【KAC20224】何かになりたい男
松竹梅
何かになりたい男
放課後の教室。いわゆる自由時間な今は、犯罪行為、いじめ、暴力以外の何をしても許される時間。つまらない高校生活で一番、何を考えていてもOKされる時間。
友達といても、先生のところに質問に行っても。
好きな人の近くにいても、いいのだ。
確かに何をしてもいいけれど、私は目の前の同級生の男の子の突然の言葉に待ったをかけた。
「あ~~、女になりてぇ」
「どうしたの急に、また変なこと言いだしたね」
次の授業までの間、私は幼馴染の男の子の席の前に座って忘れていた歴史のプリントをやっていた。が、歴史云々の前に、幼馴染の安易で自由な発想には突っ込まざるを得ない。本当に、どうした?
「いや、ず~っとお前の顔見てたらさあ、なんかいいなぁって。うらやましいなぁって、思ったんだよね」
「なにそれ、誉め言葉?喜べばいいの?ちょっと気持ち悪んだけど」
「そうかなぁ、俺は思ったことそのまま言っただけだけど。そう思ってる男子多いんじゃないかなぁ」
「うわああ、男子のそういうの、あんまり聞きたくなかったなぁ」
「そういうのって、どういうのさ」
”上杉謙信”と回答欄に書いたところで半分。顔を上げて幼馴染の顔を見る。
小学生からの幼馴染。彼は理想が高すぎるところがある。勉強はそれなりで褒められるような部活の成績を残すわけでも、課外活動に積極的なわけでもない。その日その日をコツコツと生きているタイプ。
だけど何かの拍子にこうした変な発言をする。自由で、突拍子のない適当な発言。毎度「〇〇になりてぇなぁ」と言って、私が諭して諦める。徳川家康とか、福沢諭吉とか、なれもしない偉人になりたがる。面白いから話に付き合うけれど、今回は少し毛色が違った。
ので、私もちょっと前のめりになる。
「理想だけ言ってられる内は、何でも許されると思っている発想、ってこと。軽はずみに言わないでほしいわ」
「軽くないさ」
「どの辺が?」
「男よりもよっぽど楽に生きてるように感じるから」
「それあんたが楽に生きたいだけでしょ?」
「ばれたか~」
「あんた昔からそればっか、フリーダムに考えすぎじゃない?」
頬杖を立てて私をぼーっと見ていた目を少し見開いて、背中を立ててこっちを見てくる。
「女ってさ、この世を生きる上での完成形だと思うんだよね。処世術って言うの?俺は生き方上手くないからさぁ、絶対楽だと思うんだよ。だって顔作って、胸見せて、足きれいにしておけば、いろんな人に見てもらえるんだろ?大学行っても、会社入っても、いい男とかデキる上司とかに女の武器を見せておけば、いろんなことが自分のいいように転がるんだろ?SNSとかでも、写真上げたり動画にしたりするだけでお金もらえたり、趣味が高じて仕事になったり、果ては結婚までできるらしいじゃん。そんなんもう、楽に生きていく理想形じゃん、最高」
「ストップ、ストップ。ハイ、そこまで。あんたなんにもわかってない、ぜーんぜんわかってない」
ぺらぺらぺらぺらと、それらしいことをまくしたてて饒舌に語り続けようとする彼を、手を広げて押しとどめた。
「なんだよ、お前だっていい顔してんじゃん。楽して生きれるんだろ?」
「昔からやっすい頭だよね、脳ある?空っぽ頭のバーゲンセールかよって思うわ。いい?女は女で苦労が絶えないの、知らないでしょ」
「え、そうなの?苦労なんてないと思ってた」
とぼけた顔で聞いてくる。怒りを通り越して呆れが肺から一気にこぼれていった。
「じゃあこの機会だからちゃーんと教えてあげる。女って難しいのよ?あんたが忘れてきてるであろう歴史のプリントなんかよりもはるかに難しい。教室ではグループとか派閥とか、なにかとカーストで分かれちゃって、居心地いいと思える人なんていないと思うよ。顔に出ないだけでいつも内心でバトってるもん」
例えばほら、と、横を走り抜けていった女子生徒を気づかれないように目で追いながら続ける。
「このクラスでのカースト上位はあの子たちだけど、その下のカーストの子たちと常ににらみ合ってる。自分たちが一番上だっていう気持ちが強いのよ。ああいうのは男の好みのタイプも似てることが多いから、特に男がらみは注意ね。いつ逆転されるかわからないから、何とか自分を強く見せようとアピールが激しい。猫なで声とか、あざとい下からの視線とか。ちょっとした化粧とか覚え始めるともっと大変よ。どんな化粧にすればモテるかとか、理想の男性が好きなメイクはどんな風なのかとか、やらないといけないことがどんどん増える。胸が小さかったら豊胸マッサージとか。あれ痛いんだよね~、攣りそうになる。毛の処理だって楽じゃないし。それに自撮りだって、自分がいかにかわいく映るかをよく知ってないといくら撮ったって目立たないわ。箸にもかからないでしょうね。色目使いすぎると厄介ごとに発展しやすいから、どのレベルに落とし込むかの分別も大事。センスがなければ回数積んで理解していくしかないもん、私は絶対無理。ちなみに私はカーストの中では真ん中か、それよりも下。波風立たないように、誤解されない程度の話し方とか、話すタイミングとか選ぶようにしてる。下手に動くとすぐ飛び火するし、噂広がるからね。うちらの親のご近所ネットワークよりも早いんだから」
一気に言って一息。最後に結論とばかりに言った。
「全部が全部、別に絶対やらないといけないわけじゃないんだけど、楽に生きるにはそれなりの努力が必要ってこと」
そっかぁ、と言って彼が窓の外を見やる。
「じゃあ、俺は何になればいいのかなぁ」
「なんにでもなれるわけじゃないけど、とりあえず今は目の前のものを獲得できるように頑張るべきじゃない?」
ちょっとドキドキしながら言う。日に当たる彼の細い横顔がいつも以上にスマートに見えた。いろんなものが凡な彼は、顔だけはそこそこいい。発言が謎で、よく知っている人間に意外とは話そうともしない。ので、旧知の私は美味しい立場にいると言っていい。上位層の女子生徒数人が彼を狙っていると聞いたときには内心焦っていたのだ。
彼に教え諭した女子の本心。ひしひしと自分のことでもあるんだよなぁ、と思いながら、さりげなく好意を出してみる。
そろそろ気づけ、この鈍感。
と、外を見ていた彼がふと瞬きして、あ、とつぶやく。見ると、窓辺に小さなスズメが止まっていた。ふくよかな羽に頭をうずめて、かわいらしく目を細めている。
「かわいいなぁ」
「ほんとだね」
「・・・俺、鳥になりたいなぁ」
「ちょっと待ってもらおうか」
何かになりたい、幼馴染。
私の彼女になりたいと思わせるまでに、あと何度このやり取りを繰り返せばいいのだろうか。
【KAC20224】何かになりたい男 松竹梅 @matu_take_ume_
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
誰かに向けてるひとりごと/松竹梅
★20 エッセイ・ノンフィクション 連載中 1,134話
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます