第21話 古代種族のクリスティーヌ


 龍族に動きあり。

 アルスク機関よりその一報を得た感想は、とうとうその日がやってきたか、ぐらいだったが、実際のところそんな悠長な暇はなかった。


 現在、私のシ=ユノ大公国における立場は、クリスティーヌとして大公の代理人を勤める役目を負うことだった。


 しかし、二十年前まではプロディガルシア侯国でラングドン枢機卿として存在しており、そこで『定めし忌み子』である『世界の終焉を告げる者人類悪』の前で『神々の祈り歌』を歌い、降臨させたアマネシアを葬る為の準備をしていた。


 遙か古の時代に為し得なかったアマネシアの完全消滅。

 男神アマネシアは死の神である。

のまま倒しても、男神は再び復活してしまう。

 なので、アマネシアを完全に消滅させるには、神降ろしで人柱に内包させ、として倒さなければならない。

 

 永い――――


 一万年という長い永い時間を旅して、


 私はそう結論づけた。


 一族に伝わる通り、定めし忌み子として生まれたプリシアがそれだと思い備えていた。


 しかし、すでにプリシアは暁の箱によって虚無の闇が消失していたのだ。


 これにより、世界から『世界の終焉を告げる者人類悪』が消え去り、アース=レンド滅亡を回避されたかのように映るだろう。


 ――――表面上は。


 だが、は外れることはない。


 プリシアの変わりが必ず存在する。


 そう思っていた矢先に、龍族が各地に出現した。

 それぞれが龍王バハムートの眷属である。

 いよいよバハムートが古の盟約、かつての私の同胞である『エンリクス』と結んだ、男神アマネシアが『世界の終焉を告げる者人類悪』に降臨が確実となる前に、人類そのものを滅ぼして世界を救う、という盟約の履行に移ったのだろう。


 しかし、各地で龍族が討たれていった。


 一体、何が起こったのか。

 龍族をいとも簡単に倒すのは、いくら手練れの冒険者でも不可能だ。

 誰の仕業なのか。

 ただの腕試しだとしても、龍族以外にも凶悪なモンスターはたくさんいる。

 龍族のみ狙い撃ちするのは、どういった理由か。


 ――――私は、自分の考えに戦慄した。


 人類を滅ぼそうとする龍族を討つ。

世界の終焉を告げる者人類悪』は、人間から『虚無の闇』を吸収しなければ祖の身にアマネシアを降臨させることが出来ない。


 つまり…………、


 龍族を討ったのは、いずれ全人類から『虚無の闇』を吸収する為に、それを滅ぼそうとする龍族が目障りだったから。

 すでに『世界の終焉を告げる者人類悪』は、龍族を討ち滅ぼせるほどのを宿しており、アマネシアの降臨は時間の問題、


 までに迫ってきているということか。


 だとしたら、非常にまずい。

 残された時間はまったくない。

 すぐに行動に移さねば。

世界の終焉を告げる者人類悪』の次の目標は分かっている。

 

 残るはリーデン岬にいる應龍おうりゅうとバハムートのみ。

 急ぎプロディガルシア地下壕に行かなければならない。

 

 そして、自警団に合流した時に、更に驚いた。

 あのエンリクスがいたのだ。

 かつて一緒にアマネシアの化身と抗っていたときの盟友だ。

 しかも、東国から『世界の終焉を告げる者人類悪』を討つ為にやってきた武士も連れており、彼は準備万端で紛れていたのだ。

 自警団の団長プリシアは、それ程の強者達に気付いていなかった。


 ただ、リーデン岬にいるバハムートと対話をしようとしていただけだった。

 道中に事情を説明し、もしも事を構える必要に迫ったらバハムート、もしくは新たな『世界の終焉を告げる者人類悪』と戦わなければならない覚悟だけはしておけと。


 だが――――


 事態は想像を超えた展開になっていた。


 龍王バハムートが、まったくの、禍々しい存在となって、世界に対して牙を向いていたのだ。

 

 その凶悪無比な力は、地上における生命そのもの根絶やしするほど強力で、


 まるでそのもののように見えた。


 力の差が有り過ぎる。

 これでは、ただただ人類は蹂躙され、地上は無残に荒廃するだけだ。

 圧倒的なの暴力に、

 私は、為す術もなく、消されるのだろうと、諦めかけた。


 ところがだ。


 目の前を、大きなが立ち塞がった。

 変質したバハムートを前にして一歩も引かず、文字通りのとなって邪悪な破壊の暴風から、私達を守ってくれた。

 

 神々しいまでに輝く青い障壁。

 シ=ユノ親衛隊の報告、隊員セシリアが熱弁して語った、守りの技。

 

 銀色の騎士、ブロント――――


 彼女こそが『世界の終焉を告げる者人類悪』と戦う、希望の存在そのものに見えた。

 彼女と共に戦えれば、永い時を経て、古代種族エテルネルの残した人類の闇をようやく滅ぼせる。

 一族の大願成就がようやく叶うのだ。


 なのに、


 その一歩手前まで来たというのに、


「これから君達を逃す」


 なぜ、そんなことを言うのか。

 答えはすぐ分かった。

 バハムートが、世界そのものを崩壊させるようなを生成していたからだ。

 あれほどの質量と熱量を持った神代の古代魔法には、少なくとも私達には抗えない。

 だから一人で戦おうとしている。

 銀色の騎士は、私達がやり残した負債を一人で清算するつもりだ。

 しかし、それだけは嫌だった。

 せめて、贖罪をさせてほしかった。


 ただ、それだけを心に願う。

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