第48話【泥酔エルフ】

 家族三人が初めて揃った夕食が始まった。


 テーブルの上には、出前で頼んだいいところのお寿司が入った大きな寿司桶すしおけがずらりと並べられ、ちょっとしたパーティー気分に。


 三人で全て食べられるかどうかはわからないが、まぁ残ったら明日の我が家の朝ごはんにすればいいか。


「ささ、光一様~。もっとお酒を召し上がってくださいな~」

「お、気が利くね~。流石さすがは俺の見込んだ嫁だな~」


 俺とは反対側、光一の隣に座っているセレンさんが、光一に対しお酌をしている。


 顔は乳白色が見る影もなく真っ赤に染まり、エルフの証でもある特徴的な長い耳は、先程からぴょこぴょこ小刻みに動いていて、それ自体が小動物か何かに見えるんだが。


晴人はるとさんもいっぱい食べて下さいね~。なにせ育ち盛りなんですから~」

「母さんの言う通りだぞ~。いっぱい食べないと、俺みたいな立派な大人になれないぞ~」


 光一が立派な大人かどうかはさておき、いくらいっぱい食べたところで、目の前のチート持ちのおっさんみたいになれる気は全くしない。


 ......というか、こっちこっちでセレンさんが帰ってくる直前、光一が俺に言いかけた話が気になって、せっかくの美味しいはずの寿司の味がほとんど感じられないんですけど。


「セレンの作った味噌汁、やっぱ最高だな。この世で一番美味いよ」 

「いやですよ光一様~。褒めても何の精霊のご加護もありませんよ~」


 残像が見える素早さで光一の肩を何度バシバシ叩くセレンさんに、叩かれている本人は呑気に微動だにせず、満面の笑みで再び味噌汁をすすっている。


 ――俺はいったい何を見せつけられているんだ?  


「向こうでの生活の最中、ずっとお前たちのことが心配だったけど、この様子じゃその心配は無駄だったみたいだな」

「まぁな」

「そうですよ~。晴人さんはと~ってもいい子で、私の自慢の息子なんですから~」


 酔っぱらっているとはいえ、面と向かって褒められるのは嬉しくもあり、ちょっとむずがゆくもあるな。


「セレンも、慣れないこっちの世界での生活は最初大変だったろ?」

「それはも〜大変でしたよ~。魔力は制限されていますし~、魔法も使ってはいけないお約束でしたので〜」

「だよな。えらいぞ、セレン」


 ......あの......そこの猫のように今あなたに体をこすりつけているエルフ、固く禁じられてたわりには、結構頻繁に魔法使ってましたよ?

 蛍光灯変えるためとか、半裸のやんちゃなお兄さん吹っ飛ばしたりとか......。


 俺は引きつった顔のまま心の声をそっと胸の中にしまい、玉子寿司を口に入れる。

 これは光一がまた仕事で家を離れたら家族会議決定だな。


 今真実をおおやけにしたら、酔っぱらったセレンさんにどんな風魔法をおみまいされることやら。


「お楽しみ中の二人に申し訳ないんだけどさ、あんたら何でさっきからそんなに偏って食べてるわけ?」


 気がつけば、寿司桶にはマグロ系やサーモン・いくら等の人気者たちの姿はほぼ消えており、残されているのはイカ・タコ・玉子・かっぱ巻きといった定番の二軍メンバーのみ。


「だってしょうがないだろ。向こうの世界ではマグロやしゃけいないんだから」

「セレンさんは?」

「私、昔クラーケンに襲われたことがあるのでちょっと」


 嘘つけ!!!

 セレンさんと二人でスパリゾート行った時、フードコートで美味しそうにイカ焼き食べてたの、俺は今でも覚えているぞ!


 結婚指輪をはめた方の手で後ろ髪を抑えながら、息を吐くように平然と嘘をつく酔っ払いセレンさん。 


「お前は昔から細かいこと気にしすぎなんだよ。そんなんだから、高二になっても彼女の一人もできないんじゃないの?」 

「それ今関係なくね?」

「いえ光一様。友達以上恋人未満の方なら近くにいます」


 そう言ってセレンさんは光一に何やらひそひそと耳打ちを始めた。


 すっごい嫌な予感しかしない。


「......お前、紫音しおんちゃんとそこまでの関係まで築いて、まだ彼女の気持ちに気づいてないのかよ?」

「ちょっ!? セレンさん、こいつにいったい何言ったの?」

「フフ......それは秘密です」


 相変わらず酔って真っ赤な顔で悪戯いたずらっぽく微笑むセレンさんが、今の俺には悪魔に見える。


「仕方がない、そんな童貞根性無しのお前のために、明日は紫音ちゃんも夕飯に呼べ」

「ハァッ!? おまっ、ふざけ――」

「了解しました~。早速紫音さんにメッセージ送りますね~」

「セレンさん!?」


 裏返った声で止めようとするも、時既にお寿司、いや遅し。

 また信じられない指の速さでスマホを操作し、紫音にメッセージを送りつける。

 なんだ、セレンさんにとってビールは行動スピードアップの効果でもあるのか?


「いい加減覚悟決めたらどうだ。そこまでお前にしてくれてるいい娘を、これ以上無下にするなんてのは親として見過ごせねぇな」

「余計なお世話だバカ親父」

「あ~! いけませんよ~、こんな素敵なお父さんに向かってバカ親父だなんて。だとしたら私はバカ親母ですか~、え~?」


 マズイ。


 酔っ払いの不機嫌スイッチを不覚にも押してしまったらしく、セレンさんの目がめっちゃすわって、テーブル越しに前のめりでからんできた。 


「セレンはバカ親母なんかじゃないぞ~。俺の自慢な嫁、マイハニーだ」

「光一様......」


 とんでもなく甘いセリフを口にした光一のおかげで、セレンさんは体を元の位置へと戻し、二人だけの世界に突入したのか、お互い見つめ合いが始まった。


 ――今後、セレンさんに家でお酒を飲ませるのは絶対に止めにしよう。


 目を伏せた先に広がっている、残った寿司たちを見ながら、俺はそう固く決意した。

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