別離

@niwakasennbei

第1話

 ゆさは同じ大学の1つ上の先輩で、付き合い始めて1年経った頃、彼女は先に大学を卒業し、就職で上京した。彼女は内装デザインの会社で働き始め、僕は福岡に取り残され、1年後大学を卒業したら、ゆさがいる東京で暮らそうと思った。

この距離と離ればなれの1年間をなんとか埋め合わせようと、僕たちは週末のテレビ通話、仕事からの帰り道の電話、毎日の「おはよう」「おやすみ」のメッセージにを送り合う。

「仕事はどう?今日は忙しかった?」

「上司から締め切りが近い仕事を頼まれて、バタバタ仕事してるよ。今度、大学の上京組で呑み会があるみたいでさ、行ってくるよ。」

ゆさの声は弾んでおり、新しい東京生活を謳歌しているのだろう。

僕は彼女がすごく大人になった気がして、訳もなく、今まで読んだことがないビジネス書を読むようになった。仕事もせず、学生と言う身分でフラフラと過ごしてるだけの僕は本を読んで、仕事を頑張ったかのような偽りの充実感に浸った。


「誕生日は一緒に過ごそう?東京においで。そして週末に熱海の温泉旅行にでも行こうよ。」

ゆさから電話で言われたのは、4月の終わりごろだった。

「おー。いいね!嬉しいよ。僕の誕生日の週、平日は授業休むからさ、東京観光してていい?」

「いいよ。私も寂しいからきてくれるの嬉しいよ。主夫をしておくれ。」

ゆさの声のいつもの弾んだが声が返ってくる。

僕は格安航空券を購入して、東京へ。格安航空券は成田空港発着のものが殆どで、成田空港からゆさが住んでるマンションのある武蔵新城駅へ向かう。

待ち合わせはゆさの仕事が終わる20時頃だったため、近くのカフェで本を読み、時間を潰す。職場は浜松町にあり、片道電車で1h程。電車の乗り継ぎの回数が少ない場所で探して、とりあえず武蔵新城に住むことにしたららしい。

東京の華やかな印象はなく、どこか地方の商店街の雰囲気がある街である。

20時頃に仕事終わりのゆさと合流して、マンションに向かう中、ゆさはネパールのカレー屋、激安の海鮮丼屋を指差しながら、おすすめをする。

「ここ、この前食べたけど、美味しかったよ。時間ある時に食べてみて。」

「海鮮丼、美味しそうだね。」

ゆさが仕事に行ってる間は上野、代々木、品川、池袋・・・思いつく街に行ってフラフラと散策をする。一度だけゆさと一緒に朝の通勤ラッシュに揉まれながら、職場がある浜松町へ行った。

ゆさの会社の近くまで行き、出勤をするの見送った。スーツ姿でいそいそと職場へ行く彼女の後ろ姿が羨ましく思える。ビル群の中のキラキラした1棟のビルに入り、僕が知らない優秀な人たちと仕事をして、成長していく姿。


 土曜日の朝、品川駅から熱海駅までの往復切符を購入し、ホームへ向かう。週末で人が多かったので、確実に2人一緒に座れる指定席にし、新幹線の窓から見える湘南の海はどこまでも広く、太陽の光が反射してキラキラしている。行きの新幹線ではお酒は我慢して、旅館で温泉に入ってから一杯やろうっと2人で約束をしていたので、駅のコンビニ、社内ワゴン販売ではお酒は買わず、代わりにお茶とお菓子を少し買って、熱海に着いたらどこに行こうか、何をしようかをぼんやりと話し合った。

熱海駅に到着する。熱海駅は思っていたより小さく、昭和の雰囲気が根強く残っていた。改札を出ると様々な旅館のスタッフさん達が送迎バスを準備していて、宿の名前が入った旗を掲げている。僕たちのは「聚楽」と名前の旅館で、駅から歩いて15分程の場所だったので、商店街を散策してから宿へ向かう。


 旅館のロビーからは熱海の海が見え、チェックインを済ませると、淡い紫色の着物の中居さんに客室まで案内され、大浴場の入浴時間などの説明を簡単に受ける。ゆさが真面目に聞いていたので、僕は窓から見える海を眺めていた。

中居さんが一通り説明を終え、客室から出ていくと、

「大浴場にいく?ここで先に入る?」

ゆさは客室のテラスにある露天風呂のお湯を手でチャプチャプしながら言う。

「せっかくだし、ここで一緒に入ろうよ。客室に露天風呂あるのはじめて泊まるし。それとさ、宿代は割り勘にしなく本当に大丈夫なの?」

「宿代は大丈夫だよ。社会人の力さ!じゅあ、早く露天風呂に入ろーー。」

ゆさは恥ずかしげもなく、先ほどまで中居さんがいた客室で服を脱ぎ始め、僕もそれと合わせるように脱ぎ、客室の窓から直接、テラスにでる。木目調の樹脂デッキの凸凹が足の裏で感じるのと同時に5月のまだ冷たい風が身体を撫でる。ゆさの身体は綺麗で、刺激的で、着痩せする方なのだろう。男性が好むような身体付きで、ゆさの元彼たちに嫉妬した。僕がゆさを独り占めできたら、どれだけ幸せか。

先にゆさが湯船に入り、

「気持ちいいよ。早くきてよ。」

「ちょっと、待って。」

僕は軽く掛け湯をしてから、湯船に浸かる。

お湯が行きよいよく溢れ、ザーっという水の音が心地よく、お湯の中でゆさの手を握って、そのままの勢いでキスをした。


お風呂から出たら、浴衣に着替え、夕食まで後1時間程であったので、客室でゆっくり過ごすことにして、客室の冷蔵庫に入っていた瓶ビールをあけ、2つのグラスに注ぎ、喉を潤した。

