第41話【まるで第ニの実家に帰ってきた気分】

 紫音の家は一階が喫茶店として使われていて、二・三階が居住スペースになっている。

 お店の入り口には『close』の札、店内も電気が消えていて真っ暗な状態。

 建物横に設置された階段から俺たちは直接二階へと上った。


「急だからちょっと散らかってるけど、まぁ入ってよ」


 コンビニの袋を手にした紫音がカギを開けドアノブを捻り、玄関の扉を開けた。

 今日は一人と言っていた言葉に嘘偽りはなく、靴置き場はすっきりとし、リビングスペースまでやってきても室内に自分たち以外の人の気配は感じられない。


「おじさんとおばさん、相変わらず仲が良いんだな」

「仲が良すぎて見てるこっちが恥ずかしくなるくらい。あのバカップルは」


 呆れ顔の紫音の視線の先には、ゆでだこのように真っ赤な顔のスキンヘッドの紫音の父親と、娘同様の赤茶色の髪色に全く同じ場所に泣きぼくろのある、穏やかな笑みを浮かべる母親の写真が飾られた写真立て。


 二人の見た目具合で判断するに、この写真が比較的最近撮られたものだろう。

 ちなみに紫音の母親は、外へ働きに出ている。

 ファッション関係の仕事をしているらしく、紫音はそんな母親を尊敬しているのが口調から理解できる。


「娘を置いて、仕事終わりに一泊二日で温泉旅行だなんてさ」

「まぁ、いいんじゃない。思い出は作れるうちに作っておかないと」


 大切な家族・人との別れはいつ何時やってくるかわからない。


 10年前の事故でそれを体験した俺には、どれだけこの行為が大事なことか身をもって思い知らされた。


「......なんか、ごめん」


 俺の顔色を窺いながら紫音が急に謝った。


「なんだよいきなり」

「だって晴人のご両親――」

「昔のことだ、気にすんな。それに今の俺の両親は二人共健在で、人間離れした数々の能力の持ち主の養父に、魔法が使える長命のエルフ継母。下手をすると俺の方が寿命で先に亡くなる可能性があるとんでも夫婦だぞ」 


 種族も生い立ちもバラバラだった三人がある日突然家族に――これだけで一本の物語が書けそうな気が。

 

「......そうだね」

「だろ?」


 紫音はクスリと笑って。


「でも晴人も、とんでも差で言ったらあの二人に負けず劣らずな方だと思うな」

「どういう意味だよ?」

「さぁ。今からご飯温めるから、少し横になってたら」


 意味深なことを呟いて、紫音は俺の夕飯の準備をするためにキッチンへ向かった。


 俺はお言葉に甘え、近くにあった座布団を枕代わりにしてカーペットの上に寝転がった。

 

 にしても、高校に入ってから暫く入る機会がなかったが、久しぶりの紫音の家は中学の時とあまり変わっていなくて安堵した。


 一部の部屋を除いて、物がわちゃわちゃしていない我が家と比べてこの家のリビングは、暖かみのある・生活感に溢れた様相が俺は結構気に入っている。

 中学の時は勉強会という名目でよくお邪魔してたっけ。


 光一が仕事で長期に家を空けている際は夕飯までご馳走になって、ホント、いい人たちだよな.........ただ、日に日に量が増えていったのには悩まされたけど。


 おじさん、海坊主みたいな強面なのに繊細な面があって、下手に大盛りを断るとわかりやすく落ち込むから段々断れなくなったんだよな......。


「――ごちそうさま。美味しかったよ」


 夕飯を食べ終えリビングの時計をちらと見上げれば、時刻は夜10時をもうすぐ回る。 

   

「お粗末様でした。どう? 少しは元気出た?」

「おかげさまでな」

「良かった。『こんな熱いのにシチューかよ』なんて言われたら危うく蹴り飛ばすところだったよ」


 物騒な発言をしているが、紫音はテーブルに頬杖ほおづえをつきながら慈しみの笑みを浮かべている。

 そんな調子で食事中ずっと視線を向けてくるもんだから、恥ずかしいのなんの。 


「俺がそんな鬼畜なこと言う男に見えるか?」

「どうかな、晴人Mに見えて意外とドSな一面もあるし」


 否定はしない。


 流石付き合いの長い紫音だけあって、俺の特製をよくわかってらっしゃる。

 セレンさん相手では基本ドSに徹する俺だが、紫音の場合はその時その時の状況で臨機応変に変化する。


 紫音も似たような感じなので、だから俺たちはここまで長く付き合って来れたのかもしれない。仲の良い友達として。


「......なぁ、何があったか訊かないのか?」

「聞いてほしいんでしょ?」

「あ、いや」

「聞いてほしそうな顔してるから誘ったんだけど。晴人と付き合い長いんだから、そのくらいわかるよ」


 そう、俺は誰もいない家に帰るのが嫌という想いもあったが、なにより紫音に話しを聞いてもらいたいという想いもあって誘いに乗った。情けない話だが。


 喉を鳴らし、真一文字に閉じた唇を開け、俺は紫音に見学会で起きた出来事を話した。

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