第21話「マクベス・イルクとの再会」侯爵令息ざまぁ




――ミハエル・オーベルト・視点――





僕とレーア様の前に現れたのは、イルク侯爵家の長男マクベスだった。


マクベスは学生時代レーアに恥をかかされたことを根に持っていると、以前カイテル公爵が教えてくれた。


マクベスはレーア様が元第一王子ベルンハルト様と婚約を破棄したという話を聞き、王族の庇護がなくなったレーアにちょっかいを出しに来たのかもしれない。


僕はレーア様を背に隠し、マクベスの前に立つ。


「カイテル公爵家のレーアだな!

シフ伯爵家の令嬢を階段から突き落とし、第一王子のベルンハルト様に婚約破棄されたそうじゃないか!

そんな悪女が恥ずかしくもなくパーティーに来れたものだ」


マクベスが大声でレーア様を非難した。


マクベスはだいぶ酔いが回っているようだった。


賑わっていたパーティー会場が一瞬で静まり返った。


熱気を持っていたパーティー会場が、今では真冬の湖より寒い。


パーティで騒ぎを起こしたマクベス様に、向けられる視線は真冬の雪山の吹雪のようだ。


パーティ会場に集まった人たちは、カイテル公爵が第一王子がレーア様に婚約破棄を突きつけたことに激怒し、王家を見限ったことを知っている。


カイテル公爵が宰相職を辞任した後、王宮の仕事が滞り、文官は家に帰れないほどの仕事量を背負わされている。


武官は各地に溢れたモンスターの討伐で、何カ月も家に帰っていない。


カイテル公爵は一人で千人分の文官の仕事をこなし、

武官が千人集まっても倒せないモンスターを一人で討伐していた。


エーダー王国が平和であったのは、王家の力ではない。


カイテル公爵家が城内の書類仕事をこなし、王国内のモンスターを間引きし、スタンピードが起きないようにしていたからだ。


今日のパーティーに参加した高位の貴族は、カイテル公爵に頭を下げ、カイテル公爵に宰相職に復帰してもらおうとしていた。


国内でこのことを知らないのはよほど情報に疎い者か、よほどのアホかのどちらかだ。


それなのにマクベスは、カイテル公爵が目に入れても痛くないほど可愛がっている、レーア様を罵倒してしまった。


「酔った勢いで言いました」とか、「酔っていたので覚えてません」という、言い訳は通じない。


マクベスの後ろには、殺気の籠もった目でマクベスを睨んでいるカイテル公爵がいた。


カイテル公爵の近くにいた貴族たちは、巻き添えを避け十歩後ろに下がった。


カイテル公爵の殺気に気づいていないのは、マクベスぐらいだ。

 

「おい何とか言えよこの凶暴女!

第一王子にフラれて誰にも相手にされなくて寂しいんだろ?

なんなら俺が一夜だけでも相手にしてやろうか?

もっともお前みたいな女と結婚する気はないから、責任は取らないがな。

ぐははははははは!」


マクベスが下品な笑い声を上げる。


会場にいる人々から

「イルク侯爵家のマクベス、あいつは愚かだな」

「カイテル公爵家の令嬢に罵声を浴びせるとは。イルク侯爵家は終わったな」

「イルク侯爵令息の命も今日かぎりか」

と囁いている。


「一曲踊ってやるよ」

と言って、マクベスがレーア様に手を伸ばす。


鬼の形相をしたカイテル公爵が、マクベスの肩を叩こうとしている……。


だが、カイテル侯爵よりも先に僕は動いていた。


マクベスがレーア様に伸ばした手を掴み、捻りあげる。


「ぐあっ! 何をする!

何だお前は!」


「僕はレーア様の婚約者です。

レーア様を侮辱したあなたを許しません。

元第一王子とレーア様との婚約破棄は、元第一王子のベルンハルト様の側に非があったからです。

その証拠にベルンハルト様は、王位継承権を剥奪され、王族を除籍簿され、牢屋に入れられています。

ハンナ・シフ様はレーア様に階段から突き落とされたと虚偽の訴えをしたことにより、伯爵家を除籍され牢屋に入れられています。

レーア様を『悪女』と言ったことを取り消してください。

それから、その後も暴言も聞き捨てなりません。

今すぐ発言を撤回し、レーア様に謝罪してください」


マクベスを真っ直ぐに見据え、毅然とした態度でそう言い放つ。


マクベスは僕に睨まれたじろいでいる。


マクベスはこんなに背が小さくて、ひ弱だっただろうか?