しばらくして、「失礼します。お料理をお持ちしました。」と、先ほど案内をしてくれた中居さんの声が部屋の外から聞こえた。

夕食は部屋食で、座卓の上に食事が並べられ、最後に中居さんが飲み物を聞いてくれたので、冷酒をお願いした。料理はお刺身、豆腐、天ぷら等でどれも日本酒に合いそうだった。

食事が終わる頃、

「プレゼントがあります!」

ゆさは大声を出すと、旅行に持ってきたバックの中から綺麗に梱包された箱を取り出し、僕の方に差し出した。

「ありがとう。こんなにしてもらって、申し訳ないくらいだよ。」

僕は笑顔をつくって、笑顔をゆさに向けてから、プレゼントを受け取った。

シンプルで綺麗な腕時計。ゆさがいうにはヤコブセンという北欧の有名なデザイナーが手掛けたものらしい。

「これから就職活動をする中で時計も見られるさ、奮発したよ。」

ゆさは僕が試しに腕時計をつけているの様子を見ながら、屈託のない笑顔で言う。

「ありがとう。一生大事にするよ。」

その晩は2人で抱き合って眠りについた。


 翌朝、チェックアウトを済ませ、熱海駅から品川駅に向かう。

ゆさは明日から仕事なので、早めに東京に戻り、解散することになっているのだ。

僕は一度、ゆさのマンションに寄り、荷物をとってから成田空港から福岡行きの便に乗り、再び、テレビ通話をしたり、毎日のように「おはよう」「お疲れ様」のメッセージを送り合い、遠距離恋愛の日々に戻る。

東京熱海旅行から2週間程して、ゆさからメッセージがきた。

「別れたい。ちゃんと話てから別れたいからさ、今晩電話できる?」

晴天の霹靂だった。後ろからいきなりバットで殴られたような衝撃。

旅行ではあんなに一緒にいて、溶け合っていたのに。


会いに行きたいなら、行けばいいと思った。電話じゃ駄目だと。

自分の心を押し殺して、会いに行かないことは、後悔すると。

風が吹くと街路樹がざわざわと音を出している中、僕は駅へ向かい、

アルバイトで貯めたお金と今月振り込まれた奨学金の大半を使い、福岡から東京行きの新幹線に飛び飛び乗る。途中、ゆさに東京まで会いに行くことを伝えていない事に気づき、「会ってから話そう。今日、会いに行くよ。」とだけメッセージを送る。

あと1年もすれば、僕も東京に行き、一緒に過ごす事ができるのに。会った時にどんな顔をすればいい?なんて言えばいい?どんな言葉をかければ繋ぎ止められる?この前の旅行の時に何か嫌な事をしてしまった?

頭の中で色んなことを考えたが、東京に着いても答えは出なかった。

ゆさとは夜、品川で待ち合わせをした。僕は先にお店に入り、お店の場所をゆさにメッセージで伝え、アルコールを飲みたかったが、ゆさが来たときにアルコールで顔が赤くなっていたら駄目だと思いソフトドリンクを飲みながら、ゆさがお店に来るのを待った。

1時間程して、ゆさがお店に到着する。

いかにも仕事終わりの女性って感じで、カジュアルスーツにベージュのトレンチコートを羽織っている。

「ごめんね。驚かしちゃって。東京にくるなんて、私もかなりびっくりしちゃったよ。」

ゆさはコートを脱ぎ、微笑みをつくりながら、言う。

「いきなり来てごめんね。電話じゃ駄目だと思ってさ、どうしても会いたくて。」

「うん。とりあえず、なんか頼もうか。」

アルコールを2杯注文した。ドリンクがくるまでの間、いきなり本題に入るのは躊躇いがあり、普段の何気ない話を続ける。

「今日、仕事忙しかった?」

「うんうん。今日はそこまで忙しくなかったよ。今日はさ、飛行機で来たの?」

「新幹線。急だったからさ、とりあえず新幹線に乗り込んだよ。」

そんな話をしていると、女子大学生らしき店員さんがドリンクを運んで来てくれた。

ごくり。冷たいあるアルコールが緊張をほぐしてくれる。

「あのさ、別れたい。今はどうしても恋愛に気持ちが向かなくてね、仕事に集中したの。」

「僕は別れたくない。来年になればさ、僕も東京へ行くし。この前の旅行の時、すごく仲良かったに。」

「遠距離ってこともあるし、気持ちを続けさせるのがきついの。」

ゆさを繋ぎ止める為に色々と話したが、ゆさの気持ちは変わらない。

僕はどうしようもない未練が心に残り、ずるいお願いをする。どうしても抱きしめたい。そんな気持ちが抑えられなかった。

「わかったよ。その代わり、今晩までさ、彼氏彼女でいよう。2人の最後の日。明日の朝、別れよう。朝、福岡に戻るから。」

その晩、僕はゆさの家に泊まり、抱きしめて、キスをして、溶け合った。肌と肌がくっつき、お互いの体温が伝わりあうと心地よくて、ずっとこの時間が続いて欲しかった。いつの間にか眠りにつき、目が覚めた時はもう朝になっていていた。ゆさの顔をしばらく眺めてから、起こしてあげる。

「そろそろ起きる時間だよ。」

ゆさは寝ぼけながら、「ありがとう。」と言う。


支度をして、マンションを一緒に出て、駅まで向かう途中、

「今までありがとうね。ゆさと付き合えて嬉しかったよ。」

「私も。こちらそありがとう。」

そんな感謝の言葉を交わしながら、いつもよりゆっくりと歩く。

駅に着くと、改札口で別れ、通勤する仕事着姿の人達の中に消えていく彼女の背中を見送った。

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