意味。亡き兄の名を継いだ意味はそこにあるんだろ?」


 私は目を見張った。

 まさか、ここまで自分の心を知っているとは。


「悪いことではない。兄もエレオノーラも、お前しか覚えてられないんだ。お前が忘れないでいてくれることが、二人の鎮魂になる」


 まったく、この人は。


 ――――どうしてこうも優しいのか。


 私は、その二人の為だけに、どれほどの人間を殺してきたか。

 

 いや、もはや途中から、

 

 兄とエレオノーラを免罪符に、


 自分をも殺し続けた。


「その結果、バハムートに囚われたテンパルト、ということか」


 心の憶測に仕舞った弱い部分を突かれた私は、蛮族の神人類悪の思うままに操られ、世界そのものを滅亡させようとしたのは、記憶に新しい。

 その状態の時は、ずっと夢を見ていた感覚だった。

 

 ――――楽しい楽しい夢の中で、ずっと兄を想いながらの。


 だが、その幸せの悪夢から解放してくれたのは、クレイア殿だ。

 ようやく人としての心を取り戻した。

 

 そして、長きに渡って血で染め上げた我が道。


 正気に戻り振り返れば、何て罪深い事をしてしまったのだろうか。

 後悔の念が後から後から沸いてくる。

 今更、どうしようもないことだというのにだ。

 この罪に対する罰が、私にはどうしても必要なはずだ。


「エレウテリアでネーデルとして生きたお前はもう死んだ。それでいいと思うがな」


 そういうわけにはいかない。

 くらいで罪が償えるわけもない。

 罰が必要なのだ。


「一体、誰がお前に罪を問い罰するんだ? 何度も言っているがここはエレウテリアではない。お前のことは誰も知らないアース=レンド世界だ。大体、ここら一帯はベイストック共和国の領土。すなわち、ベイストック共和国の法律に従わなければならない。それが国家の主権というものだ。そしてベイストック共和国にはお前を罰する法律がない。ベイストックにおいてお前は何の罪も犯していない。シ=ユノにもルソレイアにもヴィクトリアスにも、お前を罰する法律がないんだ。なぜなら、お前が犯した罪はエレウテリアでしか通用しないからな」


 珍しいくらい長く喋るクレイア殿だが、


 ――――これは詭弁だ。


 実際に起こしたことは事実なのだから。


「詭弁もなにも罪と罰は法律あっての話だ。そして法に当て嵌めれば、やはりここアース=レンドにお前を罰する法律がない。お前が犯した罪の立証は誰にも不可能だからだ」


 しかし、それでは私の中にあるが納得しない。

 忘れることは、出来ないのだ。


「歴史なんて知るか。そんなものは強者がつくる絵空事だ。冒険者なんてみんな脛に傷を持つ奴ばかり。それに、私は忘れろと一言も言っていない。別にを好きなだけ背負ってたって構わない。気が済むまで背負え。そしていつか、引きずりすぎて磨り減った時に、改めてそのに問いかければいいさ」


 何て強引な言い草なんだろうか。


 でも、それがなんとも、


 ――――心地良い。


「ほら、もっと呑め。それらすべてを一時的に忘れさせてくれるのが、この神の水さ。この時ばかりは存分に忘れろ」


 まったく、この人は。


 どこまでも支離滅裂な方なんだ。


 ただ、今は…………


 それに、存分に甘えよう。

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