第37話【俺のオタクとしてのアイデンティティ】
次の日。
梅雨時には珍しくからっと晴れたこともあって、俺と
気温も湿度もそれほど高くなくギリ過ごしやすい気候、今日を逃すと夏が終わるまでおあずけになる可能性が高い。
とてもじゃないが冷房もない、むしろ太陽が近いせいでBBQの鉄板の上状態になる場所で休憩だなんて、それは休憩ではなくもはやただの我慢大会だ。
「そっか。セレンさん、声優さんだったんだ」
昼食のメロンパンを食べ終わった紫音は特に驚きもせず、手すりに寄っかかりながら淡々と紙パックのイチゴ牛乳のストローを吸っている。
「お母さんが声優さんだった気分ってどんな感じ?」
眠たそうな目を向けて俺に訊ねる。
「どうも何も、あ、やっぱりそうなんだみたいな」
「リアクション無さ過ぎでしょ」
「光一にも言われたよ」
養父と同じことを言う紫音のツッコミに苦笑いが出てしまう。
「声優さんでも、まだセレンさんほぼ無名の新人で、仕事だってほとんど入ってこな
いって話だから」
弁当の卵焼きを頬張りながら、俺は怪しまれないように頭の中で言葉を整理しつつ、セレンさんのお仕事の現状を語った。
フィーネの純愛のことは紫音に話していないし、その推しラジオのパーソナリティの正体がセレンさんであることも、今後教えるつもりはない。
仮に教えてもからかいはしないだろうが、そもそもフィーネの純愛の存在をあまり知られたくはなかった。
少しでも番組を長く続けてもらうためには人に布教させて聴いてもらう、それが一番効果があるのは充分に理解している。
ただ俺は面倒くさい人間で、好きな作品・コンテンツほど誰かに教えたくない。
人気が出れば人が集まる代わりに、その分無自覚な悪意を持った連中まで集まって雰囲気を壊されるのが、
故にセレンさんには大変申し訳ないが、俺はフィーネの純愛を広める気は全く無い。
「話しには聞いてるけど、声優さんの世界って思ったより大変らしいよ。用意されている席の数に対して、座ろうとしてる人間の数が絶対的に多過ぎるとか」
「よく知ってるな。誰かの受け売りか?」
アニオタでもないのにやけに詳しいので、俺は紫音に問いた。
「この前体育の授業の時に
「マジ? ていうか紫音って折木田と面識あるんだ」
「体育みたいな合同授業の時にたまに話す程度だけどね」
折木田と紫音のツーショト............我が校の金髪天使様と赤髪クーデレ悪魔、光と闇の二人が仲良くしてるなんてイメージわかないな。
「にしてもあの折木田が声優目指してるなんて意外だな。アニメとかに一切興味無いタイプだと思ってた」
「私もかな。ちなみにこれ、誰にも言わないでって口留めされてるから。
「おまっ!? んな重要情報を俺にさらっと流すなよ」
慌てて周囲を見渡すと、幸いなことにこちらの会話の内容が聞こえないような離れた位置に数名人がいるだけで、漏れる心配はなさそうだった。
「いいじゃん。身内に声優がいるおかげで折木田さんと仲良くなれるかもよ?」
「――その手があったか」
「おい」
からかい半分で真顔で答える俺を、紫音はドスの効いた声で鋭く一睨みする。
「冗談に決まってんだろ」
「うん、知ってる。だから乗ってみた」
冷や汗をかいて否定する俺に、紫音は小さく口角を嫌味ったらしく上げる。
家でセレンさんをからかう調子で紫音にもやってみたが、思わぬ反撃を喰らってしまった影響で、俺のいろんなモノが一気に縮こまってしまった。
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