第30話 オタク文化普及前夜?


 さて、超絶ボスクラスのユーリがなぜか仲間に加わってしまったのだが、私の目的は変わらない。


 ――――スローライフだ!


 魔王討伐とか国を救う英雄とかさらさら興味はない。

 人里離れた山奥で畑を耕しながら野生動物を狩り、畜産も始めて大自然に触れながらのんびりした生活を送りたい。

 嵐の夜には暖炉に火を灯し、美味しい紅茶を嗜め、推しの動画を見る。


 …………しまった。


 そうだった。


 この世界にオタク文化はなかった。

 そもそもタブレットもスマホもない。

 意外に不便だな。


 いや、待てよ。

 オタク文化あるな。

 期間限定特別イベントでアイドルネタとかやってたし。


 すると問題は…………。


 ――――どう普及させるか、だ。


 私はちらりとユーリを見上げる。

 整った顔立ちは大人の雰囲気があり、首筋にほのかな色気が漂う感じがする。

 悪くはないのだが公式年齢は三十代後半と、ちょっとアイドルには向かないはずだが、見た目は完全に二十代前半だ。

 それでも性格上、きりっとした女プロデューサー役がいいかもな。

 

 そんなことを考えている私を見返して何をどう勘違いしたのか、愛槍を構えて駆けだした。


 あ、遠目にノマドモンスターNMの『プラクスラム』というデカイ雄羊が闊歩している。

 多分、あれを討伐せよみたいに受け取られたのだろうか。

 サービス開始当初、あの雄羊は無敵戦艦の異名を誇っており、数多の冒険者プレイヤーを蹂躙していた。


 ――――懐かしいな。


 と、感慨に耽っていたのに、ユーリその愛槍のもと、一撃で仕留め串刺し状態で持ち上げた。

 

 凄まじいパワー、さすがチートインフレステータス。

 

 その勝ち誇った表情にかつてのネーデルの面影はない。

 いやでも雄羊の血が滴り落ちて顔にめっちゃついてて、凄惨な閲覧注意になってんだよな。

 そういえばあの愛槍『エレオノーラ』って、兄嫁の名前を付けたんだっけか。

 ネーデル兄さん大好きっ娘でその嫁も大好きだったユーリ。

 父親の無謀な指揮で兄は戦死、嫁も後を追うように死んでから性格が変わって、父親を暗殺して側近も皆殺しにして後釜に座ったという経歴を持ってんだよなー、こわー。


 ――――とりあえず。


「ユーリ、来なさい」


 雄羊を放り投げて颯爽と私の前に跪くユーリ。

 収納から『シ=ユノ式豪華トイレ』を取り出し扉を開けて、


「顔を洗いなさい」

「了解しました」


 びしっと言うとユーリは素直に従い、洗面台で顔を洗い出す。

 その様子は手慣れていて、まるで普段からこういうに慣れ親しんでいる人間のように見える。


「…………このトイレに驚かないのか?」

「古ネクロスの技術で『ジンバラーニ帝国』も発展しましたので、このような設備は普通にあります」


 あー、そっかー、『エンファンⅡ』の敵国、ジンバラーニ帝国は古代ネクロス帝国の高い技術を使ってたんだっけかー、なんだよ、驚くと思ったのに、ウォシュレット機能付きなんだぞこれ。


 ただ、同じ価値観を共有(技術面)しているとなれば、後々便利になる。

 設計デザインの面で意思疎通の摺り合わせが楽で、例えば科学技術で裏打ちされた施設、設備、備品などを作りたいと思ったときに、ユーリと相談すれば彼女が現世界に合わせた『代替品』を提案してくれるかもしれない。

 

 ライブ会場、音響設備、オンライン中継、ペンライト等々……。

 オタク文化を広げる為にすべて必要な要素だ。

 だがしかし、肝心のライブパフォーマンスを行うアイドルの当ては一切ないが。


 というより、こんな大規模な一大事業を一人でやるのは困難だ。

 まずは仲間…………、を募らなければならないし、そういう団体を設立して趣旨を説明して加入してもらうような動線も必要だ。

 メンバー加入、歌やダンス等のアイドル育成と、これはNPCにやらせるより自分でしたほうがいいだろう。

 出来れば冒険者プレイヤーにも参加して欲しいけど、ゲーム進行に関係ないイベントを積極的にやってくれる人はいな、


 いるな!

 

 ということで、そろそろちゃんとした冒険者プレイヤーと接触したい。

 ここから初期国のベイストック共和国も近いし、まずはそこに行くのが一番だろう。

 ついでに、フリーギルドのオタク文化普及協会ギルドも設立したいところだが、そんな要素『エンファン』にはなかった。

 でも『エンファンⅡ』にはあったし、そもそも職人ギルドもあるんだから設立自体は可能だろうきっと。


 そうと決まればオクンスト高地から『ノース・オウストルグ』へ行けば、ベイストック共和国の街は目の前だ。

 身嗜みを整えたユーリを見て、呼び出すマウントを決めた。


 ホイッスルを口に当て呼び出したのは『グランドバード』のグランちゃん。

 二人乗りが出来る大きなバードだ。

 早速、騎乗してユーリにも乗れと合図するが、


「いえ、この場合は従者としては私が前で手綱を取ります」

「……いいから早く」


 と言うと、渋々ながらユーリが背中にポジショニングする。


 ――――む、これは。


 ユーリは私よりかは小柄だが、平均以上の身長があり、鎧越しからでも分かるこの感触。


 …………なかなか良いを持っている。


 今度、ユーリの為に水着を作成しよう。


 グラドルだって同じアイドルだし、近い未来のイメージは大切だ。

 もっとも人を呼べるであろ水着イベントの為に、ユーリにはオタク文化普及の先駆者になってもらおうかな。

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