第46話【悪魔からの夏のお誘い?】

 京香さんのスキンシップの影響でずれてしまった、男のシンボルのポジションをパンツ越しに直している俺を見下ろし、京香さんはまだニシシと笑みを浮かべている。


 相手がこの人だから気にせずするが、セレンさんの前ではそんな恥ずかしい真似は死んでもできません。 

 

晴人はるとの話はこれで終わり? だったら私の方の本題に入ってもいいかな」


 床にしゃがみ込んでいる俺に手を差し伸べ、京香さんは俺を引っ張り上げてくれた。

 スーツ姿では少々わかりにくいが、グラマラスなスタイルを持った彼女はパワーも人並み以上にある。

 伊達に光一の知り合いという、奇人変人の類のカテゴリーに入っている女性ではない。


 椅子に座り小さく頷くと、京香さんは席に戻り、真剣な眼差しを向け静かな口調で話し始めた。


「夏休みの間、ウチで声優のレッスンを受けてみない?」


「――はい?」


 イメージに似合わない雰囲気でいきなり素っ頓狂なことを言い出すものだから、一瞬脳にタイムラグが生じて聞き直してしまったではないか。


「ほら、晴人って黙っていればそれなりにイケメンでしょ」

「その言葉、京香さんにもそっくり返すよ」

「いや~ん、褒めても昔みたいにおっぱい揉ませてあげないからね」

「い・い・か・ら! 早く話し進めて」


 語気を強めて言った俺に『全く、ノリが悪いのも昔と変わらないわね』と、呆れ顔で小さく呟く。

 あくまでTPOをわきまえた反応をしているだけで、俺自身はノリが悪い人間だとは欠片かけらも思ってない。

 京香さんが未成年男子に過激すぎるだけ。

 オレ、オカシクナイ。


「今、ウチの事務所でデビューさせる男性声優を探してるんだけどね、なかなかコレだ!って子が見つからなくてさ」

「んで、面倒だから手っ取り早く身近で済ませようと」

「そうは言ってないしょーが。晴人は童顔のわりに声質もお母さん似でハスキーなところあるし」


 確かに、俺は見知らぬ人間からの家電話をとると、よく『お父さんですか?』と勘違いされることが多い。

 それはこの数年で更に磨きがかかってきたようにも感じている。


 だがだからと言って。


「黙っていればイケメンの俺に声優にならないかだなんて、矛盾してる気がするんですが」

「人生は矛盾の連続で成り立ってるの。細かいこと気にしてたら将来ハゲるわよ」


 人の頭髪を一瞥いちべつし、フっと不敵な笑みを京香さんは浮かべた。

 そういう思わせぶりな仕草は心臓に悪いので、ホント大概にしてほしい。


「どうせ夏休みは家に引きこもってアニメとゲームの陰キャ生活か、紫音ちゃんとたまに遊ぶ程度でしょ。このニブチン童貞が」

「なんでそこで紫音が出てくるんだよ。ニブチン童貞言うな。まぁ、昨日のラジオ見学で声優の仕事にいっそう興味が沸いたのは事実だけどさ」

「だったら商談成立ね」


 話を急ぐ京香さんに、俺は。


「ちょっと待った」


 手を前に突き出して制止した。


「何? 怖くておしっこちびりそう?」

「バカにすんな。俺は一応セレンさんの息子だ。よって保護者の同意なしに勝手に受け

ることはできない」

「......それもそうね」

「だからセレンさんの許可が下りたら、その時は喜んで参加させてもらうよ」


 俺からの意見に京香さんは納得したようで、何度も頷き。


「OK~。それじゃ、セレンの許可が下りたら参加ってことで」


 了承し、少し安堵した顔を浮かべたと思いきや――


「実現すれば業界初の親子二人で新人声優......これは話題になること間違いないわね」


 欲にまみれた禍々しいオーラを放ち、何やら京香さんが企んでいる顔をしているので、ちょっとだけ俺は先行きが心配になった。

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