第4話 白い服の男
何て日なんだと俺は思う。誰かに刺されて死にかかり、瀕死の状態からそれを治してもらい、最後に幽霊と会う。
「……信じられねえけど、お前、幽霊か? 一体、何なんだ」
「うんと、よく分かんない。でも、あいなは死んじゃったんだって。白いお兄ちゃんが言ってた」
白いお兄ちゃんって誰なんだとの疑問もあったが、俺は他の疑問を口にした。
「幽霊が何で俺に見えるんだよ?」
根本的な疑問だった。幽霊とやらを信じる信じないではなくて、何故そんなものが見えるのかが分からない。別に直近でドラッグを使った記憶もないのだ。もっとも、信じるということでいえば、幽霊とやらが見えているのだからそれを信じる他にないのだが。
あいなは俺の疑問に首を傾げるだけで、解決にならなかった。
俺は軽く溜息をついた。死にかかっていたはずが、何故かこうして無事なのだ。今更、幽霊が見えたところで驚く話じゃないのかもしれない。俺はそう思うことにした。
俺は軽く溜息をついて再び、あいなに視線を向けた。
「なあ、お前は何で死んだんだ?」
「うんと、よく覚えてない。ベランダに出されて、寒くて、とても寒くて。お腹も凄く空いていて、手も足も痛くて……それで眠って、起きたらママにはあいなのことが見えていなかった。あいながいるのに見えていなかった……」
あいなの顔が悲しみからか大きく歪んでいく。
あいなの言葉と共に、俺の中で嫌な記憶が呼び戻される。終わることがなく繰り返される怒声と暴力。妹の泣き声。いや、あれは俺の泣き声だったか……。
「分かった、もういい。悪かったな、嫌なことを思い出させたな」
俺がそう言うと、あいなは頭を左右に振った。
「ねえ、お兄ちゃん、ママはあいなが嫌いだったのかな。邪魔だったのかな。あいながいい子じゃないから、嫌いだったのかな?」
既にあいなの瞳には大粒の涙が浮かんでいる。
子供が嫌いで、子供が邪魔な親は確実に存在する。俺の母親や、糞みたいな養父がそうだった。だが、俺の口から出た言葉は何故かその思いとは違うものだった。
「そんなことはないだろうよ。何があったのかは知らねえが、お前の母親はお前と会えなくなって寂しがっていると思うぜ」
自分で言いながら、慰めにもならない糞みたいな言葉だと俺は思う。だが、そんな俺の糞みたいな言葉にも、あいなは嬉しそうに笑ったのだった。
やっぱりそうだよね。
そして嬉しそうな顔のままで、そんな言葉を小声であいなは繰り返すのだった。
「あいなさん、ここにいたのですね」
不意に男の声がした。声の方に顔を向けると、俺と同じ歳に見える若い男が立っていた。若い男は洒落た白いスーツを着ている。ワイシャツやネクタイも白で、まるで結婚式の帰りでもあるかのような出立ちだった。
「白いお兄ちゃん!」
あいなが嬉しそうな声を上げる。
この若い男がさっきあいなの言っていた白いお兄ちゃんか?
若い男はあいなに微笑むと、俺に視線を向けた。
「おや、珍しいこともあるものですね。あなたには私が見えるようで……」
「このお兄ちゃん、あいなが治したんだよ!」
あいなが誇らしげに胸を張る。
「てめえ、何者だ?」
俺は低い声で言う。だが若い男は俺の言葉など意に介してはいないようだった。
「その血……そうですか、死にかかったようですね。だから、私やあいなさんが見えてしまうようになったのでしょうね。安心して下さい。怪我が治ったのであれば、直に見えなくなりますから」
……こいつ、何を言ってる?
「それよりもあいなさん、そろそろ決心はついたのでしょうか?」
若い男の言葉にあいなは、たちまち表情を曇らせた。
「ここにどれだけ留まっていても、ママにはあなたの姿は見えませんし、お話もできないのですよ」
「だって、明日は分からないでしょう? ママが明日ならあいなを見つけてくれるかもしれない。だって、このお兄ちゃんはあいなが見えるし、お話だってできるんだよ?」
「この人は偶然です。死にかかっていて、それをあいなさんが治したから、あいなさんや私が見えるようになっただけです」
取りつく島もないような若い男の言葉に、たちまちあいなが涙を浮かべ始めた。
「おい、てめえ、何を言ってる? こいつを虐めるな」
俺の言葉に若い男は少しだけ溜息をついた。
「別に虐めているわけではありませんよ。あいなさんは死んでいます。死んでいるのにも関わらず現世に長い間を留まってしまうことは余りよくないものなのですよ」
「あ? 何を言っていやがる」
「このままでは、あいなさんが未来永劫、現世を彷徨ってしまうことになると言っているんです」
現世を彷徨ってしまう。所謂、地縛霊みたいな幽霊になるということなのだろうか。
「何だ? てめえ、死神ってやつか。知ったような口を利きやがって」
俺は漫画や映画に出てくるような死神を思い浮かべた。もっとも、この若い男のホストにでもなれそうな顔立ちや格好は、俺が持つ死神のイメージとはかけ離れていたのだったが。
「死神とは心外ですね。あなた方の理屈ならば、天使の方が近いのかなと」
俺の言葉に若い男は少しだけ不服そうな顔をする。
そんな若い男の言葉を聞いて俺はよく分からない、信じられないことだらけだと改めて思う。ただでさえ頭はそんなによくないのだ。これまでの出来事を理解して納得しろというのには無理があった。
死ぬ間際だったはずの俺が助かる。
そんな俺を助けた子供は幽霊だった。
そして、死神だか天使だかが現れる。
ここまで信じられないことが続くと、何を疑っていいか分からない。というか、疑う気がしなくなってくる。
「……現世を彷徨う。そうすると、どうなるんだ?」
「簡単に言えば、もう二度と生まれ変われなくなるということですかね」
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