第3話 サンサンサン(三・注・陽)
あの狂った悲鳴や、狂気の成れの果ての殺しあいも、天の声にかかればたった七文字で済まされてしまうなんて。
「この部屋は随分と快適ですが、光熱費はどうしたらよいですか?」
『まーじーめー♪なにそれいいこ。まぁまぁ、大丈夫よ?そのへんは』
「欲しいものがあったときの買い物は?どうやってすればいいの?近所のスーパーでも行けるの?」
『モニターのカートのアイコンをタッチしてよ。買い物できるようになってるよ♪』
「おおお!」
声の通り海斗と青空がモニターのアイコンに触れるとネットショッピングの画面に切り替わった。コンピューターオタクの海斗はスワイプしてはタップしてと試している。
このスーパーは巨大密林よりはずっと簡素だが、わかりやすく使いやすい。右上の数字が件の報酬金だろうか。100万円と表記されている。
「あなたのことは?」
『?』
「僕らはあなたのことをなんと呼べばいいですか?マスター?支配人?お父さん?神様?」
『うーん。それについてはまた今度でいいよ。こちらで決めておくから♪』
デュルルルン♪
どこかで聞いたような音とともに天の声が退いたので、5人はいつのまにか用意されていたL字型の巨大ソファに身を沈めた。
「どうです?手ごたえは」
「まぁまぁ、か?なんとなく解ったことがあった程度だ」
「人数か?」
樹の低い声に海斗がうなずく。
「ああ。おそらく三人以上だろう」
「は!?なにそれずっと考えてたの!?」
樹と海斗はずっと黙って聞き役や分析役に徹していたこと、交渉人として銀司と紅緒が出張っていたことに青空は今更気がついたらしい。
「なぜ三人以上だと思った?」
「最後の呼び名の件だ。『こちらで決めておく』といった。話し合いが必要だということだろう?二人以上の可能性が高い」
「『呼び名などどうでもいい』という意味にも解釈できそうだが?」
「どうでもいいなら『今度』『決めておく』なんて言わない。俺達のいいように呼ばせるか、あちらがその場で決めるはずだ」
ふぅ、と煙草の煙を吐くようなため息をついた長男と三男に向けておつかれさん、と紅緒が水のペットボトルを渡すと、二人ともゴッゴと一気に飲み干す。
「なんで?あっちは二人かもじゃん?もっとなんかコレ!的なのは!?」
「こちらの憶測になってしまうが……部屋数とボーナスだな」
「なるほど」
「おれにもわかりやすくちょうだい!ください!くれ!」
海斗の一言に末弟がうなずいているが、青空は納得できていない。知ったかぶりしない&説明を求める姿勢、大事。
「用意されていた脱出ゲームは白・緑・赤の部屋だった。部屋数はいくつだ?」
「みっつ」
「ボーナスは?いくつだった?」
「金とステージ免除。ふたつだろ?」
「情報もですよ。目に見えるものだけが報酬とは限りません」
「はぁ」
「また三つ、だね♪」
「だから、だ」
「はぁ?それでなんであっち側が三人ってなるだよ!わかんねぇ!もうちょっと詳しく!」
(わかれ、ばか)
言葉を飲み込んだ海斗が苛立ちかけているが、自分が天才すぎるのだと暴力的自己肯定で怒りを逃してみせた。
「例えば運営が二人組だとする」
「うん」
「二人なら報酬は二つか四つになるんだ。あくまで『大抵』の場合だが」
「なんで?」
教え下手の三男を見かねて紅緒が横入してきた。
「例えばさ?ギンとソラで料理を作る。一人一個ずつ作れば全部でいくつ?」
「二つ」
「一人二個ずつなら?」
「四つ」
「ソラだけ二つ作ってギンは一つってアリ?」
「ぶっちゃけナシ。だってケガとかじゃないんだろ?なんでおればっか、とは思うよ?おれが小鉢なだけだけどさ。」
「いやいや。それが正解だ。そういうことなんだよ♪」
「はぁ!?」
「じゃあもう一個♪樹兄さんがお土産を買ってきました♪ソラには一個、ギンには二つ。気分はどう?」
「ムカつく」
「ソラが焼肉に行きたいと言いました♪でもギンが寿司が食いたいと言ったので寿司になりました。何度もギンのリクエストばかり採用されてソラの行きたいところはいつも却下されます♪ねぇいまどんな気持ち?」
