第44話【あばよ過去。よろしく未来】

 土曜日の昼すぎ。

 家のリビングには俺と、仕事ができそうな雰囲気を醸し出している、グレーのスーツを着た女性。

 リビングテーブルに向かい合ってついている。


 セレンさんには無理を言って外に出てもらい、今家にいるのはこの二人だけ。

 

 今日は光一が我がに久しぶりに帰って来る日でもあるが、俺はどうしてもその前に片づけておきたい案件、というか因縁があった。


 昨日は予期せぬ突然な再会で動揺し、不覚をとってしまった。


 でもセレンさんとこれからも一緒に家族として暮らす以上、目の前の彼女との接触は嫌でも避けられない。


 ならいっそ覚悟を決めて俺の今の気持ちを彼女――京香きょうかさんに伝えようと思い、こうして家に来てもらった。


「このコップ、懐かしいな。これでよく晴人はるとに酔い覚ましの水入れてもらったっけ」


 出された麦茶の入ったガラスのコップを手に取り、京香さんは一口だけ飲む。

 時計の針の音しか微かに聞こえない無音のリビングに、ゴクリという飲み込む音がやけに強く響く。


「んで、私に直接言いたい話しって何?」


 無言でいる俺に、軽くイスに座り直し、手を組み強い視線で見据える。


「京香さん――ごめん!」

「ワオッ!? いきなり何!?」


 テーブルに頭をぶつけんばかりに頭を下げた俺を、京香さんは驚いて肩を大きく揺らした。


「あの時、俺が告白なんかしたせいで、京香さんはこの家を出ていくことになってしまって」

「え? どういうこと?」

「いや、だって俺と一緒にいるのが気まずくて、何も言わずに姿を消したんでしょ?」

「......あぁ、そのことか」


 視線を彷徨さまよわせ、こめかみをポリポリと掻きながら。


「元々、半年くらいでこの家を出ていくつもりだったんだ。それがたまたま出る前日に晴人から告白を受けただけで、ホント偶然のタイミング」

「じゃあ何で黙って......」

「私さ、しんみりした感じで別れるの、あんまり好きじゃないんだよね」


 苦笑いを浮かべている京香さんの口から語られる真実は、俺が予想していた理由とはかなり違っていた。

 大雑把なこの人らしいといえば、そうなのかもしれないが。


「それにさ、あのタイミングで家を出るって言ったら、絶対晴人自分のせいだって思うでしょ?」

「言わなくてもそう思うよ」

「ですよね......」


 乾いた笑みで俺の言葉に小さく頷く。

 京香さんは昔っからノリと勢いで行動する部分が多々ある。

 こんな人が声優事務所の社長兼マネージャーを務めていると思うと、セレンさんが本気で心配になってくるんですが。


「その顔、こんなちゃらんぽらんな女に愛しのセレンママを任せて大丈夫だろうか?って思ってるな?」

「なっ、なわけないじゃん」

どもって言われても説得力ないから」 


 昔と変わらないけらけら笑う京香さんを見て、俺はふと懐かしさを感じ、緊張が少しだけ解けてきた気がした。


「――晴人は、まだ私のこと好き?」

「......わかんない。でも家族としては、まだ好きだと思う」

「家族って。私、半年しか一緒に住んでないんですけど」

「だとしても、俺にとって京香さんと一緒に暮らした半年はずっと忘れないと思う」


 正直、京香さんと二度目の再会の今も、以前のような熱い想いは現れていない。


 中学生という、未成熟な精神が勘違いした行動による招いた結果は、二年越しにやっと気持ちに終止符が打てた。


「......生意気だった晴人も、高校生になって少しは大人になったみたいね」


 鼻を鳴らして、京香さんはほんのり頬を赤く染めて微笑んだ。

 そしてゆっくりとイスから立ち上がって、何故か俺の横へとやってくる。


 ヤバイ、この流れはもしや......。


「これは体の方も大人になったのか、チェックする必要がありそうじゃな~い!」

「ちょっ!?」


 予感的中。


 そう言って京香さんは、俺の股間めがけてシ〇イニングフィンガーをおみまいしてきた。


「ん~、二年じゃそこまで大きさは変わってないか。その変わり毛量は増えるワ〇メちゃんだね」

「具体的な商品名出すな! 食べる時に想像するだろうが!」


 まさぐり終えた京香さんはス〇ウター、もとい必殺の右掌みぎては、感触を思い出しているのか五本の指を顔の前にもっていき、わしわしと小刻みに動かしている。


 二年ぶりに京香さんの下ネタの洗礼を浴び、息も絶え絶えの俺は表面上は嫌がる態度は示しても、どこか気持ち嬉しさで満ち足りていた。

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