第43話【継母の優しさに感謝】
夜の外の空気は、半袖では気持ち肌寒く感じる。
梅雨明けしていないにしても、7月上旬でこの気温とは。今年は冷夏かもしれないな。
俺とセレンさんは、お互いどう話を切り出していいものか迷い、数分間道中を黙々と歩いていた。
人通りの少ない住宅街に入って、周囲の夜特有の静けさに堪らず我慢できなくなり、俺は重たい口を開いた。
「......今日はお酒、飲まなかったの?」
「え......はい」
一瞬きょとんとした表情を浮かべ、淡く微笑む。
「
「まぁね。紫音の家で夕飯食べたら、不思議と回復したよ」
「紫音さん、料理お上手ですものね」
二人の愛想笑いが静かな夜道に小さく響く。
――何してんだ、俺!
こんなどうでもいい会話なんかよりも先に言わなければいけないことがあるだろうが!
握った両拳の指先の爪を手の平に立て、痛みで気持ちを再度奮い立たせ、もう一度試みようとすると。
「晴人さんが中学生の頃、京香さんと一緒にあの家に住んでいたことはお聞きしました」
今度はセレンさんから話題を振ってきた。
「......うん。たった半年間だけどね」
「どおりで。私の部屋のベッドが、微かに京香さんと同じ匂いがする謎が解けました」
エルフは人間より感覚が鋭いというが、あれから数年経過してシーツ等も何度も洗ったというのに、それでもわかってしまうとは驚いた。
「......京香さんから他には何か聞いた?」
あの人が余計なことを口にしていないか気になり、セレンさんに問いてみた。
「いろいろと思い出話を。晴人さんにお酒のおつまみをよく作らせていたとか」
「そんなこともあったな。おかげで冷蔵庫の中の残り物だけでどうにかするスキルは身に着いたよ」
「フフッ。今度私にも作って下さいね」
目を細めて、セレンさんは上品に笑う。
京香さんは半端ないほど大酒呑みで酒に強く、そして酒癖がかなり悪かった。
酒が入ると絡みグセ? が更に酷くなり、家での受験勉強が集中できず、そんな時は紫音の家を頻繁に利用させてもらった。
その点、セレンさんはお酒が入ってもいつも以上にニコニコし、幸せオーラを舞わせるだけなので平和的かつ見ている側も癒される。毎日飲んでもらっても全然かまわない。
「......今日は本当にごめんね」
「突然どうされたのですか?」
話しやすくなった空気も手伝って、俺はようやく謝ることができた。
言われた当人は目を丸くし、困惑した様子でこちらに視線を向け窺う。
「いや、だって、俺のためにラジオのスタッフさんとの食事会企画してくれたんでしょ?」
「う~ん、全くないと言えば嘘になりますが、三割ほどでしょうか?」
思ったより微妙な数字だな、おい。
「じゃあ残りの七割は?」
「そうですね......みんなで美味しい居酒屋料理を食べたかったからでしょうか」
小首を傾げ、右手の人差し指を頬に添えて軽く思案して出た答えがそれですか。
思わず肩と膝をガクッと落としてしまった。
「――というのは冗談。いつものお返しです」
してやったりな笑顔で俺に微笑む。
「セレンさんに騙されるなんて、どうやら俺は本当に調子が悪いみたい」
「今、さりげなくバカにされた気が」
「安心して。そんな勝ち誇ったセレンさんも可愛いから」
そう言って俺は仕返しとばかりにセレンさんの耳に息を吹きかけた。
「ひゃう! だから耳に息を吹きかけないで下さいとあれほど何度も!」
「わかったから、背中を叩くのはやめて」
ポコポコと音を出しそうな勢いで俺の背中をセレンさんは叩く。
数分前の気まずい雰囲気がどこへやら、すっかり普段の俺たちの日常が戻ったことに安堵した。
――ありがとう、セレンさん。
◇
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