第32話 水着のことしか考えてない


 さて、無事に深淵の口を抜けてアース=レンドの過去世界へと来たわけだが。


 時は地晶歴1862年、つまりさっきまでいたより20年前、人類のアウロラ有志連合軍VS獣人大同盟軍が激しく争った凡結晶大戦の最中ということで…………、


 不安しかない。

 あんな戦闘狂を一人にしたら、何をするか分からない。

 獣人にならともかく人類を蹂躙されたくない。


 現代ノース・オウストルグから放り出された先は更に奥まった山岳地帯、西側の頂付近からオクンスト高地のノトス岩を望める、人気がまったくない場所。

 過去世界にしかないエリアの『リュッケンベルグ』だ。

 深淵の口から現代に戻っても、ここに通じる道は閉ざされており進入できないとされる。


 そんな辺鄙な場所だが、案の定、ユーリの姿が見当たらない。


 何ですぐ歩き回るんだ五歳児かよ!


 仕方ないので、狭い山岳路からユーリの姿を求めて北上すること数分、大きな悲鳴と共に谷間に響く剣戟が木霊する。


 ――――嫌な予感。


 きっとなる展開が待っていると予想されるが、行かないわけにもいかないので重い足取りで歩を進める。


「…………やっぱり」


 溜息ばかりの人生になりつつある。

 それはもう大方の予想通りだ。

 ユーリは愛槍のエレオノーラを縦横無尽に振るい、亀型獣人の『ケ・ローネ』を薙ぎ倒していた。


「なんだ貴様ら! 見たこともない蛮族どもめ!!」


 豪快に吠えながら地を割らんばかりの膂力を持って亀軍団を撃破していくが、相手も退くことを知らず、次々と襲いかかってくるようだ。

 さすが、凡結晶大戦で魔王の呼びかけに応じて立ち上がった獣人だけのことはある。

 強敵に対しても怖じ気づくことなく非常に士気が高い。


 ちなみにこれは、『永狂彼誰神徒アウロラ』で実装された大規模PvEバトルの『ボレモラ』というもので、気軽に経験値が稼げる割と人気があったコンテンツだ。


 ――――しかしこの二足歩行の短足亀、相変わらずツラが可愛くない。


 彼等は背中にある甲羅に誇りを持っており、それがない人間を下等生物かのように馬鹿にする傾向がある。

 とはいえ、彼等の世界創世神話では、一応ケ・ローネと人間は同じ種から生まれた存在として扱われており、中には人間達と友好関係を結ぶものもいた。


 しかし、今は時勢が悪く、人類VS獣人という構図の中ではそういう声も上がらないだろう。

 間の悪いことにユーリは獣人、というか人類以外の存在を蛮族として扱う一族なので、なお一層友好的にいくわけがない。


 ステータス上もユーリのほうが圧倒的に格上なので、亀が何百匹集まったところで蹂躙されるだけだ。


 まさに異世界チート無双。


 お、あれはケ・ローネ兵団が誇る『ヴァルター装甲兵団』だ。


 あっさり撃破されたな、さすが無双。


 次は『カール突撃師団』のようだけど、うん、相手になってないね。

 

「あ…………」


 思わず声が漏れてしまったのは、背後に控えている『武装親衛隊バルタサル旅団』がいたことによる驚きでだ。

 旅団長のバルタサルは、内部クラスが魔物使いに設定されており、石化の魔眼を持つリザードを呼び出す。

 ついでに団長も範囲石化魔法を連発する嫌らしい相手で、こいつが出現するとプレイヤーもNPCも阿鼻叫喚の地獄絵図と化した。


 おかしい。

 奴が登場するエリアは『オワスプ沼』という場所エリア

 ストロベリー耕地とオクンスト高地に挟まれた、じめじめしたエリアにしか出現しないはずなのに。


 と、考えているうちに、ユーリとバルタサルが激突した。

 お供のペットを瞬殺し、すぐに亀団長も同じ運命になると思っていたら、範囲石化魔法の詠唱が間に合ったようで、ユーリの動きが止まる。


「…………え?」


 普通に石化しやがった。


 いや、え?

 お前、一応、ハイエンドコンテンツのボスだったじゃん?

 なんで石化魔法レジストしないの?

 土属性魔法だよ?


「あ、耐性の設定が廃止された影響か」


 驚くことにRPGでよくある魔法耐性が『エンファンⅡ』では廃止されていた。

 クラスによる優劣を無くすためということだが、ユーリはもろにその影響を受けた存在ということになる。

 多分、通常の六属性、例えば火系の魔法のダメージも耐性値がないため軽減できないのだろうが、そもそもHPが70万あるので問題にならない。


 しかし、デバフ系魔法もそれぞれ六属性のどれかにカテゴライズされているので、石化魔法の他に移動阻害魔法、睡眠魔法とレジスト出来ずに素直に受けてしまうのだろう。


 意外な弱点を露呈させた暴走脳筋ポンコツ娘のユーリだ。


 仕方ない。

 解除魔法を使ってやるか。


 そう思ってユーリに近付こうとしたタイミングで、なんとバルタサルが石化したままのユーリを担ぎ出して撤退を開始したではないか。


「え、ちょっ…………?」


 思い出した!

 バルタサルの逸話。

 石化させた人間を集めてゲームの的として叩き割るという割りと残酷な遊び。


「まずいじゃん!?」


 あいつユーリ持って帰って的割りゲームで粉砕するつもりじゃん!


 いやいや、だめだって。


「まだ水着拝んでないんだぞ!」


 オタク文化普及の尖兵となるユーリを、このまま砕かせてたまるか!

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