第4話 つみとばつ


 皆で朝食を食べ終え、小さなキッチンを長男が掃除する。他のメンバーはソファにもたれながら適当なことを喋っていた時の事だった。青空が緑色のプラスチックケースを嬉々として見せつける。

「そういやトランプあった!やる?」

「なにをやるんだ?」

「神経衰弱ならいいぞ」

「んなもんイツ兄の圧勝じゃん。却下」

 紅緒と青空は下を出しているが、海斗と銀司は残念そう。

「ポーカーならいいよ♪」

「「「「却下」」」」」

「スピードやろうぜ!」

「「「却下」」」

 紅緒と青空の都合のいい提案も却下され、結局七ならべが行われている。

「誰だクラブの7を隠しているのは」

「パス」

「パス」

「やべぇ。出せる気がしねぇ」

「こっちもだよ♪ちょっと!ハートの6!出して!」

「やーだよ!」

「テメェか!スペードの5も持ってるだろ!」

「こら、なにを喧嘩ーー」


 パパーン!

 心臓に良くない爆音が響き、全員に緊張が走る


『昨夜は眠れたか?』

「ああ、どうも!おかげさまでね!」

 紅緒の背筋が伸び、目つきが鋭くなった。張り上げられた声も違う。家族には見せない猛禽類の瞳と声に兄弟たちが黙る。

「ねぇ?それで?こちらはなんと呼べばいいかは?決まった?」

『ああ。そんなことも言っていたな』

「接客業をやってたせいかな?話し相手が名無しサンってのも落ち着かなくってさ?」

『名前なんてなんでもいいがーーそうだな。『マスター』はどうだ?』

「マスター?神サマでなく?」

『俺たちは神さまなんてもんじゃない』

「そう、わかった。でもそんなアッサリしてていいの?」

『なにが』

「昨日は待ってくれ、って言ったのに。今日はずいぶんとあっさり決めたから」

『人間は1秒ごとにアップデートする。昨日と今日じゃ気分が違う、考え方も違う。それでいいだろう』

「オッケー!」

 天井に向かって指でわっかを作る次男を見ていると、本当に目の前に人がいるみたいだ。(さすが元ホスト!)

『それでは、本日、お前たちにクリアしてもらうゲームを紹介する』

 モニターには有名なゲーム画面が映し出された。


 凸、□□□□、□□   □□。

         □□、□□、 □・・・

 次に何が来るか、どこにハメるかを予測しながら降ってくるブロックを積み上げては消すゲームは単純に見せかけて、三手先を読まないと負けるゲームともいう。(ついでに補足すると青空や紅緒がやらないゲームとも言う)

「これって」

「テトリ●?(モゴ)」

青空の口を樹があわてて抑え込んだ。

「名前を出すな。商標登録の関係で(大人たちが)面倒なことになる」

「でもさぁ?いまどき『落ちものゲーム』なんて言わなくね?」

「ううむ……」

 紅緒が正論だ。漫画でL●NEのことをSNSと言うけどリアルでは言わねーよ!という日本語が真面目長男に届けばいいのに!

 銀司と海斗は三人を放ってゲームの画面を見ている。画面ではテコテコテコテコとブロックが降ってきては積み重ねて消して、間違えて積んで無駄な空間を作ってはまた積んで消して、と、よくあるサンプル映像が繰り返し流れている。

(なにが意味ある?)

(どんな意味がある?)

 画面を睨んでも答えは出ない。

「普通に……テ●リスだよな?」

「高スピード、高得点でクリアする、ということでしょうか?」

「そんな単純な話だと思うか?」

「いえ」

 答えは予想の裏。何かが違うことを嗅ぎ分けないと。他のチームのように狂気の果てに叫び、殴り合い、殺しあう未来だけは避けたい。 

「お?」

 画面が変わった。先ほどまでの典型的な映像と違う。降ってくるブロックは消されながらも階段状に積み上がってゆく。そして積み重なったブロックがラインを越えるとENDマークが一面に表示され、ゲーム終了を知らせた。それが一度だけではない。何度も、何度も、だ。

 『普通』は積み重ねない。『普通』は消す。どうして意図的に積み重ねるんだろう?それも階段状に?なぜ?どうして?

