祖母を思う

緋雪

ママのストッキングやで

 夏休みに帰省し、母方の祖父のお墓参りに行った。


「ひーばあば、ひーじいじのお墓どこ?」

小学校1年生に上がったばかりの直輝なおきが、柄杓を片手に先頭を切る。

「お前、偉そうに言うなぁ。ちょっとは手伝え。」

バケツ一杯を持たされた4年生の啓太けいたが、情けない声を出す。

「そこ曲って、ほれ、向こうから3番目じゃ。」

祖母は愉快そうに笑った。

 母が花を供えるために、私の息子たちに水の入れ方を教え、花を入れていると、丁度そこへ上の叔母たちも参加した。

「あらあら、こら、花が重なってしもたの。」

母と叔母が顔を見合わせていると、

「かんまん、かんまん。全部置いてお参りしたらええがな。あとで半分持っていんで、仏さんに供えたらかんまん。」

祖母が車椅子から杖をついて降りながら、そう言った。

「ひいばあば、大丈夫?」

叔母の孫の初美はつみが、祖母と手を繋ぎながら言う。

「ありがとうなぁ。」

杖をつきながら、祖母は墓前へ来ると、私から手渡された、線香を供えた。

「じいちゃん、今年も、こなんようけお参りに来たで。賑やかなこっちゃなあ。」


 そこへ末の叔母も参加した。

「あら、もうお参りしよったんで?」

「あんた遅いで。」

母と叔母たちが顔を見合わせて笑った。

「へえ、ほな、私らもお参りするで。」

順番にお参りする。それぞれに、子供たちまでもが、祖父に呼びかけながら。


 祖母の家に戻って、仏壇にもお参りし、皆でそうめんを食べ、西瓜を切った。

「ええい、もうじっとしな、あんたら。何人おるか数えれんがな。」

「ようけおるけん、もうサイコロに切りまいの。」

祖母と母と叔父叔母、私の兄弟に、従兄弟たち、その子供たち。と、ばあちゃんの猫のフウ。20人と1匹近くいるのではないかしら。賑やかな賑やかな、その中で、ニコニコニコニコ祖母は笑っていた。



 若い頃は、果樹園をやっていた祖母。私は祖母の家に泊まりにきては、朝、もも果汁100%のジュースを飲んだり、いちじくのジャムをたっぷり塗ったパンを食べたりするのが大好きだった。今思えば、物凄く贅沢な話だ。

 祖父は仕事を引退して、家にいて、難しい本や新聞をよく読んでいた。そして、いろんなことを、私にわかりやすい言葉で教えてくれた。おもちゃのブロックでキリンの作り方も教えてくれたし、変な替歌も作って歌ってくれた。


 優しい、優しい、祖父母だった。

 みんな、祖父母が大好きだった。



 祖父が70代半ばで大腸癌を患い、大きな手術を経て、ずっと入院生活をしなければならなくなった時、完全看護の病院に移ることもできたのに、祖母は近くの小さな病院で、祖父のベッドの隣に簡易ベットを置いてもらい、24時間付き添った。


 2年ほどそんな生活をしていた。そのうち祖母も足腰が弱り、同じ病院でリハビリを受けるようになった。

「ばあちゃん、来たで。じいちゃん見よるけん、リハビリ行ってきまい。」

「へえ、ほな、じいちゃん、ちょっと行ってくるわな。」

そう言って、私が祖母と代わった数分後、

「おい、みどり、ちょっとベッドの背、起こしてくれんか?」

と、祖父が言うので起こすと、

「ほれ、こうやったらの、ばあちゃんがリハビリしよるんが見えるんじゃ。ほら、ばあちゃん、頑張れ頑張れ。」

「毎日毎日、四六時中顔合わせとんのに、まだ見たいんか!どんだけ好きなんや!」

と、祖父の可愛いさに大笑いした。



 祖父の病状は、どんどん悪化していった。


 そんな中、祖父が祖母に言ったそうだ。

「ばあちゃん、もうええで。あんたももう疲れたやろ、実家さとへ帰りまい。」

祖母は驚いて答えたと言っていた。

「じいちゃん、何言いよん。今更どこへ帰れ言うん?あほやなあ。」

と。


 本当にお互いが大好きな夫婦は、死を前にして、そんな会話をするのか、と、こっそり泣いたのを覚えている。



 祖父が78歳で亡くなった。


 祖母は祖父が亡くなったことを受け入れられず、お棺の中の祖父に必死に呼びかけた。

「じいちゃん、じいちゃん、起きて!ばあちゃん、って呼んで!」

祖母の辛さが皆に伝染して、皆でわあわあ泣いた。


 そこから10年ほど、私達は、代わる代わる、祖母をいろんな所へ連れ出した。山のコテージを借りて、キャンプにも連れて行ったし、海の近くの民宿を借りて、海水浴にも、連れて行った。水族館にも動物園にも一緒に行った。

 ソメイヨシノ、八重桜、枝垂れ桜、芝桜に藤の花、向日葵にコスモス…その時季その時季の花を見にも行った。

 その度に、叔母や従兄弟や孫までもついてきて、それはそれは賑やかで、祖母はその中心でニコニコしていた。


 ばあちゃんは、お日様だった。



 スイカの器を片付けると、皆が、祖母の方を向く。

 祖母にとって末の曾孫の美和が、紙をもって、テケテケっと祖母のところに行って、それを祖母に渡す。

「あらあら、美和ちゃん、何くれるんかの?」

それを合図に、曾孫たちが、祖母を囲む。

「ひいばあば、おめでとうやて。」

「あらあら、何のや?」

「兄ちゃん、何やっけ?べ?べーじゃ?」

「あほ、べーじゅ、やが。」

「べーじゅってなに?」

「あー、うち知っとる。ママのストッキングやなぁ、ママ?」

皆で大笑いだ。娘に呼ばれた従妹が笑いながら言った。

「うちのストッキングのお祝いや、ばあちゃん!もろといて!!」

あははははははは。祖母の家は、笑い声で溢れた。


 祖母は涙を流しながら大笑いして、祖父の仏壇にそれを供えた。

「へえ、じいちゃん。美和ちゃんから、ママのストッキングもろたで。ありがたいのお。」

お輪を鳴らすと、祖母が手を合わせる。皆もそれにならった。



 祖母が亡くなったのは、それから1年経った頃だった。


 ばあちゃん、大好きなじいちゃんとこ行ったんやなぁ。


 皆、泣きながら、笑った。

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祖母を思う 緋雪 @hiyuki0714

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