第50話【きっかけはどうあれ、もう大事な家族には変わりないわけで】

 光一の口から飛び出した予想もしていなかった事実に、俺の頭は意味を捉えかね、上手く言葉が出てこない。


「やっぱそういう反応になるよな......まぁ、要するに偽装結婚ってやつだ」


 たたみかけるように、光一はいつになく神妙な面持ちで言葉を続けた。


「――なんでそんなことしたんだよ?」


 良いとか悪いとかでなく、純粋に光一が何故そんな真似をしたのかが気になった。


 こいつは口では憎たらしいことを言うが、極端に人の道に外れた行為は行わないと、息子の俺は自負している。

 きっと何か深いわけがあるのだろう。


晴人はるとは、向こうの世界・異世界にいた時のセレンの話はどこまで聞いてる?」

「え~っと、子供の頃から家が決めた婚約者がいたけど亡くなって、それから光一たちに出会って......あたりまでは」

「そうか」


 小さく頷き、手元のストロング系アルコール飲料の缶を指で回しながら。


「セレンの家は、エルフの中でもかなりの名門でな。そんなだから当然、年端もいかないうちに当人たちの了承無しに勝手に婚約を結ばれちまう。酷い話だろう」


 光一は渋い顔で再び俺の方へ視線を向ける。


「婚約してすぐに亡くなるならまだしも、結婚直前に相手が不慮の事故で亡くなっちまった......となると、そこで相手の家との関係も途絶えるだけでなく、再び婚約するのが難しいものになる」

「どうしてだよ?」

「基本名門同士の婚約ってのは、お互いが子供同士の時にやるもんだからな。相手が一

般家庭なら問題は無いんだが、それはセレンの家が許さない」


 貴族が自分達より下の位の者たちと結婚してはいけない。


 光一からセレンさんの家が前時代な考え方を持っていると、遠回しに言われた気がした。


 創作物や遠い昔話でしかありえないないと思っていたが、まさか身近、それも継母がそのような境遇だったなんて。


「で、危うく金持ちの怪しい爺エルフに嫁がれそうになったところを、横から俺がかっさらってやったわけよ」

「念のため確認だけど、無理矢理さらってきたんじゃないんだな?」

「人聞きの悪いこと言うんじゃないよ~。俺、ちゃんとセレンの意思を尊重したし、両親にも『娘さんをいただきます』っておど――言って、結婚持参金まで渡したんだから」


 義理とはいえ、息子の俺に黙ってこんな大事な話を進める奴をどう信用しろと?


 だが結婚持参金の話はともかく、これまでのセレンさんの様子を知る限りでは、嫌々結婚した――と思うにはいささか無理がある。

 

「無理矢理かどうかは置いといて」 

「晴人くん、お父さんの話聞いてる?」

「いいから聞け。セレンさんは何よりこちらの世界での生活を充分満喫してる。だから別に、それでもいいんじゃないか」


 きっかけともかくとして、セレンさんがこの家にやってきたおかげで、俺の生活は以前よりも格段に楽しくなったし、過去のトラウマとも向き合うことができた。


 セレンさんは俺にとってはもうとっくに”家族”であり”継母”なのだ。


「随分とあっさりと納得したな。さてはお前、セレンのこと好きになっただろう?」

「バ、バカ! そんなんじゃねぇよ! どこの世界に母親にガチ恋する息子がいるんだよ!」

「言ってることと表情が真逆だぜ~」


 にやにやとムカつく笑みを浮かべてからかってくるので、逃れるようにそっぽを向いた。


「どうしてもセレンと結婚したかったら俺から奪い取るか、俺が寿命で逝っちまうまで待つんだな」

「どっちも無理ゲーだろ」

「違いねぇや」


 ゲラゲラ笑う光一の大胸筋が、俺の行く手をさえぎるるために現れた、大きな壁のように見えた。

 味方の時はこれほど頼りになる存在はいないが、相手に回ると厄介極まりない。


「――ところで、さっきの結婚持参金ってやつ、どのくらいの金額渡したんだ?」

「そうだな――向こうの世界で王宮並みの立派な城が買えるくらいの額だったと思うぞ。覚えてねぇけど」


 ......だったら尚更息子の俺に相談しろや! バカ親父!!


 豪快過ぎる光一の武勇伝に、俺はどっと疲れが襲ってきたのを感じ、深いため息が出た。

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