「これなに?下手なの?上手いの?」

「いやヘタだろ。おれのが上手くね?」

「マインスイーパーを秒で死ぬ奴は黙って?」

「あれはたまたまだよ!しゃーねぇっての!」

「こんなふうに階段は作れるものなのか?」

「できるんじゃない?やったことないから知らんけど」

「……」

「……」

 銀司と海斗が真剣に画面を睨んでいた時。もう一度パパーン!と大きな音が鳴った!


『お前たちにはテトリ●をクリアして脱出してもらう』

「脱出?テト●スで脱出?」

『そうだ』

「どういうーー」

 海斗の疑問は四男の声に消されてしまった。

「なんじゃこりゃあ!」

 テレビ画面に映っているのはお馴染みのブロックが落ちてくるゲーム画面。だが、自分達の知っているものとは違う!ブロックが落ちてくる画面に人間がいる!左へ右へ走っては降ってくるブロックを避け、走っている!積み重なったらよじ登ってまた右へ左へーー。

「人間?」

「どういうこと?」

 人間がブロックとブロックの隙間に閉じ込められてしまった!

「わかる!あるあるだよな!」

 紅緒と青空が指さして笑うが、海斗が冷ややかに睨んでくる。

「失礼。理解できないもので。隙間ができるのは己の読みが浅い証拠だろうが」

「(ムカ)たまに想定外のブロックがくるだろ?」

「たいていの画面では三個先までブロックが表示される。ある程度予測すればスペースを作ることは可能だ」

「(ムカムカ)そんでもさぁ?来て欲しくないヤツ来るし?ぜってー隙間はできるじゃん?ほら、あんじゃん?あの卍みたいなガチャガチャのヤツ?あれ嫌じゃん?」

「それでも隙間ができる理由じゃない。おまえはゲームだけに限らず日頃から冷静さが足りないから」

「(カチーーーーン!)はぁ?」

「本当のことを言ったまでだろうが」

「ちょっと体育館裏こいや?」

「上等だ」

 海斗と青空が睨み合っているので銀司が二人の頭をスパコーーーンと叩く。

(今はんなこと言ってる場合じゃないでしょうが!)

「あれ?」

「ん?」

 ブロックがどんどん重なってゆく。もちろん隙間もできている。お世辞にもこのゲームをプレイしている人間は上手とはいえない。ブロックをあちらこちらに散らばしているだけで消えない。ゲームオーバーのラインまで積み重なるのも時間の問題だろう。

「なぁ、これ」

「ん?」

「ゲームオーバーだとどうなんの?」

 最後の一個が積まれるとGAMEOVERの文字が画面一杯に表示された。テレビ画面が二つに分かれる。ゲームステージでブロックを避けて逃げ回っていたほうとプレイヤーだろうか?二人とも悲鳴をあげている。

「いやだああああああああ!!」

「うあああああああああ!!」

 ダン!

 ふたつとも画面いっぱいのブロックで埋め尽くされた瞬間、画面は真っ暗になり、何も映らなくなった。

「おいおい」

「嘘」

「今の……つぶされたってこと?」

「おそらくですが……」 

「え?なんそれ?積んだら詰み?」

「詰みは罪、かと」

「詰みを摘めということではないのか?」

「積みは詰み。詰みは罪。詰みを摘んでおけって?♪」

「だあああ!!ツミツミツミツミうるせえ!ツムツムだっていまどき流行ってねぇのに!」

「む?ツムツムとはなんだ?」

「兄さん!ちょっと今は黙って!!」

 兄弟の逃避もしょうがない。失敗すれば死が待っていると知ってしまったら笑えない!

