第23話【約束された俺の就職先。だが断る】

 ゆかりちゃんのお説教から解放されて教室に戻ってくれば、紫音しおんが俺の机の上に腰かけか細い脚をぶらぶらとさせて待っていた。


 角度が違っていたらスカートの中が見えそうな危険な体勢だが、あいにく教室の中に俺達以外の人間はいない。


「ゆかりちゃん、何だって」

「一週間後にもう一回再提出だとさ」

「ふーん。ちなみに何て書いたの?」


 軽く弾むように紫音は机から立ち上がった。


「卒業後は適当に近所のお店でバイトして、そのまま就職」

「......おじさんが不在の時で本当に良かったね。晴人はるとは将来どういう道に行きたいとか、本当に何もないの?」

「全くない」

「即答ありがとう。全然威張れることじゃないからね、それ」


 呆れた表情で見られて当然だ。


 俺には夢がない。


 ほとんどの同学年の生徒は多少なりとも、自分が将来やりたいことがある程度カタチとしてあるだろうし、それに向かって勉強をしているはず。


 紫音だってそうだ。


 こいつは実家の喫茶店を継ぐために、高校卒業後は料理関係の専門学校に行くらしい。

 やる気のなさそうな顔に騙されて、こう見えて紫音は結構頭が回る。

 案外、実家を継いだら今以上にお店が繁盛するなんてこともありえるかもな。


「ゆかりちゃんには声優の専門学校を勧められたけどな。そっち方面が好きならって」

「また安直だね、あの先生は」


 紫音が嘆息たんそくし、『あ』という顔をして。 


晴人はると、声優の経験あるじゃん。中学の時の文化祭に」


 思い出した。

 中二の文化祭の時、俺達のクラスは某夢の国原案の物語のパロディ舞台を上映したのだが、木の精霊の声役を演じる予定だった奴が風邪で欠席して、急遽小道具係の俺に白羽の矢が立ったんだっけ。

 舞台上の人間にマイクで声を当てているので、あれは確かに紛れもなくアフレコである。


「言われてみればそんなことあったなー。木の精霊、一言だけのモブだったのに紫音よく覚えてるな」

「あまりに棒読み過ぎて未だに脳裏にこびりついてるだけ」

「じゃあ尚更そんな奴が声優の専門学校行っちゃダメだろ」

「でしょ」


紫音は鼻を鳴らして笑う。

 あれは個人的に自分でもよくできたと実感していて、実際クラスの皆からも称賛されていた。

 あの感想はお世辞だったというのか?

 え、地味にショックなんですけど。 

 数年越しに発覚した真実に俺のテンションはやや下がった。


「......そんなにやりたいことないなら、私と同じ進路にしちゃえばいいじゃん」


 窓に寄っかかって、紫音が照れたような視線を俺に向ける。


「料理関係の専門学校か?」

「そっ。晴人、料理できるし、似合ってると思う」


 そりゃあ、そこら辺の一般男子高校生と比べて料理はできるという自負はある。

 光一が壊滅的に味オンチだった影響で、幼い頃より生きるために独学で身に着けた武器だからな。

 

「最悪、専門出てもどこも就職先決まらなかったら、私の実家で雇ってあげるよ。最低賃金で」

「未来のブラック企業の社長様直々のヘッドハンティング、遠慮なくお断りさせていただきます」


 紫音の冗談に俺はバカ丁寧なお辞儀で返し、机の横に掛けられた自分のカバンを手に取る。

 諦める雰囲気のない紫音は続けてこう言った。


「でもさ、せっかく中学・高校とずっと同じクラスが続いてるのにもったいなくない? ついでに専門学校まで付き合ってくれてもいいでしょ?」

「腐れ縁をあと3年は続けろと」

「腐れ縁だって立派な縁だし。最後まで責任とってよ」

「お前、言い方......あとその手やめろ」

「ふふ......楽しみにしてる」


 お腹を両手で優しく撫でて『あなたの子よ』アピールをするな!

 誰かに見られたら面倒なことになるから即刻やめてほしい。 


 いつになくグイグイ来る紫音に動揺して、俺は曖昧な返事で返すしか手段が浮かばなかった。

 紫音とついでにあと3年か.........一瞬想像して、悪くはないと思ってしまった俺は甘えているだろうか?

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