「イツ兄ぶん殴って出て行ってやる」
例えだってのに、樹が複雑そう。
「わかる?『あくまで』対等な関係の二人のうち、どちらかだけが得をし続けると片方に不満が生じる♪その時点で対等な関係は成立しなくなるんだ」
「そりゃそうだ」
青空が頷くと海斗が両手で三本ずつ指を出した。
「それで、だ。部屋の数が三つ、報酬が三つということは?」
「提案は一人一個?」
海斗が正解だ、と頷く。
「一人一個ずつ提案して合計三つ♪なら提案者は何人でしょう?上下関係は?あると思う?」
「三人?……対等な関係ってこと?」
「そゆこと♪」
「えぇ!?そんなんある?」
「もちろん向こうが三人組とは断定できない。例えば三人が発案側で一人がプログラマーかもしれない」
「だから三人以上。少なくとも二人組ではない、と言ってるんだ」
「はへー……」
自分がたこ焼きかピザを注文したいと考えていたとき、兄たちがこんなことを考えていたとは。感心はするものの劣等感は感じない。もともとデキが違うのだ。
青空が納得したところで、海斗と銀司がポンポンと意見を出しては樹が話をまとめて進行しだした。二人がイラつきそうなら紅緒がやんわりと間に入る。これでよくできているのだ。
話し合いは四人に任せて自分はピザでも注文しておこう。テリヤキに明太もち、マルゲリータは絶対。注文者権限としてプルコギとなんかよくわからんけどめっちゃチーズのった美味そうなやつな!(おっと、ポテトも忘れずに)兄弟が好きなメニューを時間指定で注文し終えたら、青空は緑の部屋に向かった。
************
「ここにさ〜♪」
青空がチェストの一番上の引き出しの二重底を開けると、5本のペンとA4サイズの用紙が入っていた!
「ペンとメモ、ゲット!」
ナレーションを自演しては一人でゲーム気分を盛り上げている。謎解きや脱出系ゲームにおいてチェストやタンスは必ず設置されているし、たいてい重要アイテムが入っている。(初見で見逃しても後で必ず見返さなきゃいけない時があるほどに!)
先ほどとは状況が変わった。話し合いにはメモが必要。つまりこれは重要アイテムなのだ!
「さっすが~★ソラくんカッコウィー★」
「ソラ選手!どうしてそんな活躍ができたんですか!?」
「自分は弟のゲーム画面を見てきただけですから」
ひとりで茶番をしていた青空の笑顔が曇る。
なにも知らずにこの空間に来た人たちはどうだったんだろう。
今の時代、ゲーム以外にもレジャーなんてめっちゃある。スポーツ、漫画、映画、音楽。そっちが好きだった連中にノーヒントでクリアしろって。
……無理じゃね?ヤベーヤツじゃね?
他のチームはどうなっただろう?壁に血がついてた部屋がいくつもあった。思い出すだけで胃と指先が冷たくなる。青空はブンブンと頭を振って余計なことを考えるのをやめた。
普通ならキチガイ案件な状態で炭酸が飲みたいと呑気なことを言うのは自分くらいだ。でもそれは頼れる兄貴たちがいたからで。コーラとペ●シが出てきたからギンが謎を解けた。自分は本当にたまたま運が良かっただけだ。多分、一緒に来たのがクラスの連中や部活のメンバーだったらダメだった。殴り合いどころか、銃で殺し合っていたかもしれない。オンナノコがレイプされていても護れただろうか?護ろうとしてカッコつけて殺されてーー脱出なんか無理だったかもしれない。
(そういや 全クリしたら どうなるのか聞いてなかったな)
(あとでみんなに相談だ)
***********
(見慣れてくると緑の部屋も悪くないじゃないか)
真緑は趣味じゃないが、最初のなんもなかった真っ白の部屋のときの方がヤバかった気がする。
(なにあれ精神と●の部屋?五人でなにするよ?UNO?UNOねーし!)
青空はテーブルをひっくり返し、蝶番の金具、ビス、釘までも隅々までジロジロと見つめ出した。それからチェストの中、時計、カップの裏を。何度も、何度も見直す。
(なにか見落としていないか?)
(数字、漢字、英語表記、ロット番号でもなんでもいい!)