 先ほどは隙間ができるのはあるある、なんて笑っていたが、確かに積み重ねすぎては最悪らしい。

「でもどうやったらクリアになるんだ?」

「そこですよ!」

 青空の疑問は皆にとっての疑問だ!なんとかゲーム開始までにクリア条件を見つけなければ!

『ルールはわかったかな?詰んだら終了ゲーム、はっじまるよぉ!』

「「「「「は!?」」」」」

(このタイミングで!?バカなの!?)

 考える暇(いとま)も与えてくれないなんて!最悪だ!!

『今の見てた?ヘッタクソだったよねぇ?』

「テトリ●は得意不得意あると思う。おれだって。やれって言われたらたぶん無理。緊張してりゃ誰だって失敗だってする」

『へぇ?ソラくんは優しいなぁ?』

「なぁ?ちょい教えて?」

『うん?なんだい?』

「画面の中でブロックから逃げてるヒトいたじゃん?あれ、実際にテトリ●のゲーム画面の中ってこと?」

『ピンポーン♪ゲーム画面の中のヒトは降ってくるブロックから上手に逃げなきゃいけない』

「さっきみたいに隙間に入ってたら?いいんじゃねーの?」

『んー?でもいつかは死ぬよ?』

「は?なんで!?」

『この落ちゲーも脱出ゲームなんだよね?だからあの画面から脱出できたらゲーム終了なんだ』

「は?」

『うん、わかる。だよね?さっきのヘタクソデモじゃ解りにくかったよねぇ?だから補足しにきたんだけど』

「なぁ、これ、フツーのテトリ●とどう違うん?」

『そこは自分らで考えて?実際のプレーヤーとブロックから逃げるのは一人だけど、残りの三人は口出ししてもいいんだから。で?プレーヤーは?決まってる?』

「俺がいく」

 海斗が立ち上がると

「中はおれがやる」

 青空が手を上げて笑ってみせた。

「ソラ……いいのか?」

「なんで。頭脳派カイト兄さんサマならできんだろ?『常に冷静』なんだろ?」

「あぁ」

「脳筋担当はおれだし?しょうがなくね?」

「だがーー!」

 反対しようとする樹に喋らすまいと青空が声をかぶせて笑いかける。

「だからこっちで脱出の仕方を見つけて?おれじゃ無理だから♪」

 弟は卑怯すぎる。代わる、なんて言わせてもくれない。こんな勇気が億で買えるわけがない!

「わかりました。ソラは死んでも逃げきってください。必ず、ですよ」

「俺がプレイするんだ。バカのミスでこっちが巻き添え食うのは許さん」

 海斗と青空と銀司がすでに結託しているなか、長男が軽率に意見を言える空気ではなくなってしまった。ルールも知らない自分よりよほど戦力だろう。

 だが、自分達が護るべき弟があんな危険な場所に行くのは辛すぎる。親のように育ててきたのだ。こんな形で別れるなんて有り得ない。そう、自分が行けばいいのだ。自分より年下は死んではいけない。だからーー!!

「あんさ?イツ兄もベニも、ちょっとは弟っつーもんを信用したら?」

「「……」」

「そりゃさっきの見たらおれたちが死ぬかもってパニクるかもだけどさぁ?それよりクリアする未来を見てくんない?」

 弟の髪が水色でよかった。空色の髪がキラキラでまるで太陽が傍にいるみたいで。希望の光がどこからか差しているようで。

「あぁ……」

「ごめん」

「あとまぁ俺に対しても普通に失礼だよな?」

「カイト兄さんは日本大会一位なんですよ?」

 海斗が長男次男を睨むので、末弟がクスリと笑っていると、「チャー♪」と大きな音量が会話を打ち切った!

