第47話【養父だけでなく、継母まで間が悪いんですが】

 玄関まで京香さんを見送りにきた俺は、せめて光一が帰ってくるまで待つよう伝えたのだが、


「別にいいかな。ほら、あいつに捕まると話長くなりそうだし」


と苦い顔をして聞き入れてくれない。


 仕事があるのでは、あまり強く引き留めても迷惑になるのでしょうがないか。


「この光景、なんかなついな」

「言われてみれば。でも昔とは立場逆じゃない?」

「だね」


 ヒールを履き終えた京香さんに言われて、ふと昔のことを思い出す。


 あの頃、ほぼニート状態の京香さん。


 十中八九、酒臭かった寝起きの彼女に見送られて学校に行くのが日課となっていた日々。

 どれだけ深酒しても、俺が家を出るタイミングには必ず起きてきてくれる。

 ズボラに見えて、そういうところは律儀というかなんというか、彼女なりに気を遣っていたのかもな。


「暇になったらまた家に遊びに来なよ。いつでも歓迎する」

「それ、事務所の社長兼マネージャーに言う? そうなったらセレンもイコール仕事が無くて暇ってことだからね。ヤバイでしょ」


 呆れたような顔で鼻を鳴らす京香さんの声音こわねは、言葉のわりにどこか明るさがあった。


「......でも、晴人はるとの作るおつまみが恋しくなったら、また寄らせてもらうよ」

「了解。京香さんの大好きだっただし巻き卵、常に冷蔵庫に常備しておく」

「何言ってんの、もちろん出来立てをいただくに決まってるじゃない」


 けらけら笑いながらドアノブに手をかけ。


「そんじゃ、またね。いい返事を期待してるよ」

「うん――いってらっしゃい」


 俺の口から発せられた言葉は別れの挨拶ではなく、いつでも帰りを待っているという意味の挨拶。


 その言葉を受けて、京香さんは柔らかい笑顔で、

「ああ、いってきます」

と返し、家をあとにした。


 あの時は別れの挨拶すら言えなかったが、今回はちゃんと言えた。


 なんだかんだあっても、俺にとってあの半年間は貴重な時間には変わりないし、京香さんもまた家族同然。姉みたいな存在だ。


 いつか俺がお酒を飲める歳になったら、その時はセレンさんも交えて、三人でお酒でも飲みながらいろいろと昔話をしたい。

 そう遠くない未来、そんな日がやってくることを希望しつつ、俺は京香さんを見送った。



 ***



 光一が帰ってきたのは、それから約30分後。 

 空が若干夕焼け色に染まり始めた時間帯だった。


「.......」


 一通り荷物を自室と物置部屋に運び終え、リビングにやってきた光一は入るなり、犬みたいに鼻をくんくんとさせた。


「何してんだよ?」

「......お前、俺が帰ってくる前に誰か大人の女連れ込んだろ?」


 我が家の主は、いぶかしげな表情で俺を問う。


「言い方。可愛い息子の俺が、そんな度胸のある人間に見えるか?」

「だよな~。下の毛もまだ生えそろってない奴にそんな甲斐性あるわけないか」

「いつの話してんだよ! 最後にあんたと風呂入ったの、せいぜい中一くらいまでだろうが!」


 光一用に注いだ、麦茶の入ったガラスコップを強めにリビングテーブルに置き反論する。


「よく覚えてるな~。んで、京香と何を話してたんだよ?」

「......知ってたのかよ」

「当たり前でしょ~。この俺の嗅覚をなめてもらっては困るね~」


 人差し指を鼻の頭に当てて軽くドヤ顔してくるのが、なんともウザイ。 


 光一は職業柄、特に異世界では命を狙われる危険が多いらしく、自衛のために嗅覚が人並み以上に自然と発達――というより進化? したらしい。


 嗅覚だけではない。

 味覚・聴覚・視覚・触覚は当然、第六感にセブンセンシズ――までは知らんが、とにかく何もかもが常人離れしたビックリ人間である。


「それはまぁ......いろいろと」

「へ~、お前もいっちょ前にそんな顔するようになったとは。お父さんは嬉しいよ~」

「うるせー」


 全て見透かされている気がして、俺は思わず目を伏せた。


「セレンのいぬ間に密会なんてなぁ」

「だから密会じゃねぇから。それに俺が京香さんと二人っきりで会うのに何の問題があるんだよ?」

「お前、それ本気で言ってる? だとしたら前言撤回。まだまだお子ちゃまだね~」


 嘆息たんそくし、光一は渋い顔で一気にキンキンに冷えた麦茶を飲み干した。


「お子ちゃまで結構。実際、まだ俺は高校生で未成年だからな」

「ついでに、恋愛経験も下の毛もまだまだ未熟ってのも追加でよろしく」

「......よーし、わかった。そこまで言うなら久しぶりに一緒に風呂でも入って見せ

てやるよ」

「いいね~。成長した息子の息子の雄姿、是非拝見させてもらおうじゃないの」


 この場にセレンさんがいなくて、ホント良かったと思う。


 こんな陽気なおっさんと、思春期真っただ中の男子高校生の下ネタ全開トークを聴いたら、どんな羞恥しゅうちの顔をしてしまうことか。それはそれで見て見たいけど。


「んなことより、丁度セレンもいないことだし、今のうちにお前にはどうしても言っておきたいことがあるんだ」

「急に改まってどうしたんだよ?」


 ノリノリだった光一の目が、一瞬にして真面目な色へと切り替わった。


「あのな、俺とセレンに関することなんだが――」


 ......まさか、離婚!? それとも......セレンさんご懐妊!?

 

 ほんの数秒で頭の中に天国と地獄の様相が交互にやってきて、俺の心臓は激しく鼓動を開始した。


 そこへ。


「ただいまー」


 ドラマみないなタイミングで玄関の方からセレンさんの声。 


「――ワリぃ。やっぱこの話、またあとでするわ」


 そう俺に小声で呟いて、光一は足早にセレンさんを出迎えに玄関まで行った。

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