三年前の僕はなぜこんな奴に怯え、言いなりになっていたんだろう?


カイテル公爵と修行した死の荒野に出現したモンスターの方が、遥かに強かった。


「なんだ貴様!

俺はイルク侯爵家の嫡男だぞ!

家名と名前を名乗れ!」


マクベスは顔を真っ赤にしていきりたった。


「オーベルト男爵家の当主ミハエルです」


毅然とした態度でそう言い放つ。


マクベスは、僕がミハエル・オーベルトだと分かり驚いているようだ。


僕に言い返されるとは思っていなかったのだろう。


マクベスが知っているのは、学校でいじめられていた頃の、弱くて小さくてダサい僕だろうから。


「誰かと思えば学園で俺にいじめられてたいなか者の男爵じゃないか!

格上の侯爵家の子息である俺にそんな口を聞いていいと思っているのか?」


マクベスは力で敵わない相手には、身分で脅しをかけるしかないと悟ったのだろう。


「相手が誰であろうと、僕はレーア様を貶め傷つける人間を、許すことはできません。

さあ早くご自身の発言を撤回し、レーア様に謝ってください」


「なんだと男爵の分際で生意気な!

俺が怖くないのか!」


いきりたったマクベスが、顔を真っ赤にして怒鳴る。


「あなたなどちっとも怖くない。

義理の父になる人に比べれば、あなたのような小者、子猫も同然だ」


「なんだとーー!!」


格下の男爵にコケにされたマクベスが額に青筋を浮かべる。


そのとき、

「本当にそうだね。

わしの放つ圧に比べればこんな小者の放つ圧なんて、そよ風も当然。

恐れる理由がないよね」

マクベスの肩をカイテル公爵がポンと叩いた。


「カカカカ……カイテル公爵!」


マクベスは幽霊でも見たかのように怯え、真っ青な顔でブルブル震えている。 


マクベスは会場にカイテル公爵が来ていないと思って、レーア様に絡んできたのだろうか?


酔っていたにしても、マクベスの行動は浅はかすぎる。


「お義父様」


「ミハエルくん、わしはまだお義父様呼びを許可した覚えはないよ。

調子に乗らないように」


「すみません」


カイテル公爵に注意され、僕は頭を下げた。


「でも今日は許してあげるよ。

私の可愛い娘を体を張って守ってくれたからね」


カイテル公爵が僕に向かってウインクした。


「カイテル公爵がミハエルのお義父様と呼んだ……??

一体何がどうなっている??」


「先ほどミハエルくんがレーアを婚約者として紹介したよね?

聞いてなかったのかな?

君の頭の中には脳みその代わりに、ぬいぐるみのように綿が詰まっているようだね。

イルク侯爵家のマクベスくん」


カイテル公爵はマクベスをじっと見つめ口角を上げた。


だが公爵の目は全く笑っていなかった。


マクベスはライオンに睨まれたインパラのように、体を小刻みに震わせていた。


「先ほどとは娘に向かって数々の暴言を放ってくれたね。

なんだっけ?

第一王子に婚約破棄された?

誰も相手にしない?

自分が一夜の相手をしてやる?

だが責任は取らない?

だったかな?

ぜーんぶ聞いていたよ」


「はわわわわ! 

そっ、それは……!」


マクベスの顔の色は青を通り越して、真っ白だった。


「カイテル公爵!

申し訳ありません!

愚息が閣下にご迷惑をおかけしたでしょうか!」


騒ぎを聞きつけたのか、イルク侯爵がやってきた。


お義母様に貴族名鑑を渡され、貴族の顔と名前を覚えるように言われたので、大概の貴族の顔と名前はしっている。


イルク侯爵はマクベスに駆け寄り、マクベスの頭を掴み無理やり下げさせた。


「痛いです!

