第40話【今更現れられても......】
セレンさんが我が家にやって来る二年前――俺が中学三年生の時にその人とは出会った。
事情があって彼女と半年間、俺は同じ屋根の下で二人きりの同居生活をすることとなり、年の離れた姉みたいな存在の京香さんに振り回されつつも、楽しい毎日を過ごせていた。
――が、ある日突然、彼女は何も言わずに家を出ていった。
「お、
こちらの想いなんか知る由もないであろう、昔と変わらない太い芯が一本通ったような豪快な笑顔で近づき、俺を見つめる。
「二人はお知り合いなのでしょうか?」
「あれ? 言ってなかった? 私、昔こいつの家で――」
「
俺と京香さんの昔話を聞かれたくない一心で、思わず言葉を遮った。
「セレンはうちの事務所の声優で、私はそのマネージャー兼社長だ。文句ある?」
......マジか!?
世間が狭いにも程ってものがあるだろ。
二人の関係性に俺は絶句し、右手で額を抑えてしまう。
身体も細すぎず、モデル並みに脚が長いので、黒のスラックスを履いたスーツ姿はボディガードに見えなくもないが。
不意を突いた再会だけでも心臓に悪いのに、セレンさんとそんな関係性だったなんて......。
「なーに世界の終わりみたいな顔してんのー。京香お姉様に久しぶりに再会してその反応はないでしょ」
人の気も知らず、相変わらずな能天気な態度に俺の胸の中にイライラの感情が沸々と湧き上がり、自然と握った拳に力が入る。
「このあと、スタッフの皆さんと京香さんで何処かお夕飯を食べに行く話になっているのですが、良かったら晴人さんもご一緒にどうでしょうか? いろいろと進路の参考になる話が聞けると思いますよ?」
京香さんがスタッフさんたちへの挨拶に行った隙に、セレンさんは俺を食事会に誘ってくれた。
「......ごめん、俺、体調悪いから帰るね」
とてもそんな気分にはなれなく、嘘の体調不良をついて断った。
「え......でしたら私も一緒に帰りま――」
「大丈夫、一人で帰れるから。子供扱いしないでよ」
京香さんがいるこの場所から一刻も早く逃げたい気持ちが焦り、つい語気が荒くなってセレンさんに冷たく当たってしまった。
「......そうですよね。申し訳ございません」
ぴんとした長い耳がふにゃりと
「あまり遅くならないよう、できるだけ早く帰りますので」
「俺のことは気にしなくていいから。たまにはスタッフさんたちとゆっくりお酒でも飲んできなよ」
「......はい」
無理に作り笑いをしているセレンさんを気にしながらも、俺はお世話になったスタッフさんたちやプロデューサーさんに挨拶を済ませ、スタジオを足早に退出した。
京香さんは「なんだ残念。久しぶりにいろいろと遊んでやろうかと思ってたのに」とだけ呟き、帰る俺を見送った。
家の最寄り駅に着いた時には、夜9時を回っていた。
帰りの道中、何度も京香さんとの数々の記憶を思い出し、胸が複雑な思いでいっぱいになる。
世間は週末、金曜日。
電車の中で仕事について熱く語る酔っ払いのサラリーマンたちの声が、どんな騒音よりもうるさく感じて柄にもなくキレそうになるも、なんとか耐えた。
「晴人?」
改札を抜け、家の方向に向かって重たい脚で歩き始めようとした時、背後で聞き覚えのある声が名前を呼んだ。
振り返るとそこにいたのは、白地のパーカーに黒のパンツというシンプルな格好の
「紫音か、どうしたんだ」
「どうしたんだはこっちのセリフ。顔色悪いけど大丈夫? ラジオの見学は? ていうかセレンさんは?」
「待て待て、質問をたたみかけるな」
俺の元気のない姿がそんなに珍しいのか、コンビニの袋を持った紫音が心配そうに駆け寄ってくる。
「ラジオの見学は終わった。セレンさんはスタッフさんたちと飲みにいってる。そして俺は体調が悪いので見学終わってすぐに帰った。OK?」
「......OK」
一つ一つの説明に紫音は
「いい子だ。じゃあ俺は家に帰るから、あんまりこんな時間に一人でうろちょろするなよ」
「待って」
「話聞いてる?」
「......てことは夕飯まだだよね? 丁度夕飯作り過ぎて余ってるし、ウチに来ない
? 今日私......一人なんだ」
いろんな感情の連鎖で心身共にノックダウン寸前の俺に、紫音はもじもじと頬を赤らめ上目遣いで言った。
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