第20話 プリシアは英雄を見た


 その日、俺はリーデン岬に降臨したらしいバハムートに会いに行った。


 もう俺の中に『虚無の闇』はない。

 小さい頃に『暁の箱』で身体に内包される『虚無の闇』が結晶化し無害となったからだ。

 枢機卿によれば、俺は『世界の終焉を告げる者人類悪』ではなくなったらしい。


 だから、人が人類悪に染まりアマネシアが降臨して世界が崩壊する前に、人類そのものを滅亡させれば良いとするバハムートと対話が出来る気がしたんだ。

 話し合いで良い方向に舵が切れると思ったんだよ。


 数日前から龍王の眷属がリーデン岬に来訪していたので、その王たるバハムートだって来ているに違いないから。


 そんなわけで、自警団を引き連れてリーデン岬に行こうとしたら、長らく行方不明だったラングドン枢機卿が姿を現して自警団に合流してきた。


 ラングドン枢機卿は凡結晶大戦時、プロディガルシアが獣人大同盟軍に攻められて戦火から逃れようとした大勢の避難民を大聖堂の地下に避難させてくれた人物だ。


世界の終焉を告げる者人類悪』として忌み嫌われていた俺にも優しくしてくれて、自由に生活させてくれた良い人なんだ。


 まあ、普段、何をしていたかわからなかったけどな。

 

 だから、俺の無謀とも見える行動に怒ると思っていたけど、事態は想像以上に切羽詰まっているみたいで全然怒られず、とんでもないことを言ってきたんだ。


 俺の他に『世界の終焉を告げる者人類悪』の存在らしき人間が確認された、と。


 ソイツはアース=レンド各地で龍族を討ち倒したらしい。

 龍族っていうのはバハムートの眷属達でさ、過去の人間達との盟約やらで人類を滅ぼそうと集められていたらしいんだ。


 その事実により、間違いなくが人類悪そのものと認定されたようだ。


 どうしてそんなことを知ってるかって?


 今、ラングドン枢機卿から聞いたんだよ。

 眷属はそう簡単に倒せる存在じゃない、短い間にこうも容易く討てるとは、しかもすべてバハムートの眷属を狙いうちにしている。


 これは完全に『世界の終焉を告げる者人類悪』として全ての人間から『虚無の闇』を吸収、自らが『アマネシアの器』となって神を降臨させ、世界を滅亡させようとしている人間の仕業、という結果に至ったらしい。


 かなり強引な、言い掛かりのように聞こえるけど、シ=ユノ大公国の研究機関がそう結論づけたと言われれば枢機卿は、はいそうですかと言うしかなかったと。


 枢機卿も単なる憶測に過ぎないんじゃないかと思いたいけど、確かにそれ以外でリーデン岬にバハムートが姿を現すはずがない、ってね。


 ただ、俺はバハムートなんかより、に興味を持った。


 俺の他にそういう人間がいたことに、興奮すら覚えた。


 だってそうだろう?


 もしかしたらソイツ、俺と一緒で身体の成長が止まり、人間ではなくなった存在かもしれない。

 俺、外見は若い女の子だけど、こう見えて中身は結構年食ってるんだぜ?

『暁の箱』の作用によって、人間が本来持っている『虚無の闇』を結晶化して、人という存在ではなくなった。


 まあ、だから老化が止まった人間なんだよ。

 あ、不老ってだけで、不死ではないぜ?

 でも『人間』ではないことは確かなんだ。

 神でも半神でもない、本当に中途半端な存在になってしまったんだけどな。


 だから俺は、にとっても会いたいんだ。


 そして俺は、

 リーデン岬でに出会った。

 

 だけど、俺はまったく別の言葉を吐き出しちまったんだ。


「アレは何だ!? 一体、何が起こってんだ??」


 だっては、


 あのを、


 しようとしていたから。


 見たこともない十二の魔方陣がバハムートを囲み、放電する青白い鎖が雁字搦がんじがらめに龍王を繋ぎ止めている。


 そんなことを可能としているのだから、やはりただの人間とは思えない。

 ただ、凄い力に見えたけど、すぐにバハムートが拘束を吹き飛ばした。


 そしてここからが、


 まるで――――


 天変地異でも起こったんじゃないかと思ってしまった。


 猛り狂うバハムートから放たれる絶望的な数の隕石が、世界中に広がったかのように落ちてくるんだ。

 周辺に落ちては怒濤の衝撃波と巨大な火柱が上がって、ついには俺の前にも迫ってきた。

 これは間違いなく自警団ごと吹き飛ばされる威力で、俺も覚悟を決めた。

 

 ところが、は風の如く俺の前に来て、魔法障壁を張った。

 無数の隕石はすべて障壁に阻まれて、俺も自警団も無傷で済んだ。

 

 俺には、が、『世界の終焉を告げる者人類悪』には見えなかった。

 

 俺を、俺達を、身体を張って守る、その後ろ姿に――――


 世界を救う冒険者英雄を見たんだ。


 なおも怒り狂うバハムートが、更なる強大な魔法を詠唱し、今にも目が燃え上がりそうな太陽を作り上げた。

 

 さすがにあれは、


 ――――耐えられない!


「これから君達を逃す」


 が口を開き、俺達に転移魔法のようなものをかけようとしている。

 俺達を逃すつもりだ。

 まさか、死ぬつもりじゃないだろうか。


 ――――もっと話したい。


 ――――このまま死に別れは、嫌だ。


 せっかく俺と同じ境遇の人間に出会ったっていうのに。

 

 でも、


 俺達が転移魔法で消える瞬間、


 は不敵な笑みを浮かべたような気がした。

 

 絶体に、死なない。


 そんな言葉を秘めたような笑みだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る