第49話【事後処理】
夕食のあと、光一は真っ先に風呂場へと向かった。
俺も無理矢理連れていかれそうになったが、どうしても
『なるほど、あのメッセージはそういう流れで送られてきたんだ』
「ホントごめんな。まさかセレンさんがあそこまで泥酔するとは思わなくてさ」
スマホをハンズフリーにしたまま、俺はカウンターキッチンで洗い物をしながら紫音と電話をしている。
『ようやく家族三人揃って、嬉しさのあまりリミッターが外れちゃったんじゃない?』
「やっぱそう思う?」
セレンさんはこれまで一度も家でお酒を飲んだことはなく、たまに仕事帰りに飲んで帰宅したことがあっても、多少顔が赤くなっている程度。
清楚のせの字もない、あんなセレンさんを見られたのは貴重な体験だったとはいえ、光一と一緒に相手をするには圧倒的にこちらの分が悪かった。
『で、その張本人は泥酔して今は夢の中と』
「そりゃあ光一のペースに付き合ったら潰れもするよ。あいつバカみたいに強いし」
『そうなんだ』
「多少は酔ってはいるだろうけど、普段から陽気で顔も全然赤くならないから判断しにくいんだよな」
光一ほど酒に強い人間を俺は見たことがない。
いつだったか、家に仕事仲間を連れてきて飲み会を開いたことがあったが、周りがどんどんギブアップしていく中、通常サイズのビール瓶2ケース分(48本)飲んでも奴は平然とした様子で更に体内にアルコールを流し込んでいた。
あいつの胃袋はブラックホールと繋がっている、もしくは耐性値がマックスまで上がっていると言っても過言ではないのかもしれない。
『その点、うちの父親は飲むとすぐに顔真っ赤になるなあ。茹でダコみたいにさ』
「茹でダコ......」
容易にスキンヘッドのおじさんの茹でダコ状態がイメージができてしまい、俺は思わず洗っていた手元の皿を落としそうになる。
『なんか今、凄い音したけど大丈夫?』
「ああ、ちょっと手元が狂っただけだ」
『ふーん』
全ての食器を洗い終え、食洗器のスイッチをオンにした。
『そんな茹でダコ姿を見てママ......お母さんは可愛いと思って、そこから交際が始まったんだって。ホント人生どこで何があるかわからないよね』
「だな」
頷きつつ、リビングテーブル横のイスに腰を下ろし、コップに入った麦茶を何気なく一口飲む。
『......あのさ、結局私は明日、
少し緊張した
「なんだよ、いつもは誘わなくても勝手にやって来るくせに」
『だってせっかくの家族水入らずだし、邪魔しちゃいけないかなと思って』
「その家族、光一とセレンさんの希望だ。用事があるなら無理にとは言わないけど――」
『イク! 絶対に行く!』
「お、おう。わかった、そう二人に伝えておくよ」
被せ気味に紫音は力強く答えた。
淡々とした普段の雰囲気と違う紫音の態度の変化に、俺は頷いて、すぐに首を傾げた。
本音を言えば、紫音には今家に来てほしくはない。
どう考えても俺共々、二人のおもちゃにされるのがオチだからな。
だがここで変に拒否しては、それこそ紫音に更なる迷惑がかかるだろうし、紫音の口から直接『お友達宣言』をしくれた方が二人もこれ以上からかわないというもの。
悪いが利用させてもらうぞ、クーデレ女王よ......。
***
紫音との電話を終えた30分後、ようやく光一が風呂から戻ってきた。
鍛え抜かれた体は、下半身を隠すようにタオルで覆われているのみ。
「いい加減、そろそろさっきの話の続きを話してくれよ」
紫音からの了承を得た旨を伝えた俺は、タイミング的にも丁度良い頃合いだと思い、光一に切り出した。
「......何だっけ?」
「とぼけんなよ、帰ってきた時に俺に言おうとした、セレンさんについてのことだよ」
「......あ~! そのことか~! 全くもう、歳取ると物忘れが酷くなってやだね~」
自分の額に軽くデコピンをした光一は、渋い表情で額をさすっている。
「シーッ! 声がでかいって」
「あんだけ酔っぱらえばそう簡単に起きてこないだろう。お前も心配性だねぇ」
ストロング系アルコール飲料を飲みながら、俺に呆れたような視線を送る。
こいつの声は時に凶器じみたボリュームを発するので、用心してもらうに超したことはない。
「昼間は京香と密会して、夜は俺と密会ってか? 誰に似てモテモテなんだかな」
「いいからさっさと話せ。その酒没収するぞ?」
「え、もしかして晴人、反抗期? お父さん悲しい〜!」
茶化す光一に俺は無言で睨みを利かせると、『あ、これ結構ガチなやつだ』とやっと理解してくれたようで、表情から『笑』が消えた。
そして嘆息からの数秒間の沈黙の後、口を開いた。
「実は俺とセレンはさ、形だけの夫婦なんだよ」
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