 詳しくは表記できないが、「チャー♪チャララーララ♪」とゲームでおなじみのロシア曲調が流れだす。

「っし!行くわ!」

 青空がパァン!と両頬を叩いた瞬間、ヴン、と重い電子音が響き、姿が消えた。派手な水色の髪の弟は本当にゲーム画面の中にいる!まるでこちらが見えるように兄弟たちに手を振った後、両足を曲げては伸ばして両腕をぶんぶんと回してと全身運動に切り替えている。

「なにあれ。めっちゃ元気じゃん」

 ゲームはスタートし、見ていられないと苦し気な樹と紅緒を銀司が睨んでいる。

「悲観的なのは二人だけですよ。ソラもカイト兄さんもクリアする気でいます。先ほどの失敗サンプルがなんです?僕らが成功(クリア)するための材料(データ)じゃないんですか?ソラからしたら『他人が失敗した?だからどうした』ですよ?」

「ギン……」

「海斗兄さんがプレイして僕が謎解きをする。負ける要素がありませんよ」

 末弟のペットボトルに口をあてる指先が震えているが、大丈夫。勝利を確信した証拠だ!


 ガコン、ガコン、とブロックが詰まれては消される。なるべく平らにそろえて四段分を一気に消してを数分繰り返したころだろうか。

「おかしい」

「えぇ」

「なにが?」

「テトリ●はレベルアップするごとに落ちるスピードが速くなるが永遠にプレイできる。積み重なったブロックがラインをオーバーしたら終了なんだが……」

「なにがおかしいの?」

「最初から消すべきブロックなり、課題があればいいんだ。クリアする目安になる。だがこの永遠にブロックを積み消すパターンだと…」

「明確な『クリア』がないんですよ。ゲームオーバーするまで続きます」

「カイトは得意だからいいんじゃないの?」

「ソラが動けているうちはいいんです。でも体力切れで逃げられなくなったら……」

「ゲームオーバーって?」

「「……」」

「そんな!最初からイカサマだったというのか?」

「いえ!おそらく脱出する何かがあります!僕が見落としているだけです!」


 落ち着け!白い部屋は「出たい」といえば出られた。

 緑の部屋は最初から鍵があった。

 どちらも最初から苦労せず必ず出られるようになっていた!

 脱出できなかった連中はそれに気がつけなかっただけだ!

 おそらくこのステージも容易に脱出できる仕様になっているはずだ!

(落ち着け。何かヒントはある!必ずある!!)


 海斗はこのゲームが得意というだけある。今のところ四段消しが順調で、青空は真っ平なブロックを歩くだけで良くなっている。時々S型とZ型のブロックが落ちるが、すかさずL型とJ型で埋めては青空が歩きやすいよう平にするのだから、大したものだ。青空だって自慢の体力や運動神経を無駄遣いしないようにしている。樹は画面が見ていられないようだが、銀司はアラや裏がないかとじっと睨んでいた。

(今はいいけど。どれだけ続くんだ?)

 青空と海斗の体力や集中力もある。普段海斗がプレイするゲームのようにスピードがどんどんアップするわけでないのが幸いなくらいでーー。


「そうです!スピードです!」

「は?」

「普通は十段消すごとにブロックの落ちる速度が上がるんです!なのにこれはスピードが変わらないんですよ!」

「そりゃあ。みんながみんなテトリ●に慣れてるわけじゃないからさぁ?素人でもやりやすくしてくれてるんじゃない?」

「それもあると思います。ですがもう一つ!このゲームは脱出ゲームだと言っていました!普通と違う理由があるはずです」

「ソラがあの空間から脱出するにはブロックが必要とか?あ、もしかしてブロックが持てるとか?」

「なんのために」

「マ●オみたいにブロックがもてるとか?投げるとなんかいいことあるとか?」

 紅緒が肩をすくめてお手上げ、のジェスチャーをしてみせた。

「それです!」

「なんだって?」

「どゆこと?」

「仮説で良い、言え!」

 海斗は画面から目を離さず、声で弟を睨んでいる。

「ブロックを詰んでください!」

「は!?」

「なんで!?」

 樹と紅緒の声が荒くなったが海斗は冷静だった。

「……理由は?」

「最初から流れていたサンプル映像とアナウンスは『つんだら終了』でした。『ゲームオーバー』とは言われていません。本当に『積んだら詰み』ではなかったんです」

「……」

「『普通』この手のゲームは詰んだら終わりです。だから詰む=悪と、積み重ねれば死ぬとすら思っていました。ですがこの一連の脱出ゲームのクリア条件は『常識の逆』にあります」

