第28話【母と子、二人だけのアニメ鑑賞会】
眠ってしまった
紫音の体系は比較的痩せ型な方とはいえ、結局は人間一人の重さ。
陰キャな高校生活でなまった体の俺にとっては、起きないように慎重に運ぶのはなかなか骨が折れた。
ベッドに寝かしつけた紫音は人の苦労もしらず、気持ちよさそうな寝顔を浮かべて夢の世界を楽しんでやがる。
本当に、猫みたいに気まぐれで自由な奴。
――そう思った俺の頭に突如、一筋の面白い遊びがひらめいた。
これはセレンさんが楽しみしていたアニメ鑑賞会を待てずに眠ってしまった、お前への罰だ。
恨むなら睡魔に負けた己の無力さを恨むんだな......フフフ。
溢れ出るにやけ顔を我慢せず、俺はセレンさんに気づかれないようにこっそりと、一旦自分の部屋にあるブツを取りにいった。
リビングに戻ってくると、テレビの前に二人分の布団が並べて敷かれてあった。
来客用に使っている予備の布団で、普段は押入れの中にしまっているものを今回、アニメ鑑賞会で使おうということに。
「おかえりなさい。随分と時間がかかりましたが」
ちょこんと布団の上に正座しているセレンさん。
水色のパジャマがセレンさんの清楚さを引き立たせていて、見るものに不思議な安心を与える。
「いや、紫音の奴が寝相悪くてさ。まいったよ」
ちょっとした罰ゲームを施してきた、なんて言えるわけもなく、息を吸うように嘘をついた。
「そうでしたか。私、てっきり紫音さんに何かいたずらしているものかと」
我が家のエルフ継母は時折感が鋭い。
「なんて、冗談です。どれから見ましょうか?」
だが大抵は無自覚ゆえにそれ以上は踏み込んでこない。ちょろい。
「セレンさんからどうぞ」
「よろしいのですか!? それではまずこちらの作品を――」
興奮気味にセレンさんが言って、テレビの真下のブルーレイレコーダーにディスクをセットする。
こうして急遽ゲスト抜きによる、母と子だけのアニメ鑑賞会のイベントが始まったのだった。
***
真っ暗な部屋の中で、灯り代わりのテレビが色とりどりの派手な光を放つ。
画面上では日本刀を手にした少年たちが、異形の怪物と化した元人間による触手攻撃を、映画の作画並みに気合の入った描写でかわしている。
こんなハイクオリティな戦闘シーンを半クールも毎週地上波のテレビで放送していたのだから、制作陣の熱意には驚愕するばかり。
「......何度見ても感動してしまいますね」
時刻は午前二時を回ったところ。
最終回を見終え、感動でセレンさんの瞳には涙がこぼれ、鼻もすすっている。
「旦那様、三人の奥さんの元へ生きて帰ってきてくれて本当に良かったです」
「そうだね。前のシリーズを考えたらまさか生き残るなんて思わないよね」
このアニメの前のシリーズ、劇場版は歴代のアニメの興行収入を余裕でぶち抜いてしまうほどの大人気で、連日のようにテレビやネットでは話題になっていた。
作品だけでなく、主演を務めた声優さんたちもテレビのバラエティー番組にゲストで呼ばれたりしていて、声優という職業の知名度を更に上げたアニメと言っても過言ではないのかもしれない。
「私の好きなアニメばかり流してしまって申し訳ございません」
「いいって。俺も好きなのばっかりだったし」
セレンさんがどういうアニメを見ているのか知りたかったこともあって、俺はセレンさんの選んだアニメを優先してもらった。
中にはまさかのBLものもあって、セレンさんの意外な好みを知って言葉を失ったが..
....まぁ、好みは人それぞれってことで。
種族問わず女性はBLものが好きなんだなと思って無理矢理納得することにした。
「今回はこれでお開きにしようか。いくら明日は二人揃って休みといっても、紫音を放っていつまで寝てるわけにもいかないし」
「ですね......実は私もそろそろ限界が近そうでして」
そう言ってセレンさんは手で口元を抑えて、品のあるあくびをする。
本来エルフは夜行性ではないらしく、こちらの世界に来てから寝る時間が遅くなったとのセレンさんの談。
あまり夜更かしをさせて体調を崩されては、光一に留守を任された俺の責任に関わる。
テレビの電源を落とし、セレンさんの隣の布団に入って眠りにつく準備を始めようにも、それまで意識していなかったセレンさんの美人スメルを意識してしまって眠れない。
ましてや一緒に暮らしてるとはいえ、一緒の部屋、しかも隣同士で寝るのは今日が初めて。
意識すればするほど目が冴えていくのが知覚できる。
「......あの、晴人さん。まだ起きていますでしょうか?」
お互いにおやすみの挨拶を交わした数分後。
既に眠りについたと思っていたセレンさんから声をかけられた。
「うん、起きてるけど。ひょっとして寒い?」
「......いえ、そうではなくて......」
暗闇でも、もじもじとした声色でセレンさんの様子がなんとなくうかがえる。
「よろしければ、少しだけお話ししませんか? 私の――昔のお話しです」
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