第39話【贅沢な30分間】
番組は基本的に毎回約30分程度の放送時間。
ネットラジオなので回によって多少変動はあるものの、このくらいの尺が毎週放送する
番組としてベストなのかもしれない。
「今回も皆さんから沢山のメールが届いているので、どんどん読んでいきますね」
近況報告も兼ねたオープニングも終わり、前半パートに入った。
ここから、俺を含めたメール職人たちの緊張が一気に高まり始める。
通常、どんな番組でも大体そうだが、前半パート開始早々にリスナーが番組に送ったメールを読む、いわゆる『ふつおた』のコーナーをやる流れが多い。
アニメ作品のネットラジオであれば、番組に送られたアニメの感想等を読んで、リスナーと感情を共有したりもする。
だがフィーネの純愛は今後発売されるゲームのネットラジオではあるが、『ゲームのヒロインのフィーネさんが実際に存在し、リスナーとお喋りする』というコンセプト故、メタ的な発言や世界観を壊すようなメールはNGとされいる。
「実は私もあまり寝相がよくないので、小さい頃弟と一緒に寝ていた時はそれはもう毎日大変だったみたいです」
採用されるメールはリスナーの身近で起こった出来事・フィーネさんへの質問がほとんどで、特に声を出して笑うような内容のものはほとんどない。
「寝相ってどうすれば治るのでしょうか? もし治し方を知っている方がいれば、是非私に教えてください。もちろん、嘘の治し方はダメですよ? あなたに言われたことでしたら私、何でも信用して試してしまうと思うので」
雰囲気としてはそう、FMの朝の番組に近いのかもしれない。
身体と心に染み渡るフィーネさんの優しい声は、聴くものを現実世界から遠ざけ、癒しの空間を与えてくれる。
「では次のメールに行きますね。ラジオネーム・ハッピーサニーさんからいただきました。いつもありがとうございます」
目の前のフィーネさんモード中のセレンさんに自身のラジオネームを読まれ、驚きで肩が大きく揺れた。
セレンさんに視線を送れば、にやと不敵な笑みを浮かべてこちらを一瞥した。
あの人、俺の反応見たさに完全に狙ってぶっこんできたな......。
――まさか常連リスナー・ハッピーサニーの正体が俺だってことをスタッフさんにバラしてはいないよな?
一人慌ててチラっとプロデューサーさんを見るもそんな感じはなく、真剣と優しさの入り混じったような表情でブースの中を見守っている。
静かに嘆息し、俺は再び視線をブースの中、絶賛フィーネさんを演じているセレンさんに向ける。
肝心のメールは『母が好き嫌いをするなというくせに、自分はもずくが嫌いで食べてくれません。いったいどうすれば母の好き嫌いがなくなるでしょうか?』という、フィーネさんの中の人にある意味喧嘩を売った内容。
フィーネさんことセレンさん(ややこしいなこれ!)は、かなり初期の段階から俺がハッピーサニーとして番組にメールを送っていることを知っていたらしい。
ならばその仕返しと言わんばかりに、俺しか知らない中の人ネタを送りつけたわけだが......採用するだけでなく、それを送り主が見学に来ている回で読むとは......やっぱり我が継母は侮れない。
「ハッピーサニーさん。人が嫌がる物を無理矢理食べさせようとするのは良くないと思います。世の中には食べたくてもアレルギーのせいで食べられない人もいるんです」
めっちゃブースの外の俺を見ながらフィーネさん中のセレンさんは視線で圧を送ってくる。
......いや、あなたもずくが食べられないのは、千切りされたスライムみたいだからって言ってましたよね?
公共の電波を使って論点のすり替えをして息子を責める母親に、思わず苦笑する。
にしても、自分の作ったメールが目の前で読まれるというのはなんとも気恥ずかしいものだ......まるで胸の奥で黒板を引っかかれる気分。ほら見てよ、謎汗かいてきちゃった。
その後、Bパートに入って残りの各コーナーをやり、あっという間に気づけば開始から約三十分。
いよいよエンディングだ。
「それではみなさん、また来週、この場所でお会いしましょう。お相手はフィーネ・ロザリアンネでした」
二・三分程エンディングトークをし、締めの挨拶で番組は無事に終了した。
「は~い。みんなお疲れ様~」
プロデューサーさんのこの一言で、現場の緊張感を含んだ空気は解放された。
ブースの中のセレンさんも安堵の表情を浮かべ、フィーネさんではない、いつものセレンさんの顔にすっかり戻っている。
「
ブースから出てきたセレンさんはにやにやした表情で俺を責める。
こちらの部屋同様エアコンが効いているはずなのに、顔は汗で少々照かっている。
それだけ体力を使っていたということだろう。
「お疲れ様。まさかフィーネさんからブース越しに言われるとは思わなかったよ」
「せっかくの見学ですからね。何か思い出にと思いまして」
確かに良い思い出になった。
俺とセレンさんとの関係性だからこそ実現した出来事で、一般リスナーにはまず体験することは不可能である。
「なるほど。どうしてもあのメールを採用したいって言うのは、そういうことだったのか」
横で俺たちの会話を聞いていたプロデューサーさんが、頷きながら話に入ってきた。
「すいません、無理を言ってしまって」
「そんなことはないよ~。サプライズ精神もプロには大事なことだからさ」
頭を下げるセレンさんにプロデューサーさんは大きな右手を左右に振って否定する。
「いつも沢山のメールありがとね。これからもお母さんの応援、よろしく頼むよ~」
脂ぎった笑顔を向け俺の背中をまたバシバシ叩くと、他のスタッフさんたちの元へと向かっていった。
この相手を間違えたらセクハラになる感情表現、セレンさんにはやってないことを祈る。
「この後セレンさんはどうするの?」
「え~とですね、実は晴人さんに会わせたい人が――」
辺りをセレンさんがキョロキョロ見回していると。
「遅れてしまって申し訳ございません! 運悪く道路の事故渋滞にハマってしまいまして」
背後から勢いよくコントロールルームに入ってきたスーツ姿の女性を見て、俺は頭の中が真っ白になった。
「――
現れたのは、俺に大人の女性が怖いというトラウマを与えた『
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