「ブロックは消さずに積むのが正解ってことか」

「サンプル映像では階段状に積まれていました。落ちてくるブロックが遅いのは脱出のための親切設計なんですよ。――ソラ!聞こえますか!?ソラ!」

 大きな声で銀司が呼びかけるが、どうやら声は届かないようだ。こちらには振り向きもせず、天井と床(ブロック)だけを見つめている。

「決まりです。すぐに階段を作ってください。さすがにソラも察せるでしょう」

「わかった」

「出口はおそらくブロックが降ってくる天井部分です。オーバーラインあたりにきっとヒントがあるでしょう」

「あのラインをブロックが超えたら死ぬんじゃないのか?」

「ブロックがラインを越える前にソラが脱出するってことだろ?ジャンプだかなんかで!!」

「そんなことできるのか?」

「できるかじゃない!やるしかないんだ!」

 海斗が兄二人に怒鳴ったあと、ため息をついてみせた。このゲームをやっていない二人にプレイヤーの心労は理解できない。三男は八つ当たりに謝ろうとしたが、年長二人がそれを制した。

「だがどうして階段にするんだ?ギリギリまで積むこともできるだろう?その方がソラにとって安全じゃないのか?」

「全ブロックを無駄に積み上げれば底上げにはなりますが」

「『そうじゃなかった』時、取り返せなくなる」

「……なるほど」

 その瞬間、『二人ともゲームオーバー』なのだ。


 ギンの仮説が正解かどうかなんてわからない

 だが一つでもチャンスがあるのなら賭けるしかないじゃないか!

 


 これまで意図的にブロックをピラミッド型に積むなんてやったことがない。消すことが重視のゲームだし、積み重ねるのも意図的に消すためだ。詰むなんて屈辱以外でもなんでもない。

(落ち着け、焦るな)

 失敗したら自分だけじゃない。弟も殺してしまう。失敗してはいけない。絶対に、そう、絶対に、だ。

「うあ!」

 焦ったのか、そのまま置くはずだったZ型を回転させNにしてしまった。

(しまった!)

 ハメる予定だったL字型は失敗し、それでも容赦なくO(四角)型が降ってくる!咄嗟にT型をドスンと降らせたが、青空が避けなければ殺していたかもしれない。

(ヤバイ)

(どうしよう)

(どうしたらいい?)

 海斗の指が止まり、目が泳いでいる!

(次、次はーー!?)

「おい海斗!下手くそかよ!」

 大きな叫び声に呼ばれ、海斗の視線が画面の弟に移動する。

「わざとおれを狙ってんだろ!夏にカイトのアイス食ったのまだ怒ってんの?これで復讐のつもり?おい!!」

「なわけーー!」

こちらの声は聞こえない筈なのに。なんだってあいつは!!

「おれ、めっちゃ寛容だからクリアしたら許してやるよ!その代わり一位の座は俺に寄越せな!」

「――誰に言ってんだ?」

(情けない!弟に励まされるなんて!!)

 海斗が上を向いてふぅ、と息を吐ききると、唇をあげてコントローラーを握り直した。細かにブロックを消しながら階段は保ったまま、ガタガタだった表面は舗装されてゆく。

「ふざけんな。俺は最強の男だぞ?」

 もう大丈夫。固まっていた指先はほぐれ、視線は画面中央と三個先のブロックに向かっている。


「ねぇ、一位って?なんの話?」

「カイト兄さんは以前大会で世界一位をとったんですよ」

「え、いつ!?」

「昔、月に一度ほど皆でゲームセンターに通った時期があったでしょう?」

「あぁ、あったねぇ」

 ソラがダンスゲームだけはアーケードがいいと言うので樹や紅緒が車を出していた時期があった。いまどきダンスができる機械を置いている場所は限られる。ゲームのためとはいえ、家族旅行のように皆で車に乗って出かけたのは兄たちにとっては子守のつもりだったのだがーー。

