第51話【昔は昔。今は今】

 次の日。

 お昼前になってようやく起きてきたセレンさんは、やはり二日酔いによりダウンしていて、辛そうにリビングのソファーに突っ伏している。


「ここに薬とお水、置いておくからね」

「うぅ......ありがとうございますぅ......」


 俺の声に反応して仰向けに起き上がり、ソファーの前のテーブルにぷるぷると手を伸ばす。

 乳白色の肌は青さが混ざり、体調の悪さが窺える。


 薬を飲んだセレンさんはそのまま数分もしないうちに眠りにつき、静かな寝息を立てている。


 俺は部屋から毛布を取ってきて、二日酔いエルフにかけてあげた。


 7月の昼間とはいえ、冷房を止めれば暑くて目が覚めてしまうだろうし、入れっぱなしでは寒くて風邪を引いてしまう。

 ただでさえ女性にとって寒さは大敵だというので、温度管理が絶妙に難しい。


 一時間後。

 自室での用事を済ませて様子見がてらリビングにやって来ると、セレンさんはソファーの上にちょこんと座っていた。


「もう寝てなくて大丈夫なの?」

「はい。おかげさまで大分気分が楽になりました」


 そう言うセレンさんの顔は先程よりも血色が良くなっており、声にも明るさが戻ってきている。


「噂には聞いていましたが、こちらの世界のお薬の効果は凄まじいですね。こんなにも早く効果が現れるなんて」


 薬瓶のラベルを関心した表情で、手元でくるくると回し見ている。 


「それを言ったら、俺は魔法の方が凄いと思うよ。蘇生魔法だってあるくらいなんでしょ?」

「確かにありますが、蘇生魔法は使用条件や成功条件がかなり厳しく、また使用者にもリスクがあるので、そう簡単に使える代物ではないのですよ」


 某有名RPGの世界では、呪文の最後が『ル』で終わる蘇生魔法を使えば半分の確立で復活。

 『ク』で終わる蘇生魔法を使えば確実に復活できるのが長年の定番だったりするが......現実が甘くないのはどこも一緒か。


 逆に手軽に死者をほいほい蘇生できたら、倫理観が壊れて恐ろしい世界になるかも。


「私からしてみたら、こちらの世界の薬の方が余程凄いです。魔法ではある程度のケガや解毒・痺れ等は治せても、細かい部位の病気は治せませんから。しかも薬だけでなく、こちらには手術という手段もあるではないですか」


 セレンさんの言う通り、もしも魔法でどんな病気も治すことができたら、とんでもない話題になりそうなものだが。そうじゃないということはそういうことなんだろう。


「意外と魔法は万能ではないのです」

「先入観って怖いね」


 優しく微笑み、数秒の間の後、セレンさんは俺を見据え。


「――晴人はるとさんは、誰か蘇ってほしい方はいらっしゃいますか?」


 そう小さく呟いた。


「......蘇ってほしいというより、もう一度会って話したい人はいるかな」


 頭の中に思い浮かんだのは”二人”の存在。

 時が経ちすぎて、若干顔がよく思い出せなくなってしまったが。


「というと?」

「事故で亡くなった両親。突然過ぎて、ちゃんとお別れは言えてないからさ」

「あ......私としたことが、とんでもない無神経な質問を」

「いいって別に」


 申し訳なさそうに頭を下げるセレンさんに、俺は首を横に振った。


 それなりに長い付き合いにもなってきたので、セレンさんがわざとこんな話をするようなエルフじゃないことはよく知っている。


「正直、向こうも今蘇れられても困るだろうし。ほら、あっちの世界での生活もあるだろうからさ。俺も、俺の今の生活があるし」


 時が経ち過ぎたのもあるだろうが、会えなくて悲しいという気持ちは一切湧くことがなく、ただ俺は、目の前のセレンさんをフォローするのに必死だった。


「だから生まれてから6年間、育ててくれてありがとう――こっちはクセはあるけど頼りがいのある養父――清廉潔白だけど、どこか抜けた可愛い継母――それからクーデレ腐れ縁同級生たちと結構楽しくやってるから、安心してそっちはそっちで楽しくやってくれ――ってね」


「......晴人さん」


 ――ヤバイ!

 フォローするつもりが、逆にしんみりさせてしまってセレンさんが泣いてしまった。


 金色の瞳から綺麗な涙がこぼれ落ち、ソファーの上に無数の点の染みを作っている。


 こういう空気、マジで苦手なんだよな......。


「そうだ! 俺、セレンさんにどうしても許可をもらいたいことがあったんだっけ!」


 強引に話を強制終了させるべく、俺は声が上擦るのも気にせず話題を変えた。


「......夏休み中、京香さんのところで声優のレッスンを受けるお話しですよね」


 鼻をすすりながら、潤んだ瞳で答える。


「え? なんで知ってるの?」

「つい先程、京香さんからスマホにメッセージが届きました。もちろん私はOKです」


 あの初代二日酔い女王......!

 俺が直接セレンさんに許可取る言うただろうが!

 レッスン始まる前から社長兼マネージャーと意思疎通できてないけど、大丈夫かコレ?


「こうなったら、晴人さんが今を全力で生きていることを、天国のご両親にお見せしないといけませんね」

「いや、六・七割程度で十分だと思うよ?」


 涙を指で拭うと、ぱっと笑顔が咲き、セレンさんのやる気スイッチが入った。

 笑顔が戻ったのは嬉しいんだが、これはこれでちょっとめんど...げふんげふん! 


「では早速今晩から夏休みに向けて、声優のレッスンを始めましょうか。私も微力ながら協力させていただきます」

「......盛り上がってるところ申し訳ないんだけど、今日は夜、紫音がやってくるから」

「――そうでした」


 『てへぺろ』とウインクしながら可愛らしく舌を出すエルフ継母に、俺は不覚にも胸がきゅんとしてしまった。


 セレンさんは俺と二人でいる時、今みたいに少女のような可愛らしい一面が出る瞬間がちょいちょいある。

 できればそれは、俺のみが知る『セレンさんの秘密』であってほしい。

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