僕はコメディアン

くろぶちサビイ

1.

 自分の職業を人に説明する時に、気恥ずかしさを感じる人は珍しくないだろう。特に、芸術系の仕事をしている人にそういう傾向があると思う。

 ピアニストとか、画家とか、詩人あるいは作詞家とか、俳優とか…。

 僕もその一人だからよく分かる。

 クレジットカードを作る時や、住宅ローンの審査の時、それに子供の学校関係や、家族の入院や手術の際に、身内として住所氏名と勤務先を記入する時など、日常生活の中で仕事のことを詳しく聞かれる状況は意外とあるものだ。

 こういう時は、「自営業」だけでは、足りないことが多い。

 その場合、決まって「具体的にはどのようなお仕事ですか」と、質問は次のステージに進む。

 それに対して、一番当たりさわりがない言葉を選んで、「芸能系の仕事を…」と答えると、担当者によっては、「俳優さんですか?」なんて言ってくる。

「お仕事の場は、テレビですか?舞台ですか?」

「自営業ということは、劇団などに所属している方ではないですよね」

「芸能事務所には所属されてるんですか。なるほど」

 でも、僕はできれば自分の職業について、人から突っこまれたくない。非常にデリケートな問題なのだ。

 自分の職業に誇りを持っているくせに、自らの口で語るのを避けたいというのも、矛盾してるかもしれないが。



 今日、初対面の人に自分の職業を詳しく説明しなければいけない状況に久しぶりに陥ってしまった。

 警察官から職務質問されたのだ。

「失礼ですが、職業を教えていただけますか」

 自営業と答えたら、不毛な質疑応答に突入するだろうと思った僕は、一発目で「芸能関係です」と答えた。

「具体的には?」

 僕は途方に暮れた。突っ込まれる可能性がないとは思わなかったけど、突っ込まれると心理的な部分で答え辛いのも本当である。

 でも、僕は答えることにした。

 僕は自分の仕事に誇りを持っている。人に説明して、何を恥ずかしがることがあると言うのか。

「コメディアンです」

「コメディアン?お笑いですか?」

「いいえ、お笑いじゃありません。コメディアンです」

「お笑いとコメディアンは、どう違うんですか」

「え、え~と…」

 そこまで細かく説明するのは非情に難しい。

 いっそのこと、この警察官の人を次の公演に招待しようか。

 僕は空を仰いだ。世の中には、いろんな職業があるよね…。

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