「ソラがダンスゲームをしている間、兄さんがテトリ●の筐体で地元の一位を獲っていたんです」

「へぇ!」

「そこにいた常連からオンラインの日本大会に呼ばれたんですよ。どうもイベント関係者だったらしくて。で、兄さんが参加したんです」

「カイが?そんなことしてたの!?」

 一番上の兄貴レベルに真面目一辺倒な弟だと思っていただけに!紅緒が目を丸くしている。

「日本大会で優勝したあとは世界大会で一位になったんですよね?」

「えぇ?それずっと黙ってたのかい!?すごいことなのに!」

しゃべったな、と海斗が睨むが銀司は悪びれもせず笑っている。

「ゲームで学校をサボったなんて言えるわけないだろう。樹兄さんが知ったら気絶モンだ」

「まぁねぇ?嬉しすぎて倒れただろうね?赤飯炊いちゃったかもねぇ?」

「む」

 予想がつく。母親がわりでもあった長男なら東大に受かったように騒いだに決まってる。鯛のお頭はなかったろうが、三男の好きな唐揚げくらいは作ったかもしれない。

「だからだよ。二人が俺たちを養ってくれてるのにゲームで学校をサボった罪悪感もあったし……」

「高校生は社会人だろ?好きなモノのために自分の意志で学校を休んだ方が兄さんは喜んだと思うよ?」

「ソラもそう言ってました」

 恥ずかしいのかゲームに集中しているふりをして目を合わせない。だが、唇が嬉しそうに笑っている。

「おかげでしばらくは大変だったんですよ?兄さん相手に毎晩ゲームしては負けて。アルゴリズムがどうのこうのなんて正論、あのバカに通じるわけがないのにーーーー」

 銀司が二人に巻き込まれて散々だったと笑っている。

「よし!行け!ソラ!」

 天井までの階段が出来上がったことで、クリアの仕方が伝わったようだ!あとは青空が登る間、降ってくるブロックでラインを消しすぎないよう、かつ詰んでしまわないよう、慎重に積み重ねるだけだ!

「うおおおおお!」

 ブロックを一気に上ればーーーー!

「見えた!たぶんこれがゴール!!大丈夫!」

 ゲーム画面に映るブロックが超えてはいけないラインはバーになっており、すぐ上には足場があって人が乗れるようになっている!

「よ!」

 最後は足場の淵からよじ登って足をあげ、青空の姿が見えなくなり。

「もういいぞぉ!」

 声を確認してブロックをラインの上まで積み上げて見せれば(ガシャン!ガシャン!ガシャン!!)

【 END】

 ゲーム終了の文字が映るのと同時に水色の弟が皆の目の前に現れた!

「やった!」

「ーーっしゃ!」

 銀司と紅緒がガッツポーズをとる横で、青空と海斗がパァン!と勢いよくハイタッチしてみせる!あぁ、もう絶対感動の兄弟愛じゃん!

――のはずが、なぜかお互い胸ぐらを掴み合ってるんだが?(どういうことなの?)

「おおおおお?よくも殺しかけてくれたな?」

「あのアイス食ったのテメェだったのか?俺はアニキか兄さんだと思って許してたんだが?」

「あぁ?アイスくらい買えんだろうが。こちとら高校生サマなんだよ。常に腹減ってんのよ?カネがねーんだ?しゃーねーだろ?うじうじうだうだ、女の腐ったよーなこと言ってんじゃねーよ!!」

「風呂上りにアイスがなかった時の絶望を知ってんのか?手持ち金がないのはテメェの金銭管理の問題だろう?弟だからって窃盗罪が免除されるとは思うなよ?●されたいのか?」

「ああ?」

 ごん!

