88年8組

つばきとよたろう

第1話

 学校の教室の席に座った老人たちは、顔に年齢の数だけ皺を作っていた。みんな同級生だった。この年だから参加できない人も多かった。中には音信不通の人や他界した人も少なくない。あの頃と比べると、校舎は木造から鉄筋に変わったし、二階建てから三階建てに立て替えられた。それでも数十年と使い古されている。が、その年数ですら大した年月ではない。物忘れが酷くなって、二三十年が経つ。今では人の名前も覚えていない。面影すら怪しくなってきた。


「眼鏡、眼鏡。先生、眼鏡を知らんかえ」

 自分の歳の半分にも満たない若者を、教室の真ん中の席に座った老婆は先生と呼んだ。


「富岡さん、首に掛けていますよ」

 先生は苦笑いしながら、自分の首元を手で触って示した。


「えっ、何ですか?」

 耳も随分前から遠くなった。話の半分も聞き取れない。


「先生。その公式、間違っているだろうが。わしはそんな事教えとらん」

 今ではこうやって教壇に立っているが、数十年前は先生も生徒だった。その老人は先生だった。

「ああ、済みません。どうして間違えたのかな」

 どうにも納得しない様子の先生は、慌てて指で黒板の文字を消して書き直した。先程板書しているときに、話し掛けられたから間違えたのだと了解した。


 それは米寿のお祝いに行われた、同窓会を兼ねた授業だった。昔を思い出すというより、みんな孫を見るような目で先生を見詰めていた。昔の授業の内容はみんな忘れてしまった。覚えていることは何一つ無かった。


「なあ、朝井。記憶力っていい方か?」

「確かに食べたのに、それ思い出せないよな」






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88年8組 つばきとよたろう @tubaki10

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