第38話【晴人は見た!】

 フィーネの純愛の収録見学の許可が下りた。

 丁度週末、今日の夕方から次回の収録があるとのことで、俺は学校が終わったその足で都内のスタジオに向かうことに。


晴人はるとさーん! こちらですー!」


 初めて訪れた土地、スマホのナビアプリを頼りになんとか現地に到着すると、『音源おんげんSTUDIO』と書かれた大きな看板の前で手を振るセレンさんの姿が。


 金色の長い髪を風で揺らし、黄緑色のカジュアルワンピースに身を包まれている姿は、創作物によく出てくるエルフの定番色合いそのもの。

 まぁ、実際エルフなんですけどね。


「制服のまま来られたのですね」

「本当は途中で着替えようかと思ってたんだけど、思いのほか道に迷っちゃって。着替える時間がなくてさ」


 最寄り駅までは順調に着いたはいいものの、電車を出てから駅の中で軽く迷子になり、結果的に到着が結構ギリギリの時間になってしまって申し訳なかった。


 どうして都内の駅というのは、こう迷宮染みた作りになっている駅が多いのだろう。

 ここはまだ気持ち優しかったが、池袋や新宿なんかはRPGのラスボスがいるダンジョン

かってくらい手強い。

 あんなもん、一日の利用客が最も多い駅で構築するものじゃねぇ、嫌がらせか。


「やっぱり着替えたほうがいい?」

「大丈夫ですよ、そこまで気を遣わなくても」

「いやだって、セレンさんが日頃からお世話になってるから、粗相そそうのないようにしないと」


 俺のせいでもしセレンさんの仕事に何か影響が出たらそれこそ大問題だ。


「粗相って......晴人さん、ひょっとして緊張されてます?」

「べ、別に緊張なんかしていないよー」

 

 くすりと笑って問うセレンさんに、声は正直にも上ずってしまう。


「私が緊張するならまだしも、今日は晴人さんはお客様なのですから」

「気持ちとしては授業参観に来た保護者の気分かな」

「では、いいところを沢山見せないといけませんね」

 

 優しく微笑むセレンさんのおかげで、少しは緊張がほぐれて楽になってきたかも。


 案内されてスタジオの中に入り、奥の方へ進んでいくうち、いくつかの扉に『収録中』と書かれたランプ。

 赤く光っているのが現在収録中という印なのだろう。


 その中のランプが光っていない、10畳程度の大きさの部屋に俺は通され、フィーネの純愛のプロデューサーさん、その他スタッフさん数名と簡単に自己紹介を含めた挨拶をした。


 俺がセレンさんの息子であることを皆さん知っていた。


 というか、そもそもオーディションの時に、自分は人妻で血の繋がらない高校生の息子がいる旨を伝えていたとのこと。

 売り出し中の声優に子供がいるなんて、普通は隠しそうなものだが、その辺は嘘がつけない真っすぐなセレンさんらしい。

 

「キミが噂に聞く晴人くんか~。セレンさんからうかがった通りイケメンだね~」

「はぁ、どうも......」


 少々かっぷくのいい、髭とメガネが特徴的なプロデューサーさんから俺に興味の視線が注がれる。

 握手している手はちょっと痛いくらいに力がかかり、空いた片方の手で背中をバシバシ叩いてくるもんだから反応に困った。


 ――あと多分この人、甘いものと信じられない速さで食いそうな気がする。


「今日は思う存分お母さんの仕事ぶりを観ていくといいよ~」

「プロデューサーさん、あまりプレッシャーになるようなこと言わないでください」

「これは失敬。じゃ~、いつも通りよろしくね~」


 促されて、セレンさんは構成作家さんの待つラジオブースの中に入った。


 ラジオブースの窓は透明なガラス張りになっていて、こちらの部屋、コントロールルームからその風景が確認できる。


 俺はプロデューサーさんの隣の席に座らせてもらい、始まるまでのほんの数分間、部屋の中を落ち着かない様子でキョロキョロと見回す。

 ラジオブース側に配置されている大きな机の上には、様々なボタンやらスイッチのようなものが付いた機械が。

 素人目で見ても、なんとなくあれが音を調整する機械なんだなとわかる。

  

「――それじゃ、本番行きまーす。どうぞ」


 プロデューサーさんがマイクでラジオブースの中のセレンさんたちに合図を送った。 

 頷き、カフのレバーをオンにしたセレンさんの表情は、先日我が家で偶然見てしまった『フィーネさんモード』のもの。


 セレンさんがフィーネさんに変わった瞬間である。


「皆さんこんばんは。人によってはおはようございます、こんにちわですね。今日も私に会いに来てくれてありがとうございます」 


 いつものお決まりの冒頭挨拶が始まった。


 改めて、セレンさんの口からフィーネさんの声が聞こえるというのは、なんとも不思議な感覚だな。だが違和感はない。


 こうして継母の授業参観、もとい収録見学が静かに幕を開けた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る