「「@#$%^&*()_ーーってぇ!!!!」」

「ソラが悪い。謝りなさい」 

 樹のゲンコツで喧嘩は強制終了せざるをえなかった。

「まったく。ソラもカイトも……無事でよかった」

 ずっとハラハラし通しだった樹が弟たちを抱き寄せる。まぁね?こんな長男の表情を見てしまったらさ?喧嘩なんてしていられないよね?

「本当にーー生きていてくれてーー」

「「……うん」」

 海斗と青空が自転車で転んだだのそのたびに見せていた表情と同じ。男だからわんぱくでいいとか口では言いながら、弟たちが血まみれで帰ると気絶しそうだった長男はあの頃と変わっていない。長男のおかげで青色兄弟の喧嘩がうやむやになってしまうのも。

 ダン!

 まるで何かを切り落とすかのような大きな音のあと、モニター画面は九分割にされどの画面も血まみれでいっぱいになった。

「これはーー」

「他のチームでしょうか」

 ドス赤黒い【END】画面は容赦なく切り替わっては映されてゆく。

「みんな死んだったってこと?」

 全員が言葉を失っていた時。パパーン!と電子音が鳴って、また天から声が降ってきた!

『おめでとー!!すごいねぇ!クリアしちゃったねぇ!』

「「「「「……」」」」」

『見事な兄弟プレーだったなぁ。うーん!他の連中にも見せたかった!最初の映像がヒントだと気がついた銀司くんは素晴らしかった。青空くんも、ブロックをもちろん!だが何より失敗をリカバーした海斗くんこそMVPだ!君らの映像こそサンプルになるべきだ!今後のグループのためにも今回の映像は利用させてもらうよ!』

「「「「「……」」」」」

『あれ?許可とかダメだった?みんなでシェアとかイヤ系?けっこうみみっちい系?』

「そうじゃない!そうじゃなくてーー」

 全然嬉しくない。褒められた気がしない。

『いやさぁ?なかなか君らみたいにうまくはいかないのよ?みんな必死でブロック消しちゃってさぁ?体力切れかプレッシャーに負けてプッツンなの♪こっちは最初から脱出ゲームだって言ってたのにねぇ?国語の授業とか受けてこなかった子達だったのかな?』

 他人事とは思えない。死ぬのは自分だったかもしれないのだ。海斗だって最初は普通にブロックを消していた。銀司だって最初は見抜けなかった。笑えるわけがない。苦しそうな弟たちになんと声をかければよいかと次男が悩んでいた時。


「オメェら性格が悪いぞ!」

『そうかな?ヒントもあげてたし、それなりだと思うんだけど?一応、この空間に呼ばれた人間がクリアできるようにゲームを作っているわけだし。ダメ?』

「だめだ!」

『えー?じゃあ悪いのは君のアタマじゃないの?』

「「「「ぶ」」」」」

「おめーら!どっちの味方だよ!」

「すまん」

「ごめん」

「正論すぎて」

「客観視に敵も味方もありませんよ」

「ちぇ」

『なんにせよクリアおめでとう。また明日もゲームがあるから休んでよ。もちろん報酬金も払われている。ま、今夜は美味しいものでも食べたら?そこそこ大切にされている自覚も持ってくれよ?』

 ボロン♪電子音と共に天の声は退場してしまった。青空が呼んでも応答がない。


「まぁまぁ♪なにはともあれ、じゃないか」

「うわ!」

 年長三人にはビール、弟二人にはコーラが用意され、兄弟たちがグラスを傾けあう。なんだかんだクリアしたのだ。冷たく甘い炭酸はシュワシュワと指先まで染み込んで!爽快感がカラダ中を駆け巡る!

「ーーっめぇ!」

「んああああ!!」

「キますね」

「ソラが喰いたければメシも食えるぞ」

「まじ!?」

 いつから仕込んでいたのだろだ?キッチンに置かれた大きな鍋には樹お手製のカレーが煮込まれている!