父上!

何をするのですか!」


「馬鹿者!

相手はカイテル公爵だ!

もっと頭を深く下げろ!

この国でカイテル公爵に睨まれたら生きていけんぞ!」


「レーア嬢は第一王子に婚約破棄されました。

カイテル公爵家をそんなに恐れる必要はないのではありませんか?」


先ほどまでカイテル公爵を前にぶるぶると震えていたマクベスは、保護者が現れた途端、急に強気になった。


しかもマクベスは、父親であるイルク侯爵に怒られているのか分からないようだ。


「もっと世の中に興味を持ち、世情に明るくなれとあれほど言っただろう!

レーア様をハメようとした元第一王子は、レーア様に婚約破棄され、王位継承権を剥奪され牢屋に入れられたのだ!」


「ええっ!!」


それもさっき僕が説明しました。


酔っているとはいえ、マクベスは何を聞いていたのだろう?


本当に彼の頭の中には綿が詰まっているのかもしれない。


「カイテル公爵とそのご家族が、国中のモンスターを討伐してくださっているから、この国は平和なのだ!」


「そ、そんなすごい人だったのですか……?」


マクベスが血の気の引いた顔で、カイテル公爵を見る。

 

「頭が高い!

もっと頭を深く下げろ!」

 

マクベスはイルク侯爵に頭を掴まれ、頭を深く下げさせられた。


「職を辞したあとも各地のモンスターを狩っていたんだけど……。

イルク侯爵領に行くのは止めることにするよ」


イルク侯爵の顔が、真っ青になる。


「閣下。そそそそそ………それだけはご勘弁を!」


「謝ってほしいのはイルク侯爵じゃなくて、マクベスくんの方なんだけど?」


「閣下のおっしゃるとおりです!

マクベス、閣下に謝れ!

土下座して謝れ!!」


マクベスは、イルク侯爵に促されるまま土下座した。


「「申し訳ありませんでした!!」」


イルク侯爵はマクベスと共に土下座して、カイテル公爵に謝罪した。


「見事な土下座だね。

ところで、娘と娘の婿候には謝罪したのかな?」


「カイテル公爵令嬢、オーベルト男爵、先ほどは暴言を吐いてしまい、申し訳ありませんでした!!

発言は撤回します!

お許しください!!」


「カイテル公爵令嬢、オーベルト男爵、息子が失礼なことを言った!

本当にすまなかった!!」


イルク侯爵とマクベスが僕とレーア様に謝罪した。


謝罪は嬉しいが、僕だけの力で謝罪させられなかったことが悔しい。


「謝罪は受け入れよう。

しかしマクベスくんが娘と娘の婿候補を侮辱した罪は、土下座したぐらいでは許せないな」


カイテル公爵がイルク侯爵を睨む。


「マクベスを侯爵家から除籍します!

原型がわからなくなるほどマクベスの顔を殴り、強制労働所送りにします!

ですからどうかお許しください……!」


イルク侯爵は泣きながら、カイテル公爵に訴えた。


「父上!

それはあんまりです!」


マクベスが父親に抗議する。


「煩い!

侯爵領をモンスターの巣窟にしたいのか!

貴様は鮫のいる海に生きたまま投げ込まれなければ、カイテル公爵の恐ろしさがわからないのか!!」


「さ、鮫……!?」


イルク侯爵に怒鳴られ、マクベスはおとなしくなった。


「考えておく。

そうそう言い忘れたけど、二度とわしの娘と娘の婿候補に近づかないでおくれ」


「はい!

絶対に!

神に誓って近づけさせません!」


「イルク侯爵家も終わりだな」

「カイテル公爵を怒らせるなど愚かな奴らだ」

「イルク侯爵家とは今後取引しないことにしよう。こちらまでカイテル公爵に睨まれてはかなわない」

「イルク侯爵は、息子の教育も満足にできなかったようだ」


成り行きを見守っていた貴族たちが、囁いく。


イルク侯爵はマクベスを連れ、逃げるように会場を後にした。




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