(なにか!)
***********
「はーあ」
自分だけ兄弟会議に参加していないことは気にしない。ギンやカイトのように頭は良くないし、イツ兄みたいに落ち着いてない。ベニオみたいに口の回転も良くない。
おれみたいなボケ担当は昔でいうキレンジャーポジション。いまどきの赤レンジャー?あ、知ってる?最近の赤レンジャーって昭和のオラオラリーダー系じゃないのよ?どっちかってゆーと赤レンジャーって頼りないお笑い担当なの。だから他のメンバーが異能で赤を支えてみんなで助け合おうって方針なのね?そうそう、だから俺は青空って青色属性の名前だけど赤レンジャーか黄レンジャーポジション……ってややこしいわ。なに言わせんだ。
ま、ようするにアレ。映画で助けた女の子とセクロスできるヒーロー枠じゃないってことだ。
知ってる。わかってる。この空間にもおこぼれで来たんだ。
だったら大人しくサブとして仕事しようじゃないっすか?
え?十七歳で悟ってるって?
すごい?真似していいよ?
そりゃさぁ?デキる兄弟たちを持つと大人にならざるを得ないのよ?
ひがんでいいことないからさ?
バカな弟のフリが上手くなってくのよ?
****************
「ねぇわぁ」
結局、青空が新しくなにかをみつけることはできなかった。
さきほど皆がいるときに見つけた紅茶、ドリップコーヒー、日本茶に白い湯沸かしポットといった休憩セットは置いておいても。ちいさな青色の積み木が数個、緑色のケースに入ったトランプ、赤色の百円ライターなんて役に立ちそうで立たないものばかり!特に意味深で特別珍しいものも見当たらなかったし、鍵がかかった引き出しは開きそうにない。
「んあ~~!」
青空がゴロンと寝転がりながら伸びをした時。
「なにやってんの」
紅緒が覗き込んできた。弟がいつまで経っても戻ってこないのを訝しんだらしい。
「探索?なんか見つかんねぇかなぁ?って。あ、メモとペン、テーブルの上にあったよ。会議にいるっしょ?持ってって」
青空が指差すテーブルにはコピー用紙の束とペンが5本置いてあるのを見て紅緒が目を丸くした。この部屋にあったのか?よくさっきの状況で「なにか探そう」と思えたものだ。
「一人で探索してたのか?」
「おう。おれもやれることやるっきゃねぇだろ」
「そっか」
思考の整頓にはペンとメモが必需品だ。けれどあの場で誰もが忘れていた。白い部屋には何もないと思っていたし、自分たちに役に立つものが「ある」とは思っていなかった。「出てこい」とも思わなかった。「ないからしょうがない」程度だった。「役に立つものがある」と行動した弟にどれだけ四人が救われるか。
「……ソラはすごいな」
「は?なんで?そんでさ?会議ってこっちでやった方がよくね?ほら、ここ、コーヒーあったろ」
「言っておく」
確かに四男は策謀タイプじゃない。だけど立ち位置がわかってるヤツは馬鹿じゃない。自分が特別だと思いたがる今の時代、優れた頭脳プレーヤーのための行動力は一億円出しても買えないんだ。
*************
紅緒が皆の会話が一瞬止まったのを確認すると、あえて音を出して紙束を見せつけた。
「ソラがペンとメモを見つけた。渡してくれって」
「そんなものがあったのか」
先ほど見つけられなかったとは。どれだけ焦っていたんだ。
樹が驚きながらもどこか嬉しそうに笑っている。
「ソラはなにをやってるんだ?」
「探索してた。あっちを会議室にした方がよくないかって言って、なんか模様替えしてる」
「発見してすぐに渡しに来ないのがアイツらしいな」
「とんだ脱線じゃないですか」
「手柄を平気で他人に与えられる、とも言うぞ」
家族内で伝言役が出来なくて叱られたことが何億回あっただろう。代わりを務めた銀司が褒められたことが何億回あっただろう。ついさっきまでの平穏な日常に四人が笑う。
「それとピザの注文をしたって。もうちょいで届くっぽいよ♪」
「「「え?」」」
全員がモニターに振り向けば、画面には受け取り指定時間まであと10分と表記されている。
「考えても仕方ないこともあるからさ?休憩にしないか?」
四男からの強制終了に、全員が従った。
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