「私はゲームでは役に立てないからな」

 兄弟の母親代わりを自称してきた樹ならではの心配り。カレーと並行して牛丼の具材が作ってあり、その横には鍋から炊いたご飯とか最強の布陣に約一名が心よりも胃袋を踊らせている!

「おれ、食う!!」

 青空は早速大きなお皿にカレーを盛り付け喰らい出した。海斗や銀司はまだ心を落ち着かせたいらしく、パクつく三男に呆れを通り越した眼差しを送っている。

*****************


 腹も膨れ、皆で四男を誉めそやし終えたころ、樹が口を開いた。

「それで。今日のことで、なにかわかったことはなかったか?」

「ううん?まぁあちらさんのツッコミが割と好きだってことかな?」

(ムカ)わかりやすく青空が睨んでくるので紅緒は楽しそうに笑っている。

「これは完全な僕の主観です。今のところ、全て『脱出ゲーム』ですよね?」

「ああ、それはオレも思った!」

「だからこの先もどんなゲームがあろうと最終的には脱出ゲームかと」

「そう思わせておいて今度は違うゲームになるかもしれないがな」

 早合点にならないよう海斗がいさめるが、銀司は悔しそうに頷いた。憶測は憶測にすぎない。まだ二つしかこなしていない。分析するには材料が乏しすぎる。

「たださ?これもオレの主観なんだけど?」

「なんだ?」

「一個目の脱出ゲームも二度目も割とオーソドックスってゆーの?プログラミングがシンプルすぎってゆーの?なんか手の混み具合がかえってレトロってゆーの?いや、手は込んでないんだけど、気が利いてるってゆーか……」

「元祖系?」

「そう、それ!」

 青空のひとことに紅緒が嬉しそうに笑う。

「悪く言えば『単純』だけど、よく言えば『わかりやすい』だよね?」

「確かに……」

 言われてみれば最初の脱出ゲームもテトリ●も、ごくごくシンプル。令和の子供に媚びたぬるぬるアニメや複雑な3D映像も、説明をかねたチュートリアルも必要なさそうだ。

「まだ二つしかやってないからなんとも言えないけどさ?」

「へんだよな?スプラトゥー●みたいなヤツのほうが見てる分には面白そうなのに」

「どういうこと?」

「え?だってオレらは見せモンなんだろ?ぶっちゃけ殺し合いで血がブシャ―!のがおもろくない?フツーはそーゆーのが見たいんじゃないの?目の前でストⅡ的な?グラディエーターとかもともとそーゆーのだろ?」

「「「「……」」」」

「なのにあいつら、そーゆーことさせねーだろ?おれらのパニックを笑ってる。カブトムシとクワガタでバトらせんじゃなくてアリ地獄の巣にアリを落して遊ぶ、みたいな?マジ性格わりぃよな!」

「「「「……」」」」

「……あれ?なんかマズった?」

 力説に四人が黙ってしまったので、三男は焦っている。

「こーゆーとこだよねぇ♪」

「ギン、すまない。俺が悪かった」

「いえ。僕こそ申し訳ありませんでした」

「なんで!?どして!?」

 なんでおれが悪いみたいな空気?なにした?

「ソラって一発でウォー●ーを見つけちゃうタイプなんだよねぇ?アホのくせに」

「知恵の輪も解けるんだよな。アホのくせに」

「そういえば無駄にポーカーも強いんですよね。アホのくせに」

 兄弟の三人は睨むだけで青空の質問に答えてくれない!置いてけぼりの四男を樹だけが撫でてくれる。

「お手柄だと言っているんだ」

「は?なんで?」

「おそらく明日も、その先も脱出ゲームはある」

「そもそもこれが『運営からの脱出ゲーム』かもしれないって確信できたんだよ♪」

「そなの?」

「ソラがアリ地獄と例えてくれましたから」

「どこかで蜘蛛の糸が垂らされることを待つしかないな」

  


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